第12話 自己理解
泣くだけ泣いて、泣き疲れて、涙もかれた頃、ずっと隣で寄り添ってくれたメロディーナに、ぽつりぽつりと言葉吐き出していく瑠衣。
「つまり瑠衣は前世の記憶があって、この世界で起こっていることや未来の事を知っている。そして、記憶通りなら大好きなお兄さんがもうすぐ死んじゃう。と。」
「その通りです。」
「なるほどね。未来読みの力っていうのは聞いたことあったけど、それとは少し違うのかしら?」
「予言のような断片的なものではなく、人生丸々一人分なので・・・」
気づけば今までのいきさつはメロディーナに全て話してしまっていた。今まで誰にも話せずに、雁字搦めになっていた思いが、話すことが整理されて、自分を客観的に分析できるようになった気がする。
「私は、瑠衣という人間の生き方が嫌いなんだと思います。」
瑠衣は翔の望む通りの自分でいることを、心に堅く誓っていた。それは翔を想っての行動であり翔のために自分の全てを捨てる覚悟があった。
その心意気は素晴らしいと思うけれど、それはつまり、彼女が自分の人生に何一つ責任を持たずに生きているということなのだ。
『兄様のために、おとなしくしていよう。兄様のために、心配かけないようにしよう。兄様ために、大丈夫と笑っていよう。』
それは呪いを受けて、旅に身をおくようになって、自分のできることを模索した結果だった。けれど・・・
『兄様のため? 違う。自分のためだ。』
弱い自分を正当化するために、体の良い言い訳を探しているだけ。
「本当に、悲劇のヒロイン気取りもいいところ。そんな風に生きて、ただ兄様が死ぬのを待つなんて、私は嫌です・・・。」
「だったら、思うように生きたらいいわよ。人の考えって些細なキッカケで案外コロコロ変わるものよ。瑠衣の場合は、それが前世の記憶だった。ってだけでしょ。」
メロディーナがあっけらかんとしたその潔さが心地よかった。
「自分らしく。とか、自分がどうするべきかわからないなんて、瑠衣くらいの子にはよくあることよ。だからそんなに思い詰めなくたって大丈夫。好きに生きていけばいいんだわ。」
「はは・・・メロディーナにかかれば、これも思春期のそれなんですね。でも、そう考えたら、なんか、すっごい楽かも。」
「そうよ。記憶にこだわる必要も、過去の自分に捕らわれる必要もない。大切なのは、今を生きる瑠衣がどうしたいか、よ。そのために記憶を利用するくらいでいいんじゃない? 」
「記憶を、利用・・・」
何故かそれは、考えていなかったことに気づく。
『そうか、物語通りに動く必要はないんだ。兄様の死を知っているなら、回避させることだってできるかもしれない。何で今まで気づかなかったんだろう・・・』
「あ、でも、私は責任はとらないわよ。」
メロディーナがふふふっ。と悪戯に笑う。
「そうですね。私の人生ですから。」
一息ついて、心のもやが、すっと晴れていくのが自分でもよく分かった。
「あの、メロディーナ?」
「何?」
「私のオーラ、少しは晴れました?」
うーん。と、少し悩んだメロディーナ。
「残念だけど、今はオーラは見えてないの。見る方法がないわけではないけれど・・・やめておくわ。瑠衣、今すっごいいい顔してる。オーラなんかに頼らずとも、今はその顔を見て、一緒に喜びたい。」
「そうですか・・・。メロディーナのおかげです。ありがとうございます。」
「よかったわね。でも、その礼は・・・」
そっと、遠くを見つめる。
その先には、腰掛けて本を読むキールの姿があった。
「あいつに言ってあげて。私は荒療治は好まないけど、瑠衣には覿面だったみたいだから。」
メロディーナのウインクに、瑠衣は少しばつが悪い。けれど、頑なだった感情を爆発させたのは、間違いなく悪役を買ってくれたキールのおかげだ。
「キール。さっきは色々酷いことを言ってごめんなさい。」
そっと近づいて謝罪する瑠衣に、キールは読んでいた本をパタンと閉じ「落ち着きましたか?」というように一息付いてから、瑠衣を見上げた。
「気分が悪かったのは事実ですが、あなたにとっては言われもない中傷でしたね。失礼しました。」
「いいえ。そうでもなかったです。私、ほんと自己満足な偽善者でしたし。おかげで、たくさん泣いて話して、スッキリしました。ありがとうございます。」
「・・・そうですか。」
「あの、どうして・・・?」
瑠衣の知るキールは、研究以外に興味を持たないような人だった。誰かの話に聞き耳を立てるどころか、話に割って入りお節介を焼くなど、考えられない。
その答えを出すように、キールは首を振る。
「あれは、僕の八つ当たりです。知り合いに、あなたと同じような事を言った人がいたんです。いつも「今が幸せよ」と微笑んでいる人でした。その時の僕は、その人の言葉に疑いの一つも持たなかった。そうしたら、その人は心を病んで。」
遠い目で語られるその人は、おそらくキールの母親のことだと思われた。
天才を産んだ凡人の母親は、その生活に耐えられず精神を病んで田舎町で療養中だと作中で語られていた。
『だけど彼女は・・・』
「あなたは、あの人のことを知っているんですね。」
「え? いや、そんなことは・・・」
「考えが顔に出てるんですよ。よくそれで上辺だけ取り繕ってこれましたね。よほど鈍い方々に囲まれていたんですか?」
「あ、いや。制御出来なくなったのはつい最近で・・・」
慌てて顔を引っ張る。真顔に戻そうとするほど、真顔ってよく分からなくないなと苦笑する。
「僕は僕の生き方に何の後悔はありません。どの時も最善をつくしたと自負しています。」
だから下手な慰めはいらないとキールは顔を逸らした。
「そうですね。ごめんなさい。でも私だって全部知ってるわけじゃない。知らないことの方がはるかに多いです。」
「それがあたりまえですよ。何も知らないから知ろうとする。すこしでも良くしようとやるべきことを模索する。それが人間でしょう?」
至極当たり前のことを言われて、ぐぅの音もでない。けれど、中途半端に知っているからこそ、肝心なことが分からないのは余計にもどかしいのだ。
せめて呪いの事だけでも知っていたら翔が死ぬ可能性を減らせるかもしれないが、呪いについてはゲームでも明かされていない。
「ねぇ、キールは【短命の呪い】について何か知りませんか?」
「短命の呪いですか・・・。【短命の呪い】と一言で言っても、その内容は様々ですよ? その呪いは、どのような死に方をするんですか?」
「・・・・・・・・・知らないです。」
「では、残念ですが、お役に立てそうもありませんね。死に方は千差万別ですから。」
史郎から「短命になる呪いだと思う」と言われたのを、「そうですか」と了承して以来、特にその内容には触れず、自分は死ぬものだと思って生きてきたから、いつ終わるとも分からない短い命を、翔のためにどう使うかしか考えてこなかった。
翔が呪いを解くために必死でかけずり回っているというのに、自分の事をろくに知らないなんて、本当に瑠衣は自分の命など興味がなかったのかもしれない。
『いや、知らないって許されるの? はぁ・・・やっぱり、今のままじゃ駄目。この
瑠衣がほとほと自分に嫌気がさしたとき、
「ただ一つ僕から言えることがあるとするならば・・・」
キールがぽつりとつぶやく。
「分からないということは可能性があることです。毒が薬にもなると分かったように、呪いがまじないに変わる日もあるかもしれないですよ。」
「呪いが・・・まじないに?」
「あくまでも可能性ですよ。知らない方がいいことだってあるでしょうし。どうぞあなたのお好きになさってください。」
忌まわしい呪いが、強みになる可能性。不可能といわれることをどこまでも追求し、やってのけた、キールらしい激励。素直に嬉しい。
「さて。死神レンが、あなたに用があるようです。」
「え?」
言われてレンの方を振り返ると、確かにこちらをジッと見つめていた。
キールは「役目は終えた」というように、また本を開き読み始める。
「ありがとうキール。あなたと話せてよかった。」
キールは瑠衣に目もくれなかったが、少しだけ口元をゆるめてフッと穏やかに微笑んでいた。
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