第11話 私は幸せ

 彼はキール。魔術大国アメストリアで国家錬金術をしていた少年だ。普通の人間が30年はかかる術式を、10才ですべて理解し応用させた天才少年。その才を認められ王宮へ招かれるも、陰謀が渦巻く世界の中で、大きすぎる自分の知識が悪に使われることがないようにと願い、齢12才で自死を選択した。


「僕は自分の進むべき道は、自分で決めますよ。たとえあなたが神であろうとも、あなたの手駒に成り下がるつもりはありません。」


 レンに迎え入れられたとき、そう言い切ったキール。彼は何があっても独立不羈の生き方を貫く強い人だった。


「ちょっとキール。急になんなのよ! びっくりしたじゃない。」

「いえ。ただ、物凄く腹が立ったものですから。」

「はい?」

「貴女にじゃありませんメロディーナ。そちらのお客人にです。」

「あ・・・えっと、瑠衣です。初めまして。」


 話を聞いていたようだから、自己紹介なんていらないのだろうけど、一応名乗っておく。怪訝な顔をしながら、キールは大きくため息を吐いた。


「はっきり言いましょう。僕は、貴女のような人間が嫌いです。ですから、交友関係を結ぶつもりはありません。自己紹介も不要です。」

「キール! あんたなんてこと言うのよ。」

「貴女も気づいているでしょう? この人間が上辺だけ取り繕っているって。中身はどうせ、薄汚いことでも考えているんです。あいつらと同じだ。そういうの、虫唾が走るんですよ。」

「だったら黙ってどっか行きなさいよ。絡むこと無いでしょう。」


 メロディーなの制止に耳を傾けず、相変わらずキールは瑠衣を睨みつけたまま。どうやら瑠衣の出方をうかがっているようだ。


「あの、何か気に障ったようなら謝りますが・・・」

「謝っていただかなくて結構ですよ。ですが、気には障りました。あなたのその、自分勝手さにです。慈悲のつもりなのかもしれませんが、それはあなたの自己満足では?」

「いったい何のお話でしょう・・・?」

「思ってもいない綺麗事を並べている姿が気色悪いと言っているんです。心の中に溜まった泥が、その笑顔から滲み出していますよ。とても醜いです。」

「・・・」

「どうしたんですか? 事実を突きつけられて反論もできませんか?」

「・・・・・・・・・。」


 すごい嫌われようだ。何故、何をもって罵倒されているのか理解できない。そんなこと言われる筋合いはない。それなのに、キールの口から次々と吐き出される言葉の刃物が容赦なく瑠衣の心を削っていく。


『どうしてこんな目に合ってるんだろう・・・?』


「歪んだ笑顔で「幸せ」を語って楽しいですか? 悲劇を気取るのは・・・」


『私が何をしたっていうの? 何もしてない。何もしないようにしてきたのに。』


「・・・愚かな偽善者のすることです。」


『それの何が悪い? なにも知らないくせに、何も分からないくせに、さも知ったげに』


「自己犠牲を美談として、その罪を他人に押しつけるのはさぞ心地よいのでしょうね。」


『黙れ黙れ黙れ黙れ・・・・うるさい、うるさいうるさいうるさい・・・』


「あなたは―――っ」

「五月蠅いっ!」


 何かがぷつりと切れた気がした。


『あぁ・・・私のことなど放っておいてくれたらよかったのに。そうしたら、私はまだ、もう少し、「大丈夫」と笑っていられたかもしれないのに。きっとそうすることが、正しいことだったのに・・・』


「五月蠅いキール。どんな理由であれ、生きることを放棄した子どもに説教される筋合いは無いから! 特別な才能を持って生まれたあなたとは違う、私には何もない!! それでも生きるより他ないんだよ。何もせず、ただその時を待つために。兄様が死ぬその日を嘆き悲しむためだけに私は生きてる。 だってそれが私の役割なんだから。メロディーナもそう、なんで私を暴こうとするの!? 地獄から解放されたのを喜んでたくせに、今更何で私に構うの? 私のことはほっといて・・・ほっといてよ!!!」


 それは、誰に言うことも許されなかった瑠衣の心の叫び。


「・・・この世界の行く末を知ってる。せっかく出会えた兄様はもうすぐ死んで、私は何もできない。だって私は瑠衣だから。これはそういう物語なの。だったら、私は瑠衣でいるしかないじゃない。今を幸せだというしか・・・そういって微笑むしかないじゃない!!!!! ・・・それの何がいけないの? 私は私の役割を果たそうとしてるだけ、瑠衣でいたいだけだよ・・・・」


 瑠衣にとって、翔と共に居ることは何より大切なことだった。

 

『呪いによっていつ終わるかも分からない短い生を、出来るだけ兄様の側で過ごそう。そう出来る毎日を、幸せと笑って生きていこう。死後、翔の中で生きる自分がいつも幸せであるように。』


 それが、呪いを知った時に瑠衣が持った覚悟。前世の記憶など、翔が死ぬことなど知らなかった時の瑠衣の全て。


「・・・私ができることなんてそれしかないのに、それすらもうまくできない。笑えない。兄様に心配ばかりかけて、辛い思いばかりさせている。だったら・・・どうすればいいの? 知らなければよかった。瑠衣じゃなかったらよかった。ねぇ、私は何をするためにこの世界にいるの・・・? こんな忌々しい記憶をもったまま・・・私に何を望んでいるの?」


 誰に言うでもない言葉たちが、瑠衣の意志とは関係なく口から吐き出されていく。

 それをキールとメロディーナは表情一つ変えずに聞いていた。


『・・・私はどうしたらいいの?』


 前世の記憶を通して知った未来。そのうえで瑠衣として生き抜く覚悟もできなくて、自分の存在が未だに宙を浮いていた。


 瑠衣の呪いを解く手がかりを探して、もうすぐ鬼と対峙する翔。そこで翔は命を落とす。それが、ゲームの確実な翔のシナリオ未来


『・・・・兄様が危険な目にあうのは嫌。・・・兄様が死ぬのはもっと嫌。・・・その理由が瑠衣わたしにあるのも嫌。打開策はなくて、決めたこともできなくなって、泣きじゃくるしか出来ない自分が心底嫌。いっそ消えてなくなりたい・・・』


 瑠衣の生きてきた世界は間違いなくここにあるのに、それは望んだ世界なのに、毎朝目覚める度に、夢ならさめてほしいとさえ思っていた。

 楽しいことを考える度に。脳裏には翔の死がちらついて、瑠衣じぶんがあまりにも無力で嫌になる。


「うぐ・・・ひっ・・・あぁぅ・・・」


 この世界へ来ることを切望していたのは間違いなく自分。だから言ってはいけないと思っていた。でも、本当はそんな八方ふさがりの世界で自分を見失って、怖くて不安で辛くて、どうしようもなかった。

 ボロボロと流れ出す涙と嗚咽を慰めるように、メロディーナがそっと肩を抱き寄せてくれる。


「いいのよ、瑠衣。好きなだけ泣いて。」

「でっ・・・も・・・」

「いいの。大丈夫。だってここは今際の庭園よ。あなたの夢の中のようなものだもの。私たちも、あなたが作り出したまやかしかもしれない。私なら大丈夫。だから、全部吐き出して行きなさい。」

「うぅ・・・あぁぁぁん・・・」


 こんなにも、自分の中にたまっていた「泥」があったんだと驚くほどに、瑠衣は声を出して泣き続けた。

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