第10話 今際の庭園


「お前はこの娘をどう見る? メロディーナ。」


 呼び出した相手、レンの背後に立つと間髪をいれずに問いかけられ、メロディーナはそこに横たわる少女をじっと目を凝らした。


「一言で言うな壊れかけね。まるで異なるモノ同士が無理にくっついているようだわ。」

「やはり、か。」

「やはりって・・・で、この子誰?知り合い?」

「さぁな。私はこの娘を知っているが、この娘が私を知っているのかは分からない。」

「何よそれ。」


『全く・・・つかみ所のない死神だこと。』と、メロディーナはあきれて息を吐いた。まぁ、神なんてモノは、総じて人間の想像のはるか先から見下すように人の生き様を傍観しているような奴らだし、理解しようなど思うだけ無駄な話だけれど。


「で? この子を助けた理由は何? 死神様は人間の死を見つめるだけ。助けはしないんじゃなかったの?」

「・・・。」


 質問が気に食わなかったのか答えず、無言で背をむけて去っていくレン。


「人を手駒に使っているんだから、別に小言くらいいいでしょ? っていうか、用件はそれだけなわけ?」


 さっさと歩き去ろうとするその背中に投げかけると、立ち止まったレンは背を向けたまま言葉を返した。


「もしもお前の気が向いたなら、話でも聞いてやるといい・・・」

「あらまぁ。」


 暫く共に過ごしていたが、人間に興味を示すレンの姿は初めてだった。

 死神が気にかける存在だと聞けば少し興味が出る。


「気が向いたら・・・ね。」


 小さく囁いた言葉がレンに届いたかは知らないが、メロディーナはしばし、横たわって魘されている少女の姿をただ黙って見つめていた。




 ***




『あれ? 痛くない。それにここは・・・。』


 目を覚まして辺りを確認する。

 発作を起こして倒れそうになったことを覚えている。誰かがそれを支えてくれたのも。


『なんだか最近、倒れてばっかりだなぁ・・・って、嘘っ!?』


 苦笑しつつ、辺りを見渡して瑠衣は驚き周囲を2度見した。


 目に映ったのは、木の木陰で座り本を読む片モノクルをかけた金髪の少年と、その木の上で唄を歌うダークブロンドの髪の女性。

 そして、少し離れた湖の手前で、こちらに背中を向ける漆黒のローブと美しい白銀の髪。


 淡い色の草花が風に揺らめく草原に降り立つ彼らの姿には見覚えがあった。ゲームのイベント「今際の庭園いまわのていえん」の一枚絵だ。


 【今際の庭園】は、神界と人間界の狭間にある空間で、神も人間も等しく在れる唯一の場所と設定されている。

 というのも、人間が神界へ行く方法は死んで魂となる事のみなのだ。人は死ぬと死神によって魂を抜かれ、その魂は生まれ変わるまでの間を神界にある【黄泉の領域よみのりょういき】で過ごすのである。

そして神もまた、その力をもったまま人間界へは降り立てない。力を制限しなければ人間界に影響を与えすぎてしまうからだ。

 それでも、神に用がある人間、人間に用のある神というのは存在するもので、そういう者たちのために開かれているのが狭間の空間【今際の庭園】である。

 

 といっても、力をある程度保有した状態で【今際の庭園この場所】に来られる神と違い、人間は生身では来れない為、自力でたどり着くのはよほどの変人か、人知を超えた能力を得た人ばかり。ほとんどの場合はうっかり夢から迷い込んだ無自覚な人間で、感覚的には三途の川のような場所に当たる。


「あっ、目が覚めた?」


 ふいに唄が止み、木から女性が降りてくる。

 シンプルなエジプトドレスを模した服がふわりと羽のように広がった。


 彼女の名前はメロディーナ。古代都市オリエンスにある小さな村パピルの巫女で、ゲームでは一番初めに仲間になるキャラクターだった。

 不思議な力を持って生まれた彼女の唄は、聞いた者のあらゆる傷を癒す力があり、

人が内に秘める感情をオーラとして読みとれる彼女の目は、不安・疑心・愛憎といったモノから生まれる負のオーラをいち早く感じることができる。生前はそれらを駆使して壊れそうな人間の心に寄り添い、多くの人々を救っていた。

 その恩恵もあって人々が平和に暮らしている間は良かったが、よくある国の闘争に巻き込まれて小さな村は壊滅すると、その責任をとらされるように、異能の彼女は火炙りに処され排除されたのである。

 ここにいるという事は、物語通りの最期を経て、英霊としてレンに迎え入れられたのだろう。


「初めまして、私はメロディーナ。名前を聞いてもいい?」

「あ、瑠衣です。あの・・・ここ、今際の庭園ですよね?」

「へぇ、この場所を知っているんだ。流石はあの死神の知り合いね。」

「へ?」

「違うの?」


 ゲームや、前世の死に際でレンを見た記憶はあるけれど、絶対に知り合いではない。


「レンの事は、知っているといえば知っていますが・・・あそこに立っているの事はよく知りません。」

「ふーん? 同じ事言うのね。でも、そうなるといよいよ不可解だけれども。あの死神があなたをここに運んだのよ。魂の選定をするって町へ降りたと思ったら、急に慌て出してあなたを助けに行ったのよ。」

「レンが私を? なんで? 死神の鏡みたいなレンが人間をなんてありえない・・・」


 瑠衣の疑問にはメロディーナも同調して「さぁ」と一緒に肩をすくめた。


「ところで瑠衣、あなただいぶ魘されてたけど、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。ご心配をおかけしました。」

「そっ。・・・んー・・・悩みがあるなら、少し聞きましょうか? 私これでも、巫女みたいなことしてたのよ。よかったら話してみない?」

「えっと・・・」


 もちろん瑠衣もそれは知っている。けれど、メロディーナに何が見えているのかはわからないけれど、相談するのは控えたいと思ってしまった。


 生前、メロディーナがどれだけ尽力をつくしても、人から負の感情はなくならなかった。生きている限り、何度でも繰り返し、連鎖し、伝播する感情。最期にはその闇に飲まれるようにメロディーナ自身も殺されてしまった。

 最期の時、メロディーナは晴れ晴れとした表情でレンに向かって言うのだ。


「これで、繰り返される地獄から開放されるわね。」


 救いを求める人々は、誰もが当たり前のようにメロディーナを頼った。心の痛みも体の痛みも、瞬く間に消してしまう彼女の力はまさに奇跡の力だっただろうけれど、その力は彼女を救うことはなかったのだ。

そんなメロディーナの事情を知っていると、何もかもが非常に話しづらい。


『そもそも、何を言えばいいんだろう?「ゲームでこの世界なんです!」なんて言えるはずもないし。悩みって言われても・・・』


 瑠衣はすでに、自身の悩みすらも見失っているのだ。現時点で話せることなど何もなかった。


「私の悩み・・・なんて、大したことないんです。倒れたのも持病の発作ですから。いつものことで、本当にご心配には及びません。」

「そう?」

「はい。」

「・・・。」

「・・・。」


 二人の間に、妙な沈黙が流れる。オーラを読み取るメロディーナの目は、その意思に関わらず目の前の人間のオーラが見えてしまうらしい。瑠衣の心情を垣間見ているメロディーナには、違うものが映っているのだろう。

 煮え切らないのか、愁いを含んだ瞳が瑠衣の顔色を伺い、かける言葉を探している。その優しさが、その瞳が、心の内をえぐり取るようで、瑠衣はとっさに目をそらす。


『そうか。こうやってメロディーナは人々の悩みを暴いてきたんだね。』


 気づかないふりをしていた、深層に沈めた何かが蠢いた気がした。


「私なら、本当に大丈夫です。大好きな人が側にいて、一緒に生きていられる。普通に平穏な日々を過ごしていける。だから、私は幸せなんですよ。」


 それは瑠衣にとって、決して嘘ではなかった。

 けれどそれは、瑠衣にとって、本当でもない。

 そしてそれは、瑠衣が思いだ。


『嘘じゃない。嘘じゃ・・・ない。そう思うのだ。ちゃんと、そう思ってる。』


 だから、瑠衣は微笑んでみせた。

 

「私は幸せです。だから大丈夫です。メロディーナさん、勘ぐりすぎですよ。」

「でも・・・」


 オーラがなんだというのだ。そんなもの見えない瑠衣には関係ない。「大丈夫」それを真実に変えて見せる。


『私は、大丈夫だ・・・』


 ――― バタン


 突然、大きな音が2人の背後に響いた。


 見ると木陰で本を読んでいた少年が無言で本を閉じていた。

 緊張した空気の中、モノクルから覗く目がジロリとこちらを睨む。

 その瞳は真っ直ぐ瑠衣を貫いていた。

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