第8話 猛毒と魔術

『兄様と花火ができるっ』


 花火をもってルンルンと宿へ帰る。その足取りはスキップしたいほど軽やかで、幸せな気分だった。


 しかし、帰宅すると宿の前にはなんだか大きな人だかり。途端に嫌な予感が過った。


「あぁ、あの野良たちだろ?」

「流浪人だって話だったし、身寄りはないんでしょうね。」


 野次馬たちの声が嫌でも耳に張り付く。


「仲のよさそうな兄弟だったもの。妹さん、大丈夫かしら?」

「ひどい有様だったからな。トラウマにならなきゃいいが。」

「たとえ野良であっても俺らで丁重に供養してやろう。」


 野良だなんだと後ろ指刺されることには、もはや動揺すらしないけれど、今回はその意味合いが少し違う様子。いっそ、罵倒してくれた方がどれだけありがたかっただろうかと思えた程に、野次馬たちの口から出るのは、弔いの言葉と、同情。


『違う。だって、兄様は遅くなるってそう、さっき聞いた。だから違う。絶対に・・・』


  必死の思いで、湧き出る不安を打ち消して平静を装う。だって翔はこんな所で死んだりしないと知っている。だけど冷や汗が止まらなくて、そんな不安を確信づけるように、宿の周辺でキョロキョロしていた風鈴がこちらを見つけて手を挙げた。


「瑠衣さんっ! 翔様が!」


 同時に野次馬達の哀れみの目線が一気に瑠衣に突き刺さる。


『あぁ、やっぱり・・・』


  そう思ってしまった瞬間、心が抵抗を辞めて現状を受け入れてしまった。血の気が引いて頭が真っ白になって崩れ去るようにその場に座り込んだ身体は、麻痺したように一ミリも動かなくてその後どうやって歩いたのかの記憶はない。


 気づいた時には目の前に、息も絶え絶えの翔の姿。その横でいつになく真剣な眼差しで翔を介抱する史郎の姿があった。


「あぁ、瑠衣ちゃん。おかえり。」


 疲れた顔で史郎が言う。


『落ち着いて、容態を聞いて。兄様に何があったのか聞かないと。だって知ってる。兄様は・・・』


「兄様はもう、助からないんですか?」


 心とは裏腹に口から出てしまった言葉に、絶句する。


『助からない? そんなわけない。兄様はこんなところで、こんな死に方しない。知ってるでしょ? だから。大丈夫。・・・じゃぁ、どうしてこんなに苦しんでいるの? 分からない、兄様っ!』


「兄様っ・・・兄様っ!!」

「瑠衣ちゃん落ち着いて。」

「だって、兄様がこんなところで死ぬはずないんです。そうでしょ? ねぇ、史郎さん!! 兄様は・・・っ・・・」


 と知っていることに何の意味もなかった。

 どんなにそれを頭で理解したって、心がついていかない。

 いまだかつて、こんなにも血の気のない真っ青な顔をした翔を、苦しそうな呻き声を聞いたことがないのだ。そこに見えるのはどうしたって、翔の死。


『だって、やっと会うことができたのに。やっと。隣で歩けるようになったのに。

 私はまだ、兄様の側にいたいのに・・・』


 青白い翔の身体を前に、ただ縋り付いて泣くことしかできなかった。


「瑠衣ちゃん。落ち着いて。」


 史郎が瑠衣の身体をさすりながら、翔から引き離す。


「落ち着けません。兄様が・・・こんな・・・こんな兄様を前にどうやって落ち着けって言うんですか!」

「瑠衣ちゃん。僕は医者として、嘘偽りなく事実だけを言うと約束する。たとえ瑠衣ちゃん相手でも。いつだってそうしてきたでしょ? だから落ち着いてちゃんと聞いて。」


 目に入ってくる史郎の眼差しは真剣そのもので、その静かで力強い目力に引かれるように、瑠衣は少し落ち着きを取り戻し、一呼吸ついてからそこに居直った。


「すみません・・・。もう、大丈夫です。」

「そう、じゃぁ言うけど。翔は助かるよ。」

「たす・・・かる?」

「うん。翔は死なないよ。」


 もう駄目なのだとばかり思っていたので、その言葉の意味を理解するのに少しだけ時間を要した。目を丸くしたまま史郎を二度、三度とみると、瑠衣の目をしっかりとらえて、力強く頷いてくれた。


「本当に? 兄様助かるんですか??」

「うん。もう峠は超えたから安心していいよ。」

「だって、外の方達が・・・」

「あぁ・・・翔さ、依頼人を庇って、魔物から猛毒をうけたんだけどね。応急処置だけして、とりあえず担いできたんだ。町中を歩いてた時がが毒のまわりがピークだったから・・・まぁ、死体を運んでいるように見えたかもね。」


 ばつが悪そうに乾いた笑いを浮かべる史郎に、現実味が増した。

『そうか、助かるのか・・・』安堵すると同時に、瑠衣の身体からすっかり力が抜け落ちる。


「あ、あの。私・・・なんか取り乱してしまって申し訳ありませんでした。」

「いやぁ、危なかったのは事実だし。こっちこそごめんね。ちょっと色々構えない状況だったから、余計な心配かけちゃったね。」

「いえ、そんな。兄様を助けていただいてありがとうございました。」


 普段通りの落ち着きを取り戻して礼をすると、史郎はニコリと笑って、周囲に散らばっていた仕事道具を片付け始める。


「っていうか、翔が死ぬ底で話進める瑠衣ちゃんって新鮮だった。」

「え?」

「だって、瑠衣ちゃんは翔が居なくなるこなんて考えてないと思ってたから。ほら、前に翔が流行病にかかったときも「いつになったら遊べますかー?」って言って困らせてさ。あの時も翔、結構瀕死だったんだよ。」

「あ・・・。いえ、それはだって子どもの時じゃないですか。私だって、いつまでもそんな子どもじゃありません。」

「そう? そのわりには子どもみたいに泣きじゃくってたけど。瑠衣ちゃんって取り乱すと結構叫ぶんだね。びっくりした。」

「それとこれとは話がっ。 ・・・あまり意地悪しないでください。」

「ごめんごめん。なんか、本当に新鮮でつい。じゃぁ、大人になった瑠衣ちゃん。ちょっと、翔のこと見ていてくれる? 容態も落ち着いてきたから、今のうちに薬を調合してくるよ。翔の体力ならこのまま寝てれば大丈夫だけど、薬あった方が治り早いし。」


 あらかたその場を片付け終わると、そう言って史郎は立ち上がる。


「何かあれば、二軒先の薬屋にいるから。ついでに外の野次馬も片づけてくるから安心して。」

「あ・・・はい。お願いします。」


 苦笑する瑠衣に手をひらひらさせて、史郎は部屋を出て行った。




 ***




 部屋の中に翔と二人。騒がしかった外の懸想もいつの間にか消え、静かな部屋の中に翔の苦しそうな吐息だけが吐き出されては消えていく。

 これで容態が落ち着いてきたということは、本当に瀕死の状態で運ばれていたのだろう。大丈夫だと分かっても、瑠衣はたまらずその手をとり握りしめた。


「兄様・・・。」

 

 やはり苦しそうな様子の翔を見ていると気が気じゃない。


『何かできること・・・毒っていっていたから魔法で解毒でもできればいいんだけど・・・』


「ん? 回復・・・魔法・・・?」


 ふとよぎった思いを口にして、ありかもしれない。と思った。


 この世界には、魔法がある。

 魔術師の必殺技に位置する大魔法の呪文詠唱と演出はゲームの売りの一つでもあった。だからといって、ボタン一つで魔法が使えるゲームと違い、そう簡単に魔術を使える訳ではない。魔術を使いこなすには適正やセンスが必要であるらしく、特に【倭ノ国】では魔術を使えるのは巫女や半妖人など特殊な血筋のものだけとされている。

魔術自体が秘術扱いされている為、一般人が詳細を知るすべはない。


 翔が魔術師特性でない以上、その妹である瑠衣が魔法をつかえるわけもないのだけれど、できないならできないでいいとも思う。『デメリットはないんだから、心配だけしているくらいなら・・・』とそう思い、瑠衣はスッと目を閉じて集中した。


「魔法の8割はイメージ。あとは集中して力を感じること・・・」


 いつか図書館で読み漁ったオカルト本を思いだし、そのイメージを高める。

 幸い魔法に関しては詠唱からエフェクトまでバッチリ記憶に残っている。イメージするのは容易かった。


「兄様の身体を優しい光が包み込んで毒を浄化していくイメージ。できる。きっとできる・・・。癒しの光・・・どうか兄様を助けて・・・キュア!!」


 状態異常解除魔法を唱えておそるおそる目を開けると、そこには、薄黄緑の光に包まれた翔の姿。やがて光はゆっくりと昇天して消えていく。


「え? できた・・・の・・・?」


 自分の両手と翔を交互に見る。


「スー・・・・・スー・・・・・」


 先ほどまでと違い、規則正しい寝息にホッと胸をなで下ろした。


「よかった・・・。」


 同時に緊張がほぐれ、疲れが肩にのしかかる。

 コロンと翔の横に転がると、そのままゆっくりと目を閉じた。


『兄様暖かい・・・』


 その心地よさに身をゆだね、いつの間にか眠りに落ちていた瑠衣は、幸せな夢を見ていた。



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