第7話 花火屋の粋なおじさんたち

 ある日、瑠衣が出かける支度をしていると、コンコンと部屋の戸が控えめに叩かれた。「どうぞ」と促すと、入ってきたのは風鈴だった。

外出禁止時期にも、何かと世話をやいてくれた彼女とは年も近くてすぐに仲良くなったと思う。瑠衣の一つ下の14歳だという風鈴は、大家族の長女で、家計を助けるために住み込みで働いているのだという。ほんわかした柔らかい感じの、癒し系少女だ。

 お茶の産地近くで育ったという彼女は茶葉の知識が豊富で、淹れてくれるお茶はとても美味しい。休憩時間や仕事終わりの時間には茶を点てて菓子と共にふるまってくれたりもして、何者にもとらわれず自分を見つめなおせる貴重なその時間に、どれだけ救われたかわからない。


「瑠衣さん。お出かけでしたか?」

「はい。ちょっと、花火屋さんに用があって。」

「そうでしたか。あ、それ出来上がったんですね。」

「はい。我ながらいい出来だと思いますが、どうでしょう?」


  2人の目線の先にあるのは、白い生地に花火模様の刺繍をあしらった手ぬぐい。

 瑠衣が花火屋の店主から頼まれていたものだった。


「私、花火って、死と直結する物悲しいイメージがあってあまり好きではないんです。でも、その手ぬぐいは華やかな花って感じがして、好かもしれません。」


 率直な風鈴の意見は、おそらくごく一般的なものだろう。この国では、戦や海流事故などで多くの人が亡くなった時、その魂の鎮魂のための手段が花火を打ち上げる事とされていため、花火に良いイメージを持っていない人が多いのである。


「そう言ってもらえると嬉しいです。それを狙って作ったので。」 


 瑠衣にその手ぬぐいのデザインを依頼したのは、潮領で随一の腕を持つ花火師のたまかぎ。嫌煙されがちな花火をもっと身近で楽しめるものにしたいと考え、商品開発に力を入れているのだそう。

若者に受け入れやすいデザインをいくつか考えてくれないかと話を受けていたのだ。


「風鈴さんが言うように、できるだけ花に寄せて、色彩も鮮やかなにしてみたんです。珠さんと鍵さんが、これを花火と納得するかは・・・微妙ですけど。規格外のものを求められている気がしたので、少し大胆にやってみました。」

「いいんじゃないでしょうか。私は純粋に、この手ぬぐいの図案好きですよ。良いと思ったものが、花火だったら嫌いになるというのもおかしな話ですしね。」

「そう思ってくれる人が増えると良いんですけどね。」


 それは、心からの願いだった。


 瑠衣は花火が好きだ。初めて見た記憶は3歳か4歳の頃。翔と手をつないで、対岸であがる花火を眺めていた。愁いを帯びた翔の横顔がまっすぐと見つめる先で、無数の花火が打ちあがり、大輪の花を咲かせていた光景は今でも忘れられない。


『手持ち花火が普及してたら、兄様と遊べるのにな。綺麗な海岸もあることだし・・・(沈められかけたけど)』


 翔と花火で遊ぶことを想像してみると楽しい事しか浮かばない。ねずみ花火とか史郎に投げつけてみたい。煙玉で忍者ごっことかして・・・


「ふふっ。瑠衣さんって、時々そうやって物思いにふけりますよね。」

「え! あ、ごめんなさい。」

「いえ、なんだかいつもとても楽しそだなって。」

「そ・・・そうですか?」

「はい。いつも、急に黙られたかとおもうと、なにやら微笑んでらっしゃいますから。何を考えてらっしゃるんですか?」


 物思いにふけっているときはその殆どが翔との妄想だ。それを結構な頻度で見られていたというのは恥ずかしすぎる。


「大したことは考えてませんよ。ところで風鈴さん、何か用があってここへきたのでは??」


 これ以上突っ込まれても困るので、強引に話題を変えた。


「そうでした。あの、今朝方翔様から伝言を預かりまして。」

「兄様から?」

「はい。今夜も遅くなるようで、夕食は一人ですませて先に休んでいてほしいとのことです。」

「そうですか。いつもありがとうございます。」


  ここ数日、翔も史郎も早朝から深夜まで仕事尽くしで会っていない。ただ、帰ってきてはいるらしく、こうして風鈴伝いで聞く他愛のない連絡が唯一の近況を把握する手段となっている。


「あの、翔様達を待ってお食事することもできますよ? 食事は冷めてしまいますが・・・」

「それじゃ片づかないでしょうし、女将さんの料理は温かいうちにいただきたいですから。なにより、起きていたら兄様に怒られてしまいますので。」

「確かに。翔様はお会いすると必ず、瑠衣さんの様子をお聞きになりますからね。お食事を召し上がったかとか、気になるところはなかったかとか。瑠衣さんが心配で仕方ないようです。」

「なんか・・・すみません。伝言も、兄様には書き置きでいいっていってるんですけど・・・」

「いえ。おきになさらず。瑠衣さんとお喋りする口実ができて嬉しいです。瑠衣さんも、翔様に何か言伝があれば預かりますよ?」

「そうですね。では、私は今日も恙無くつつがなく過ごしましたと。」

「分かりました。必ず伝えますね。あ、そろそろ仕事に戻らないと。今日は一緒にお茶できなく残念です。いいお茶菓子を見つけたので、今度またご一緒しませんか?」

「それは嬉しいです。是非!!」


 柔らかな笑顔を浮かべ、風鈴が「では」と立ちあがる。

部屋を後にした風鈴をの背中を見送ってから、瑠衣もまた立ち上がり部屋を後にするのだった。 




 ***




「こんにちは。」


 作ってきた手ぬぐいを持って、瑠衣は花火屋を訪れる。せっせと作業をしていた大柄の男がその声に気づき、振り返ってニカっと口角を上げた。


「おう、瑠衣ちゃん。お疲れさん。体調はもう大丈夫か?」

「はい。ご心配をおかけしました。お見舞いの果物もおいしくいただきました。もう少し早くお礼に伺いたかったのですが。」

「そんな気を使わんでくれ。出かけてたのはこっちなんだから。いやぁ、元気になってよかったよ。毎日自分と似たり寄ったりの顔しかみないと飽きちまうからね」


 花火屋の主人であるたまはガハハと豪快に笑う。彼はとても気前の良い元気なおじさんだ。


 珠に初めて会ったのは、町に着いた直後すぐの事だった。

町の様子を翔と見て回りながら、泊まれる場所を探していたところ、声をかけてきたのが珠だったのである。

 野良という身分のうえ、各地を転々としているために人脈もない瑠衣たち一行は、常に村人や町人から揶揄され、迫害され、追い出されてきていた。それは翔が成人してから少しはマシにはなったのだが、同行する瑠衣を見れば野良であることは一目瞭然。なかなか快く受け入れてもらえる場所はなかった。

 そんな訳で、生活の基本は野宿だったし、なるべく人のいない場所を好き好んでいたものだから、潮の町に滞在すると聞いた時には、何事かと流石の瑠衣も驚きを隠せなかった。大きな町、特に城下町などは、身分が高い方々が住む分、差別色が強い傾向にあったからだ。


 しかし町で出会った珠は、野宿する場所を探す翔に対して、「子どもが居るのに野営など言語道断だ!」と、すぐに無条件で泊まれる宿を紹介してくれた。

 さらに、瑠衣が露店を出す場所を探していると知ると、何故か涙を流しながら、無料で場所を貸してくれたのだ。


 後に、潮の町が野良に優しい町であることを知ったが、それでも差別的な考えを持つ人間がいないわけではない。町で初めに出会ったのが珠であったことは、本当に幸運なことであったと感謝している。


 人柄はいいが女っ気はまるでなく、一卵性の双子のかぎと二人で経営するここは、むさ苦しいおっさんしか居なくて華がないのが目下の悩みだという珠。

 瑠衣の外出禁止期間に、花火のことでしばらく都へ行っていたそうで、ようやく会えてお礼が言えて嬉しかった。


「あ、それでですね。今日はコレを持ってきたんです。」


 瑠衣は持っていた風呂敷の包みを開き、部屋で風鈴と見ていた手ぬぐいをそこへ広げた。


「時間があったので、いくつか作ってみたんですが、どうでしょう? 少しでも珠さんたちの考えに沿うものがあればいいのですが。」

「どれどれ。む・・・」

「手持ちには白地の布しかなかったんですけど、この図案なんかは、たとえば藍で染めた布に入れてたら夜空に咲く花火に、若苗色わかなえいろに染めた布なら野花に、布の色味によって、様子が変わるような図案にしてみたんです。」

「なるほど。うん、なるほどなぁ。思ったよりもずっと良い出来だ。鍵とも相談してみるが、どれも中々に面白い。うん。瑠衣ちゃんに頼んで正解だった。」


 珠は嬉しそうに頷きながら広げられた手ぬぐいを順番に眺めている。その様子に瑠衣も胸をなで下ろす。個人的に花火が好きなのもあるのだが、珠には本当によくしてもらっているので、少しでも役に立ちたかった。


「よかった。花火っぽさを極限まで押さえてしまった物もあるので、こんなの花火じゃないって言われたらどうしようかとドキドキしてたんです。」

「いやぁ、花火っぽさにばかりこだわっていたら、いつまでも花火は花火のままだよ。俺はその枠を壊したい。花火がもっと変幻自在で自由だって証明したいんだから!」


 花火は自由。そう言う珠はとても格好いい。 そう言ってのける珠になら、手持ち花火や変わり花火を提案しても怒られないかもしれない。なんて思い、瑠衣はちょっとしたお願いをしてみることにした。


「でしたら珠さんにお願いがあるのですが・・・」

「なんだ?」

「いつか兄様の花火、打ち上げてくださいませんか?」

「は?」

「これです!」


 図案を書いたとき、ついでに書いた落書きを見せる。デフォルメされた翔の似顔絵をドットで描いたものだ。もしもこれが花火として夜空に打ちあがったら、なんて素敵なことなんだろう。


「これはかなり難しい。花火で顔なんて前代未聞だ。それに、こんなのあげたら・・・翔が死んだみたいじゃないか?」


 流石に困惑の色が隠せない珠。突拍子もない提案なのは重々承知の為、その反応は予想通りで、瑠衣ですらこの難題ができるとは思っていない。冗談半分であることは否めないが、夢を見るのは自由なのだ。と、瑠衣は続けた。


「今はそうかもしれないですけど。私的には、出来上がる頃にはきっと、珠さんたちの努力が実って花火がものすごく身近で楽しいものになっている予定なので大丈夫ですよ! それでいつか、兄様の誕生日にこれをボーンと打ち上げてお祝いしたいなーって思ったんです。花火は自由って珠さん言ったじゃないですか。だから、夢は大きく。これは、追悼じゃなくて、お祝いの花火です。駄目ですか?」


 翔と一緒に、翔の似顔絵の花火を見る。そんな想像をしてみる。


『兄様はどんな顔をするかなぁ?』


 思い浮かんだ驚く翔の顔に、ふふふっ。っと笑みがこぼれて我に返る。


『またトリップしてた。いけないいけない。』


 戻ってきて前を見ると、珠がなぜか目頭に手を当てて・・・泣いていた。

それも、目から滝のごとく流れ出る涙。漫画でしか見たことのない光景だった。


「え!? どどど、どうしました?」

「うおぉぉぉぉんーーーーっ!!!瑠衣ちゃーーーーん!!!」


『えぇぇーーー。目を離したの一瞬だよ? 何が起きたの!?』


 半ば冗談で無理難題を押しつけたとはいえ、珠がその事に泣くとは思えないし、ちょっと異常なほどのおじさんの涙には、さすがの瑠衣も腰が引けてオロオロとするしかなかった。


「ただい・・・うぁっ。何泣いてんだよ気色ワリィ。瑠衣ちゃん引いてるじゃんか。」


 そこへ帰ってきた弟の鍵。今はその姿が救世主に見える。


「あ、鍵さんお邪魔してます。」

「あぁ、元気になったんだって? 良かったよかった。で、こいつはなんでこんなことに?」

「だってよぅ・・・瑠衣ちゃんが、凄く色々考えてくれんだよ。だから・・・ウォォォーン」


 気色悪がりながら、ことのあらましをなんとか珠から聞きだした鍵は、珠を奥の部屋へ行くよう勧めると、瑠衣のほうへ向き直る。


「ありがとうな瑠衣ちゃん。色々と考えてくれて。実はこの話、なかなかうまく進んでねぇんだよ。都の花火師たちには伝統を重んじろ、壊すなって散々いわれちまったし、こっちじゃ海流事故が起こって喜んでる卑しい仕事とか言われてるしな・・・うちは葬儀屋じゃねぇんだけどな。・・・おっと、今のは葬儀屋に失礼だったな。」


 葬儀屋も、死者を弔う大切な仕事。小さく頷きながら「聞かなかったことにしてくれ」と自分の口に指をあてた鍵に、瑠衣も頷く。


「珠の奴、結構色々言われたんで堪えてたんだろう。瑠衣ちゃんの想いに救われて、一気に感情が流れちまったんだなぁ。ったく・・・大の大人がみっともねぇ。悪かったな。気持ち悪かっただろ。」

「いえ。何か失礼をしたわけでないのでしたらよかったです。ちょっと無理難題を言ってしまったので。」

「あぁ、これか? 出来る保証はねぇが、花火で顔ってのは面白れぇ発想だ。それに無理難題のほうが俺は燃える。これからもなんか思いついたら是非教えてくれな。」

「いいんですか? 無理難題ばかりになっちゃうかも・・・」

「受けて立つぜ。」


 と、そこへ落ち着いたのか珠が戻ってきた。


「ほんと、瑠衣ちゃんみたいに、花火が綺麗で好きっていってくれる子が増えるといいんだけどね。あ、これは報酬。」


 先ほどのことは「何もなかった」と、言わんばかりに満面の笑みで、平然と現れた珠の手から金銭が広げられる。


「そんな、いいです。露店の場所を貸していただいているお礼に手伝わせていただいただけですから。」


 受け取れないと、並べられた金銭の前に両手を広げたが、珠も負けじと両手を広げて受け取るように勧めてくる。


「ダメダメ瑠衣ちゃん。こういうのはちゃんとしなくちゃ。商売人ならね。」

「それを言うなら、場所を無償で貸してくださっているのは花火屋さんのほうですよ。」

「うーん・・・じゃぁこれは、俺からの気持ち。」

「気持ちなら気持ちだけで十分です。受け取れません。」


 お互いに絶対に引かない意志を見せる瑠衣と珠。そんな二人を見て、鍵がポン手をたたいた。


「じゃぁ、コレならどうだ? 花火好きの瑠衣ちゃんに丁度いいんじゃねーか?」


 目の前に並べられたのは数種類の花火。


「え? これっ!! 貰っていいんですか??」


 この世界には、打ち上げ花火しかないはずなのに、目の前には手持ち花火のほかに、ネズミ花火や煙玉、その他見た目では何が起こるかわからない愉快な形の花火が並んでいた。


「まぁ、何だ。花火の音がでかくて嫌だとか、家でひっそりとやりたいとか言う奴もいたんでね、小型の花火を作ってみたんだ。花火ってよりは忍具なんかに近いかもだけどな。試作品だけどよかったら持って行ってくれ。」

「本当にもらっていいんですか? 買いますよ!」

「いや、まだ試作段階だから、やった感想でも聞かせてくれりゃ十分だよ。頼めるかな?」

「そういうことなら喜んで! 自分で花火ができるなんて夢みたいです!」


 存在すら知らなかった手持ち花火が、まさか手に入るなんて思ってもみなかったから、はしゃぐように喜んだ瑠衣。珠と鍵はその様子に顔を見合わせ手ごたえを感じていたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る