第5話 翔と瑠衣のお出かけ 1

 前世の記憶を取り戻してから2週間。

身体を心配した翔によって出された外出禁止令は、瑠衣にとって心を整理するために重要な時間となった。

おかげで翔の過剰なスキンシップに心を乱されることも少なくなり、前世の記憶は持ちつつも、以前の瑠衣と遜色なく振る舞えるようになってきたと思う。


 そして、禁止令も開ける今日。翔が、瑠衣を町へと誘ってくれた。

 お気に入りの瑠璃色の着物を着て、頭の低い位置に2つのお団子を結い上げれば、鏡に映る姿は、どこかゲームでみた瑠衣に相違ない。


「モブとはいえキャラデザがあるだけあって、瑠衣も普通に可愛い子ですよね。」


 耳に打ち込まれた無骨な金属の輪だけが、素朴な容姿のなかで悪目立ちしていたが、それだけは外すことも隠すことも法で禁じられているので致し方ない。


「では、行きましょうか。」


 誰に言うわけでもなかったが、そうやって少し気合を入れてから、瑠衣は宿を後にした。


 用事があるという翔とは、外で待ち合わせをする事にしている。翔は宿で待っていろと言ったが、記憶にある町の様子や文明的なところを、自分の目で見て歩いて確かめたかったので、待ち合わせにしてもらった。


 木造・漆喰・屋根瓦で作られた建物が並ぶ町並。

整備された道は、牛車や人力車、乗馬した役人、手売りの商人達が思い思い行き交っても掠りもしないほど広いので、町人もゆったりと歩くことができる。

 初めて町に出てきたよろしく、瑠衣は周囲を見渡しながらのんびりと町を散策した。


『兄様とどこへ行こうかな。』


 国内最大を誇る港町だけあって、珍しいものや人で溢れ、様々な文化が触れあう賑やかな町なので見ているだけで心躍る。活気溢れる町並みや、行き交う人の流れを、少し離れた場所から眺めて考えた。


「港の商店街でお買い物? 丘の上の公園でのんびり? 向こうの通りで屋台の食べ歩き?」 


 好きな場所でいいと言われているけれど、なんだかどれもしっくりこない。というより、翔と一緒ならなんだっていいのだから、困ったものだ。


 待ち合わせた場所で、そんな難題に頭を捻らせながらもウキウキしていると「よぅ、ねーちゃん」と、背中から明らかにガラの悪い声が飛んできて、思わず瑠衣は振り返ってしまった。


「そうそう、あんただねーちゃん。野良のらのくせにずいぶんいい身なりしてんじゃねぇか。ちょいと道に迷っちまってなぁ、お前に町を案内する名誉をあたえてやるよ。」


 野良とは、親なし家なしの子どもに与えられる身分で、助けがなければ生きていけないことを周囲に知らせるために、耳輪ピアスの着用が義務づけられている。

元々は孤児を救う手段として取り入れられたらしいのだが、一般的認識は社会のお荷物。ほとんどの野良は拾われた先で奴隷のように扱われ、今日を生きる一食のために、身を粉にしてのが現状で、人権なんてあってないようなものだったりもする。

運良く奴隷生活を免れている瑠衣であっても、ひとつ立ち振る舞いを間違えればその先は・・・考えたくもない。ここは、どうにか穏便に切り抜けたいところである。


「大変申し訳ありませんが、私はこの町の者ではないので案内はできません。」

「そんなつれないこと言わないでさぁ。俺たちを案内してよぉ。」

「野良のくせに兄貴に逆らうのかてめぇは!!」

「そう仰られましても・・・案内出来るほどの知識がなのです。私はこちらで人を待っているだけですので。」

「生意気な我鬼だなぁ・・・」

「申し訳ありません。この先に役所がございますので、道ならばそちらでお聞きになってはいかがでしょうか?」

「じゃあ、道はいい。そのかわり何か俺様を楽しませる事をしろ。」

「楽しませる・・・ですか? 生憎ですが、大した教育も受けておりませんので、そのような芸も持ち合わせておりません。」

「あぁん? 身綺麗にしてても所詮野良は野良か。使えねぇなあ。」

「申し訳ありません。」


 酒の匂いはしないものの、酔っているのかと思うくらいしつこく絡んでくる男とその弟分らしき二人組。面倒だが笑顔を作って丁寧に相手をしてあげていると、不意に「こいつ、兄貴が誰だか知らないんじゃねぇすか?」と、弟分が何やら思いついた様子でつぶやいた。


『知らないし、知りたくもないから、さっさとどっか行ってほしい・・・』


 そんな瑠衣の思いは届くはずもなく、「そうか。なら、教えてやろう」と、 男が脇に差していた刀をおもむろに抜いてに瑠衣の眼前に突きつけた。


「これは、我が村の武道大会の賞品。村正むらまさだぁ!!!」

「むら・・・まさ・・・?」


 どこかで聞いたことのある。かの有名な妖刀の名前。けれど、突きつけられた刀にはそれらしい刀鍛冶の名前すら刻まれておらず、その美しい輝きは、今の今まで飾られていましたとばかりのまっさらさ。そこには戦人と歴史を刻んだ形跡などはみじんも感じなかった。


『あぁ、分かった。この人たち、村の大会かなんかで優勝して、調子に乗って町に繰り出してきた系の残念な人たちだ。うわぁ・・・関わりたくない・・・。』


 事情を察し、崩れそうになった笑顔を再び顔に貼り付けて、残念な2人組ができるだけ早急に穏便に、この場から立ち去ってくれないかと心底願う。


「あの、ひとまず町中で刀を抜くのは控えた方がよいかと思います。私の不義理に対するお怒りがないのであれば、どうぞ納刀ください。」

「そうだろそうだろう。この美しい刀こそ、俺様の強さの象徴。」

「いえ、そうではなくて、無闇に抜刀されますと危ないですよ? 場合によっては敵意ありとみなされますし。」

「そう、危ないところだったんだ。けれどその窮地を好転させた。そして俺様は最強の男になった!」

「えっと、ここは町中ですし、警備隊の方に見つかれば連行されてしまうかも・・・」

「いやいや流石に警備隊所属はまだ早いだろう。だが、どうしてもと頭を下げるのなら、一番隊になら所属してやってもいいな。」

「えーっと・・・」


『この国の人って、人の話聞かないの?』


 弟分も、瑠衣の話には耳を貸さず男の話に「うんうん」とうなずいているだけ。話のかみ合わなさ加減に、明日花を思い出して頭が痛くなってきた。

 

「と、とにかくです。私はこの町に詳しくありませんし、人を待っている最中なのです。どうか他を当たっていただけないでしょうか?」

「待ち人? そうか、そいつ男だな? 野良が色気づきやがって。俺様より男を優先するとはな。おい、その男、俺様より強いのか?」

「・・・そうですね。それだけは間違いないかと思いますが。」

「あぁん? 面白いじゃねぇか。おい、案内しろ。そいつを俺様が倒してやろう。」

「はぃ?」

「それで心残りはないだろ? それで、そうだお前は俺の奴隷になれ。その男から、俺様がお前を買ってやる。」

「・・・・・・・・・。」


『なに言ってるんだこのアホは。あんたが兄様に勝てるわけ無いでしょうに。』


 と、さすがに彼らの身勝手さに苛立って、グーパンでも食らわしてやろうかと拳を握る。


『いや、それやっちゃうとマズイか。それより突きつけられてるこの刀を握って流血して、そのまま被害者面して警備隊に駆け込んだ方が話を聞いてもらえるかも? よし、それでいこう。』


 そう思い直して瑠衣が握った手を開いたその時だった。

 瑠衣を突きつていた刀が、キンッと小さな音をたてて吹き飛んだ。柄だけを男の手に残して宙に舞った刃は綺麗に弧を描き地面に突き刺さる。あぁ、さようなら村正(?)


「そいつは俺の連れだが、何か?」

「兄様!」


 颯爽とした翔の登場に、心が高鳴った。

 すでに刀は納めているが、男たちを睨みつけるその目は、噂通り眼光だけで人が殺せそうだ。


『この容赦ない感じ・・・本物だぁ!!!』


「俺でよければ相手になろう。ちょうどこいつを調整してきたところだしな。」

「ひぃっ」


 体勢を整え柄に手をやる翔からにじみ出る殺気にやられ、すっかり覇気をなくしたお気の毒な男達。とはいえ、いくら翔でも、すでに脅威でもなんでもなくなった男たちを町中で斬り殺したりはしないだろう。

なら、散々好き勝手言ってくれたのだ。少しくらい脅しを重ねても罰はあたるまい。


「よかったですね。本気の兄様と戦える事なんて中々無いですよ? 兄様を倒すところ、私に見せてくださるんですよね?」


 わざとらしく頬に手を当ててにっこり微笑んでみせると、男達は顔面蒼白で今にも死に絶えてしまいそうになりながら、「余計なことを言うな」と口をパクパクさせている。


「なるほど。それはいい。では、貴様らで試し斬りとさせてもらおうか。」

「お許しを!!」

「助けてぇ!!!」


 翔がそう言葉を発しただけで、震えながらひれ伏す男達。自業自得だ。とはいえ、せっかくのお出かけ前にこれ以上こんなことに時間を取られるのも勿体ない話。


「と、いうのは冗談です兄様。この方たちは道を聞いてきただけですよ。」

「道を?」

「はい。そうですよね?」

「え、あ、そうっす。その、道を尋ねましては。その、道も分かったことですし、えぇ。失礼しやっす。」

「ありがっざした。さよならー」


 助け舟を出すと、調子のいい2人は、さっさと話を合わせて逃げ出していく。それを追うのも馬鹿馬鹿しいと鼻であしらって、翔が瑠衣を振り返った。


「怪我はないか? 瑠衣。」

「はい。ありがとうございます。兄様のおかげで助かりました。」

「無事で良かった。お前が刀を突きつけらっれているのを見たときは肝が冷えた。もう少し早く合流できればよかったんだが、遅れてすまない。」

「いえ、あの方たちはただ刀を自慢したかっただけのようでしたから、危害はありません。おかげで久しぶりに兄様の刀捌きが見られましたし。それに兄様、十分早かったですよ。まだ待ち合わせの時間じゃないですもの。ふふっ」


 翔が側に居るだけで、嬉しくてつい笑みがこみ上げてきてしまう。しかも、あまりにもベタな助けられ方をしてしまたので、気分は物語のヒロインだ。


「嬉しそうだな。」

「だって、兄様とお出かけですから。嬉しくないわけありませんよ。」


 翔は、その界隈では有名らしく、どこへ行っても仕事がなくならない。それはとてもありがたいことなのだけれど、その内容は昼夜を問わない上に泊まりがけの事も多い為、一緒の時間をとるのはなかなか難しくて、数日あわないこともざらである。


「私の記憶が正しければ、兄様とこうして外を歩くのは潮の町にきた初日に、町の探索をした時以来です。あの時は、お出かけというよりは宿探しでしたし。」

「そうだな。水を差されたが、仕切り直そう。」


 そういって肩の力を抜いた翔を前にして、瑠衣は最初の難問へと戻っていく。


『さて、行き先どうしましょうか・・・』


「それで、行きたいところは決まったのか?」

「実はまだ決まっていないんです。考えている間に絡まれてしまって。」

「そうか。・・・では、ひとまず先日瑠衣が話していた甘味処へ行こう。そこで茶でも飲みながらゆっくり考えたらいい。」

「それは名案です。 是非そうさせてください。」

 

 あっという間に行き先が決まり、「行くか」と歩き出した翔の少し後ろを瑠衣は静かについていく。雑談にしばし花を咲かせ、程良い人通りと町の喧騒の中に心地よく身を置きながら2人は仲良く甘味処へと向かうのだった。

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