第一話 見えない炎 ⑥
「崎田警視、これが今回の“人魂事件”の詳細です。マリア先生が言ったように、殺人事件でした……」
「またか……」
「“また”とは……?」
崎田は資料を見ながら、口を開く。
「マリアはね、一見すると事故や病死に見えるものをいつも事件だと騒ぐ。そして捜査すると、いつも本当に事件なんだ」
「マリア先生は観察眼が素晴らしいんですね」
「違う。化け物なだけだ……。昔から変わった子だったが……大人になってさらに化け物になった。君はその手綱をしっかり握っておいてくれ」
初めて会った時とは性格が異なりすぎている崎田に、暁人は違和感しかなかった。
「……報告は以上ですので、失礼させていただきます」
彼は気分が悪くなり、その場を逃げるように出ていく。
「よっ……!」
「マリア先生……いたんですか!?もしかして今の話……」
「聞こえてないよ。あいつが化け物だっていたことなんて」
彼女はそう言って歩みを進める。
「聞こえてるんじゃないですか……」
暁人は彼女の後を追うように駆け寄った。
「聖母マリア!ちょっとおいで!」
「ったく……このゴリラ!私は聖母じゃないって何度言えば分かるんだ!」
黒田は笑っていた。
「君も来るんだよ、青井くん!」
呼ばれた場所は緊張しまくりの警視監室。
中に入ると、ジュースやらお菓子やらが置かれている。
「マリアに、事件解決のご褒美だ」
「私は子どもじゃないんだから、こんなんで喜ぶわけないだろ……」
マリアはそう言いながらも、おやつに手を伸ばしていた。
「……問題ないか?」
黒田はそう暁人に尋ねる。何を意味しているのか分かった暁人は「ええ」とだけ答えた。
*
つかの間の休息を終え、二人は研究室に戻ることに。
「じゃあ、またいつの日か」
「マリア、いつでもおいで。ここで待ってるから」
「サンキューな、ゴリラ」
マリアはテーブルの上に残っていたチョコをポケットに突っ込む。
「え、持っていくんだ……」
暁人はその行動に目を離せなかった。
いくら顔見知りだからと言っても、上司……いや、警視監が用意したものを何も考えずに食べ、飲み、おまけに持って帰ろうとするなんて、やっぱり普通じゃない……。暁人は冷や汗が流れる。
「おい!早く帰ろうって!このあとやりたいことがあるんだ!急いでくれよ、暁人~!」
マリアはそういう。
「え……今、“暁人”って……」
「それが君のあだ名……なんじゃないのか?下の名前で呼ばれるなんて、ずいぶん信頼されてるじゃないか。良かったな」
ゴリラもとい黒田はそう言って、彼の背中を一発叩いた。
「暁人~!はーやーく~!」
部屋の入り口で子どものように足踏みしながら待っている。
「分かりましたよ!行きますよ!」
暁人は彼に一礼し、マリアの元へ急いだ。
「信頼できるパートナー……か。良かったじゃないか、二人とも……」
黒田はどこか嬉しそうで、安心した表情を浮かべていた―――。
*
「暁人、お前は……私を化け物だと思う……?」
「いえ、思いませんよ」
「私はたまに自分が何なのか分からなくなる。人なのかそうでないのか……」
マリアは助手席で独り言のように話し始めた。
「私は……小さい時から物覚えがよくて、文字も言葉も、ありとあらゆるものを人よりも早く覚えた。お前が見た資料の冒頭にもそうあっただろ……。それは普通だと、生まれつきのものだと思っていたんだ……でも違っていた。私は……人間じゃないのかも……」
「先生は人間です。どこからどう見ても。それに、崎田警視が言ったことは気にしなくていいです」
暁人はそう言った。
「それは……慰めか?」
マリアはポケットからチョコを取り出し、口に放り入れた。
「甘いな……でも、おいしい」
暁人に微笑みかける。
「……急な顔面紅潮……発熱か?」
「え……」
暁人は顔に触れる。
まさか……こんな子どもみたいな女性に惹かれるなんて……俺はもっと大人な……。
「大丈夫?」
マリアが手を額に伸ばす。
「だ、大丈夫ですから!それより、運転中なので座っててください!」
彼女は大人しく座りなおす。
「そんなはずないよ……俺どうかしたんだ……」
横に座るマリアを見る。
やはり鼓動が早くなるのを感じる。
「……マジか……」
「ん?」
小首を傾げる彼女と目が合う。
「マジか……」
暁人は自らの感情と葛藤しながら、研究所へと急いだ。
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