第一話 見えない炎 ⑥

「崎田警視、これが今回の“人魂事件”の詳細です。マリア先生が言ったように、殺人事件でした……」

「またか……」

「“また”とは……?」

 崎田は資料を見ながら、口を開く。

「マリアはね、一見すると事故や病死に見えるものをいつも事件だと騒ぐ。そして捜査すると、いつも本当に事件なんだ」

「マリア先生は観察眼が素晴らしいんですね」

「違う。化け物なだけだ……。昔から変わった子だったが……大人になってさらに化け物になった。君はその手綱をしっかり握っておいてくれ」

 初めて会った時とは性格が異なりすぎている崎田に、暁人は違和感しかなかった。

「……報告は以上ですので、失礼させていただきます」

 彼は気分が悪くなり、その場を逃げるように出ていく。

「よっ……!」

「マリア先生……いたんですか!?もしかして今の話……」

「聞こえてないよ。あいつが化け物だっていたことなんて」

 彼女はそう言って歩みを進める。

「聞こえてるんじゃないですか……」

 暁人は彼女の後を追うように駆け寄った。

「聖母マリア!ちょっとおいで!」

「ったく……このゴリラ!私は聖母じゃないって何度言えば分かるんだ!」

 黒田は笑っていた。

「君も来るんだよ、青井くん!」

 呼ばれた場所は緊張しまくりの警視監室。

 中に入ると、ジュースやらお菓子やらが置かれている。

「マリアに、事件解決のご褒美だ」

「私は子どもじゃないんだから、こんなんで喜ぶわけないだろ……」

 マリアはそう言いながらも、おやつに手を伸ばしていた。

「……問題ないか?」

 黒田はそう暁人に尋ねる。何を意味しているのか分かった暁人は「ええ」とだけ答えた。



 つかの間の休息を終え、二人は研究室に戻ることに。

「じゃあ、またいつの日か」

「マリア、いつでもおいで。ここで待ってるから」

「サンキューな、ゴリラ」

 マリアはテーブルの上に残っていたチョコをポケットに突っ込む。

「え、持っていくんだ……」

 暁人はその行動に目を離せなかった。

 いくら顔見知りだからと言っても、上司……いや、警視監が用意したものを何も考えずに食べ、飲み、おまけに持って帰ろうとするなんて、やっぱり普通じゃない……。暁人は冷や汗が流れる。

「おい!早く帰ろうって!このあとやりたいことがあるんだ!急いでくれよ、暁人~!」

 マリアはそういう。

「え……今、“暁人”って……」

「それが君のあだ名……なんじゃないのか?下の名前で呼ばれるなんて、ずいぶん信頼されてるじゃないか。良かったな」

 ゴリラもとい黒田はそう言って、彼の背中を一発叩いた。

「暁人~!はーやーく~!」

 部屋の入り口で子どものように足踏みしながら待っている。

「分かりましたよ!行きますよ!」

 暁人は彼に一礼し、マリアの元へ急いだ。

「信頼できるパートナー……か。良かったじゃないか、二人とも……」

 黒田はどこか嬉しそうで、安心した表情を浮かべていた―――。



「暁人、お前は……私を化け物だと思う……?」

「いえ、思いませんよ」

「私はたまに自分が何なのか分からなくなる。人なのかそうでないのか……」

 マリアは助手席で独り言のように話し始めた。

「私は……小さい時から物覚えがよくて、文字も言葉も、ありとあらゆるものを人よりも早く覚えた。お前が見た資料の冒頭にもそうあっただろ……。それは普通だと、生まれつきのものだと思っていたんだ……でも違っていた。私は……人間じゃないのかも……」

「先生は人間です。どこからどう見ても。それに、崎田警視が言ったことは気にしなくていいです」

 暁人はそう言った。

「それは……慰めか?」

 マリアはポケットからチョコを取り出し、口に放り入れた。

「甘いな……でも、おいしい」

 暁人に微笑みかける。

「……急な顔面紅潮……発熱か?」

「え……」

 暁人は顔に触れる。

 まさか……こんな子どもみたいな女性に惹かれるなんて……俺はもっと大人な……。

「大丈夫?」

 マリアが手を額に伸ばす。

「だ、大丈夫ですから!それより、運転中なので座っててください!」

 彼女は大人しく座りなおす。

「そんなはずないよ……俺どうかしたんだ……」

 横に座るマリアを見る。

 やはり鼓動が早くなるのを感じる。

「……マジか……」

「ん?」

 小首を傾げる彼女と目が合う。

「マジか……」

 暁人は自らの感情と葛藤しながら、研究所へと急いだ。

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