14.作戦会議です

 それから一時間ほど経って、ヴィクトリア号は無事に出航した。


 ヴィクトリア号は航路を横断した嵐のせいで数日間足止めされていた。そのせいか、客も船員も皆浮き足立っているのが伝わってくるほどの賑やかさに包まれている。


 熱気に包まれて最上階のデッキから出航を見届けたエイヴリルは、ワクワクをなんとか堪えた。


 港では見送りの人々が大勢詰めかけているが、エイヴリルたちはそれどころではない。今夜の準備をしなければいけなかったのだ。


 今日の夜にはマートルの港を出航できたお祝いにウェルカムパーティーが開かれることになっている。派手好きのテレーザのことだ。もし誰かに匿われてこの船に隠れているとすれば、姿を見せる可能性がある。


「――捜査の手が及ぶ可能性があるマートルの港から無事に出航できて、気持ちが大きくなっているかもしれない。狙い目だし、明日には王都近くの港に到着する。このパーティーが最大のチャンスだ」


(しっかりと準備をして臨みましょう!)


 ディランから囁かれた言葉に、エイヴリルはしっかりと頷いたのだった。



 ◇


 船室のクローゼットでグレイスに身支度を整えてもらったエイヴリルは鏡の中の自分に驚く。


「こ、これが私でしょうか……?」

「はい。とってもお綺麗ですね。ディラン様もお喜びになるのではと」


 グレイスも満足げに一緒に鏡を覗き込んでいる。そこに映っていたのはいつもと違う自分だった。


 ディランがエイヴリルのために準備してくれたのは、デコルテが綺麗に見えるVネックデザインの淡いピンク色のドレスだった。肩周りは大きく開いているものの、レースの袖がついているので上品な仕上がりになっている。


 ドレスに合わせて髪型はグレイスがアップにしてくれた。サイドが編み込まれているほか、ピンク系のお花の髪飾りがとても華やか。


 まさに、前公爵が好みそうな『大人しく清廉な令嬢』の姿である。


「ディ、ディラン様はいつの間にこんなドレスを準備してくださっていたのでしょうか?」

「他にもたくさんあるんですよ。ただ、エイヴリル様がいつも同じドレスばかり着ているだけで。ちなみに帳簿には記していないそうです。見つかると返品される可能性があるからと」

「…………」


 もう契約結婚ではないので、契約満了時にもらうはずだった慰謝料の減額を気にする必要はないのだが、ディランの推測は当たっている気がする。


(ディラン様が察していらっしゃる通り、私に贅沢は向いていないのです……! こんなに繊細な生地……絶対に座れないし食べ物は何も口にできません!)


 完全にしみついた使用人メンタルで、このドレスを汚した場合の染み抜きはどうしたらいいのか考えていると、同じように準備を整えたディランがやってきた。


 そして、エイヴリルを一目見ると呆然としたように声を漏らす。


「……写真館に戻りたいな」

「ふふふ。戻れたらいいですね。でもここは海の上なのです」


 ディランはいつも貴族的な褒め言葉を投げかけてくるのに、今日はあまりにも普通の感想だった。エイヴリルは別に気にしなかったのだが、クリスとグレイスは楽しそうにニコニコ笑っている。


「ディラン様、余裕がなくなっていませんか」

「……うるさい、クリス」


 そんなやりとりを聞きながら、会話の意味をあまり気にしていないエイヴリルはひらりと大きな紙を取り出した。頬を染めていたディランがすぐに切り替えて問いかけてくる。


「それは?」

「先ほどコンシェルジュの方にお願いしていただいたヴィクトリア号の船内地図です! 避難経路を案内するためにとても詳しく書かれていて助かりますね」


「仮面舞踏会に潜入したときも似たような展開になったな。あのときはエントランスの館内図を丸暗記していたんだったが……今回も隠し部屋があるなんてことはないだろうな」

「それが、どうも気になるところが」

「…………。」


 ディランが明らかに不安というか嫌そうな顔をしたが、エイヴリルは話し始める。

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