12.初々しい夫婦を演じます
そこからは速かった。ディランがその日のうちにローレンスに乗船に必要な書類を頼めば、ローレンスはどこかに頼んでノリノリで準備してくれた。
翌日にそれが届いてその日の夕方。つまり、わずか一日後にはエイヴリルとディラン、クリス、グレイスの四人は港で乗船客が検査を待つ行列に並んでいた。
「こんなに早く支度が整うなんてびっくりしました。王太子殿下の権力と人脈は本当にすごいですね……!」
「この船が予定より長く停泊していたのは、数日前から嵐が来ていたせいのようだ。天候も回復したし、あまりゆっくりしていたら船が出航してしまうのをわかってくれたんだろう」
ディランの答えにうんうんと頷き、真剣な表情をしようとするものの、エイヴリルはどうにも表情が締まらなかった。なぜならば。
(船に乗るのが楽しみですし、これは新婚旅行なのです……!)
いつものことだが、公爵でも領主でもあるディランはものすごく忙しい。王都のタウンハウスに戻った後も、結婚式を挙げる時間ぐらいは捻出できるだろうが、新婚旅行に出かけるのは難しいだろう。
ランチェスター公爵領に来るのも旅行気分で楽しかった。そこから、まさか本当の旅行に出かけられるとは。
(これはお仕事です。ですが、私の知らなかった世界がたくさんあってとっても楽しいです)
普通なら足が震えてもおかしくなかったが、どんなことにもそんなに動じないエイヴリルの強めなメンタルは、こんなところでも役に立っていた。
わくわくしながら周囲を見回していると、ディランが小声で確認してくる。
「エイヴリル。設定はわかっているな?」
「はい。私たちは結婚したばかりの若い子爵夫妻で、マートルの街へは挙式のために訪れていました。青い空と海をバックに素晴らしい結婚式を挙げた後、王都近くまで船で戻るために乗船するのです。しっかり『新婚旅行中』の初々しい夫妻を演じます!」
「……それ、演じる必要はあるのか?」
ディランの呆れたような声と共に、背後でクリスが噴いたのが聞こえる。確かに。
(そういえば、私たちも初々しい夫婦ですね……? 正式な式はまだですけれど、演じる必要はないかもしれません)
そんなことを考えていると、乗船の手続きが終わったらしい。係員が上品な笑みを浮かべ、旅券に書いてあるのと同じ名前で呼んでくる。
「ブロウ子爵夫妻、ヴィクトリア号へようこそ」
「ああ。荷物を頼めるか」
「仰せのままに」
そのやりとりを見ながらエイヴリルは浮かれ気分だった気持ちをスッと引っ込め、背筋を伸ばした。
(初めての海と航海に浮かれてばかりいましたが、ここからはしっかりしないといけません……!)
そうしてエスコートをしてくれるディランの腕をしっかり掴み直すと、ディランはエイヴリルを見下ろして微笑んでくれた。いつも通りで、心強い。
「……ディラン様、初々しい夫婦ごっこ、楽しそうですね」
クリスの声がしたが、エイヴリルは『ディラン様も実はちょっと豪華客船に浮かれているのですね!』と違う方向に納得したのだった。
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