第101話 悪女はティータイムを満喫します②
「それがどうした。妾を囲うものとして当然のことだ、フン」
「ですが、テレーザ様のお部屋には、大旦那様が贈ったプレゼントは何一つありませんでした」
「そんなはずばないぞ。宝石だけはまだ贈ったことがなかったが……あれが身につけていたドレスも靴も、全部私が贈ったものだ」
「本当でしょうか?」
「しつこい」
これ以上なく面倒そうな顔をしてあしらわれてしまったが、エイヴリルは怯むことなく続ける。
「たとえば、テレーザ様のクローゼットにかけられているドレスはどれも王都で人気のドレスショップの新作のようです。ですが、大旦那様がこの半年ほどでテレーザ様に贈ったのはトラディショナルなデザイン……清楚でフォーマルと言えば聞こえはいいですが、おしゃれに敏感な淑女からすれば古臭さを感じるものが多かったのではと」
「それが何だというんだ。テレーザちゃんだって喜んで受け取っていたぞ」
「ですが、そのドレスは一枚もクローゼットにありませんでしたわ。おそらくテレーザ様は贈り物を売って好みのドレスを取り寄せていたのかと」
「何を馬鹿げたことを。あのかわいいテレーザちゃんがそんなことをするはずがないだろう。テレーザちゃんはあの見た目とかわいらしい話し方の通り、清楚でおとなしいんだ。……大体にして、なんでおまえは私が贈ったドレスのことを知っているんだ」
それはもちろん本邸にかかわる帳簿をチェックしたからである。
前公爵がテレーザにたくさんのドレスを贈ったことは記録に残されていたが、しかし彼女の部屋を確認したところ肝心のドレスがどこにもなかったのだ。
(前公爵様は、愛人の皆さまや使用人の方々が不自由することなく楽しく暮らしているとお思いですが、そうでないこともあります)
エイヴリルは目の前の前公爵を見つめながら、ランチェスター公爵家に到着しなかったクラリッサのことを思う。
どんなに高い給金を与え、個室を持たせ、愛人ならば贈り物をしても、本人が本当に望んで幸せなのかはわからないのだ。
(もちろん、本当に幸せな方もたくさんいらっしゃるとは思いますが、そうでない方を囲うのは、その方にもランチェスター公爵家にとってもいいことではありません)
しかも、悲しいことに前公爵はそのことに気がついていない様子である。
前公爵が押し付ける『清楚でおとなしい令嬢』の理想は幻想だということ。そして、自分がどんな目で世間から見られているかに気がつくこと――それは、離れ解体へのきっかけにも思えた。
(ここは、前公爵様が自分の趣味を押し付けていることに気づいてもらうため、悪女として『くだらない贈り物をするんじゃないわよ!』ぐらいお伝えすればいいでしょうか……!)
エイヴリルはぐっと拳を握る。
「領地入りしてから、ディラン様に本邸の帳簿を見せていただきました。本来の目的とは違いますが、前公爵様が愛人の皆様に贈られたプレゼントのリストからはさまざまな事情を察することができました」
(さあ、ここで『くだらない贈り物をするんじゃないわよ!』とえらそうに言えばいいのです……!)
いよいよ悪女のふりもクライマックスにさしかかる、そう思ってエイヴリルが気合を入れたとき。前公爵は人を見下すように冷ややかに笑った。
「帳簿を見たのか? あれは女が見てもわからないだろう」
馬鹿にしたように言われて、エイヴリルは目を丸くしたあとくすりと微笑む。別に驚いたわけではなく、懐かしかったのだ。この辺は、実父のあしらいで慣れたものだったから。
「まあ。そのようにお考えでしたらそれで問題ありませんわ」
「つまり、その言い方だとおまえは自分で帳簿を読んで理解するのか?」
「当然のことですわ。悪女たるもの、家の懐事情に不安があっては本気で遊べませんもの。気にせずに遊ぶ悪女は二流ですわ」
「なるほど。お、おまえのような悪女の考え方としては意外なほど堅実だな」
「私がこうして幸せに暮らしているのはディラン様のおかげですが、それは領民の皆様の暮らしが満たされているからこそ幸せに思えるのです。領主ばかりが豊かではいけません」
「……⁉︎」
会話はなぜか弾んでいるが、なかなか決め台詞のターンがやってこない。
焦れはじめたエイヴリルとは対照的に、一体どういうわけなのか前公爵は天啓を受けたようだった。
「なるほど。これまでの会話を踏まえると、おまえは離れの愛人たちにもっと手厚く接しろというのか」
(ん?)
まんざらでもない様子で前公爵が言い出した言葉に、エイヴリルは首を傾げた。
エイヴリルはただ、前公爵がテレーザに自分の趣味を押しつけていたことに気がついてほしいだけだった。しかし一体どうしてそんな展開になるのだろうか。
心底意味がわからないでいるエイヴリルに、前公爵は追い打ちをかけてくる。
「発言や聞こえてくる噂は本当にどうしようもない悪女だが、考え方は……その、悪くないな」
「⁉︎」
(待ってください。私は何か失敗したのでしょうか……?)
「むしろ、ひどい悪女と評判なのは何かの間違いではないのか? 皆、エイヴリル・アリンガムの本当の姿を知らないと言った方がしっくりくるような」
「!?!?」
ほんのり頬を染めた前公爵に、ひゃっと悲鳴が出そうになる。
(なぜか好感を持たれている気がします……⁉︎)
思わずディランに視線で助けを求めれば、ディランは待っていたかのようにエイヴリルが制止のために差し出していた手をぐっと握った。
その表情は、余裕に満ちているように見える。
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