第71話 また会いました

 ところで、仮面舞踏会は、この屋敷の一階すべてを開放して開催されている。


 ダンスが繰り広げられるのは大広間だけのようだが、他の部屋では参加者たちが食事や会話を楽しんでいるということだった。


(これが、アレクサンドラ様が仰っていた“少し格式高い仮面舞踏会”……!)


 初めてのことに、つい周囲をキョロキョロと見回してしまう。


「……わかりますよ。楽しいですよね?」

「! はい……!」


 仮面をしていても、クリスの目が笑っているのはわかる。うっかりはしゃいでいるのを見透かされて恥ずかしいが、この気持ちは隠しきれないのだ。素直に肯定するしかなかった。


「他のお部屋も見てみますか。どうせこの大広間にいては、さっきの虫もすぐに戻ってくるでしょうし」

「ぜひ!」


 まるで子どもに接するようなクリスからの提案に、エイヴリルは目を輝かせたのだった。




 大広間を出たエイヴリルは、クリスと一緒に絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。それぞれの部屋は扉が開け放たれていて中の様子が見え、出入りしやすくなっていた。


「隣の小部屋はビュッフェ台が置いてある休憩用のお部屋、その隣はカフェスペース、奥の角から二番目のお部屋ではボードゲームが楽しめるはずですね」

「エイヴリル様はなぜそんなことを知っているのですか?」

「さっき、エントランスの館内案内図で確認しました」

「……なるほど」


 見たものは大体一度で覚えるエイヴリルの案内に、クリスはとくに突っ込みを入れることなくついてきてくれる。


(この規模で、しかもアッシュフィールド家が主宰するパーティーです。人目を避けて商談や密談ができる場をいくつか準備しておくと考えるのが普通です……!)


 きっと、ディランもそこで『仕事』をしているのだろう。仮面舞踏会という周囲の雰囲気だけで、スパイにでもなったようでわくわくしてしまう。


(ハッ……いけません。今夜はディラン様のお仕事のサポートが私の任務なのですから。お邪魔にならないよう、静かに潜伏する必要があります)


 ついはしゃぎかけたことを反省したエイヴリルは、気を取り直して奥から二番目の部屋に入った。


 ざっと見て十人程度の男女がチェス盤を前に語らっている。入り口のところにはミニバーが設置してあった。そして。


「……ま、また会ったね。そんなに私に会いたかったのかな?」

「うっ」


 そこにはディランはいなかったが、なぜかさっき追い払ったばかりのウォーレスがいた。


 隣には、露出度高めのドレスにゴールドのバタフライモチーフの仮面を付けた女性を座らせている。チェス盤を挟んだ向かいの席は空いていた。


(ウォーレス様を避けて大広間を出たのに、早速再会してしまいました……!)


 自分のタイミングの悪さを呪うエイヴリルの前で、ウォーレスは連れの美女と何やらニヤニヤ話している。


「キャシー。彼女が今話していた、例の」

「ああ、エイヴリルとかいう安っぽい悪女? 偽名を使わない時点で終わっているわよね」


(コリンナにとっては思いっきり偽名だったのですけれどね……! ですが、私としては返す言葉もありません)


 キャシーと呼ばれた美女から発せられた甘ったるい声と値踏みするような視線に、エイヴリルはとりあえず微笑んで淑女の礼を返す。


 すると、キャシーは自分の美しく巻かれたブロンドヘアを指先でくるくるともてあそび、ふぅん、と意外そうな声を出してから続けた。


「私、彼女がどんな顔をしているのか見てみたくなっちゃった。ねえあなた、チェスで遊んでいきなさいよ。それで、私に勝ったら仮面を取らなくてもいいの」

「……? つまり、負けたら私に仮面を取れと仰るのでしょうか」


 エイヴリルが首を傾げると、キャシーではなくウォーレスが応じる。


「それはいいな。私もエイヴリルの素顔は見てみたいと思っていた。どんなときでも仮面を外さないから、ずっと気になっていたんだ」

「それは……」


 エイヴリルたちの会話が聞こえたらしい周囲の客がざわめく気配がする。それだけ、仮面舞踏会で素顔を晒すことはマナー違反なのだろう。


「エイヴリルが素顔を晒すのは、君がもし負けたらの話だよ。それに、相手は僕じゃなくこっちのキャシーだ。そんなに難しい話じゃないだろう? まぁ、田舎町の仮面舞踏会では知的な会話もボードゲームもなかったもんな。君には難しいか」

「やあね。意地悪だわ。まずはルールから教えてあげるし、きちんとハンデをつけてあげるから座りなさいよ?」


 キャシーは挑発的に微笑んでいるが、こういう視線にも突然向けられる敵意にもエイヴリルは大体慣れている。


(ここは騒がれては大変ですからお受けした方がよさそうです。ですが、顔を晒してはディラン様のお仕事に影響が出るかもしれません。でも、負けなければいいのですよね……)


 この二人はハンデをくれると言っている。それなら、自分にも勝てるかもしれなかった。


 エイヴリルが付き添いのクリスに相談するような視線を送ると、彼は意味深にニヤリと微笑んだ。


「承知いたしました。では、お姫様も準備を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る