第58話 結婚式⑤

 エイヴリルの格好をした義理の妹・コリンナは、エイヴリルの夫となる公爵閣下、ディラン・ランチェスターのもとに向かって、バージンロードをゆっくりゆっくりと歩いていく。


(あのドレス、やっぱり素敵……。さすが、ディラン様が私のために仕立ててくださったドレスだわ。真っ白なシルクの生地に散りばめられた刺繍とラインストーンがきれい……!)


 こんな状況なのに、自分がディランからの贈り物であるドレスに夢中になっていたことに気がついたエイヴリルは、ハッとして蒼くなる。


(いけないわ、また私ったら。ここはドレスの美しさに感激するところではなかった。ディラン様にごめんなさい、だわ。私への贈り物なのに……コリンナに奪われてしまったんだもの)


 一方、エイヴリルから奪ったドレスを身に纏い美貌の公爵の隣に進んだコリンナは、夫となるディランの顔を凝視して『エッ』と小さな悲鳴をあげた。


 それは、何かを忌避する叫びではなく明らかな感嘆の声。


(それはそうよね。ディラン様はとってもお顔がいいもの。それだけではなく、佇まいから優しさや高貴さが溢れ出ていらっしゃるわ。初めて間近で見たら、あのような反応をしてもしかたがないわ。だって、コリンナだもの)


 いつの間にかパイプオルガンの音は止み、恐ろしいほどの静寂が広がっていた。


 当然である。


 確かに、遠目ではエイヴリルとコリンナはそっくりだけれど、ディランの強張った表情からはということは明白だったのだから。


「お前は誰だ。私の愛するエイヴリルを一体どこへやった」


(……愛する、エイヴリル……!?)


 教会内に響き渡った聞きなれない表現に、エイヴリルは手の縄を解くことも忘れて固まってしまう。


 いや、もしかしたらこれまでにもこんな風に表現してもらったこともあったかもしれない。しかし、契約結婚の婚約者を演じていると思っていたから平気だった。


 けれど、さっきのキャロルからの助言とあまりに一致しすぎてはいないだろうか。初めて、ディランの本心かもしれないと思うと驚きと申し訳なさで呼吸が止まりそうになる。


 動けないでいるエイヴリルと扉一枚隔てた先で、コリンナが声を震わせた。


「ディ……ディラン様。私はエイヴリルですわ。この桜色の髪も、碧色の瞳も、あなたが愛するエイヴリルそのものですわ。いつものエイヴリルと違うところなど一つもありませんわ」


「――エイヴリル?」


 自嘲気味に笑った後、ディランは厳しい声色で続けた。


「お前。私が愛する妻の顔をわからないと思っているのか? 不敬で投獄してもいいが、まずはその前にエイヴリルの居所を教えろ。二度同じ問いはしない。今すぐにだ!」


「ひっ……!」


 コリンナはあまりの恐怖に力が抜け、床にへたり込んでしまったようだ。


(あっ、ドレス! ディラン様からの贈り物のドレスが汚れてしまいます……!)


 隙間から見守っていたエイヴリルは、口にあてられた布紐を噛みしめ、扉に体当たりをする。



 一瞬だけ響いた、鈍い音。それが聞こえたのか、それともコリンナの震える指先を辿ったのか、こちらを見たディランと目が合った気がした。


「……っエイヴリル!?」


 その瞬間、ディランは問い質すために掴んでいたコリンナの身体を放り投げ、エイヴリルのほうに走り寄ってくる。コリンナはどさりと音を立てて床に転がった。


 階段室の扉前まで来たディランは扉を叩く。


「エイヴリル、いるのか!? ……おい、この扉の中はなんだ!?」

「ち、地下へと続く階段室がございます」

「不審な音がした。誘拐された私の妻がいるかもしれない。すぐに鍵を開けろ!」


(まもなくこの扉が開きますね……! そして今、確実に外は安全です)


 すぐそこで交わされる会話を聞きながらエイヴリルは一瞬で手首の縄を解き、口に当てられた布紐も投げ捨てた。そしてキャロルの手首の縄も解いてやる。


「もっと早く解いてほしかったですね」

「その通りですごめんなさい!」


 万一見張りに見つかった時のために安全が確認できるまで縄を解かなかったのだが、この状況でぐうぐうと眠るぐらいならとっとと解くべきだっただろう。キャロルが正しすぎた。


 それから、外出用とはいえ普段着用のドレスを身につけた自分を見下ろす。


(私のこの服装は……結婚式には少し残念ですね……)


 そんなことを考えていたところで、鍵が到着したらしい。扉が開いて、一気に光が差し込んだ。


「エイヴリル!」

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