第22話 公爵様の様子が少し変です

 先日のお茶会。


 エイヴリルは、悪女らしさを取り入れつつきちんと契約書通りの振る舞いができるのか不安だった。けれど周囲の反応を見るに、自分の立ち回りは意外と悪くなかったらしい。


(しばらくは悪女としてこの宮殿で大人しくしていましょう……)


 とりあえず、当面の山場は越えた気がする。朝日を浴びながら、エイヴリルはテラスで大好物の硬いパンをかじっていた。


 初日は、エイヴリルの私室で窓すら開けられることなく用意された朝食だった。けれど、最近は天気がいいとこうしてテラスに準備されている。


(朝の空気が気持ちいいわ……でも、一人で食事をとるのは少しさみしい、かもしれない……)


 ふと思いつきで、テラスの端で控えているグレイスに声をかけてみる。


「ねえ。一緒に朝食をいただきませんか?」

「……え?」


 普段なら引き下がるところだが、ここでのエイヴリルは悪女である。アリンガム伯爵家でエイヴリルと仲良しのメイド・キーラが幾度となくコリンナの我儘に手を焼いてきたことを知っているのだ。


 となれば、多少身勝手でもいいし、むしろ強引さはあったほうがいいだろう。顔を引き攣らせたグレイスに、エイヴリルはにっこりと微笑んだ。


「せっかくこんな風に素敵な場所にテーブルを用意していただいたし……ぜひ、私のお向かいに座ってください」

「いえ、それはできかねます」


「今なら誰も見ていませんし……あ、硬いパンがお好きでないなら、柔らかいパンをいただいてまいりますわ! ごめんなさい気がつかなくって! 少し待っていてくださいね」

「……! どうかそれは!」


 すっくと立ち上がったエイヴリルに、グレイスがますます困惑の色を深めて後ずさりをしたとき。


「そこには私が座ろう」

「あら、ディラン様」


 なぜかディランがテラスにやってきて座った。心底救われた表情をしたグレイスは「旦那様の朝食もこちらに準備いたします」と言って部屋の中へ消えていく。


 それを視線で見送ったディランは、笑いを堪えている。


「エイヴリル。今のはやめてくれるか。彼女たちにも守らねばならないルールがある」

「ごめんなさい。私はご存じの通り悪女でして、お誘いの加減がわからず、つい嫌がらせを」

「……こんな悪女がいるか」

「え?」

「いや、なんでもない」


 今、重要な突っ込みを聞き逃してしまった気がするのはエイヴリルの気のせいである。


 気を取り直して目の前の朝食メニューに向き直ると、ディランの目が点になっていた。


(何か……おかしなことが……?)


「このメニューは何だ。すぐにグレイス・フィッシャーを呼び戻せ」

「! あっ」


 そうだった。エイヴリルの食の好みは普通と少し変わっているのだ。焦げた目玉焼きに古いうえに少し焼きすぎたパンの朝食は、使用人からの虐めにしか見えないのかもしれない。


「違うのですわ。私はこういうメニューが大好きで、お願い……いえ、命令してこうしていただいているのです」

「……本当か。またあのメイドたちを庇っているのでは」

「? 私、ここに来て使用人の皆さまのことを庇ったことなど一度もありませんけれど」


 何と言っても家を追い出されるほどの悪女ですし、と続けて微笑むと、ディランがため息をつく気配がする。


「……もういい。それより、エイヴリルはどうしてこんな食べ物を好きになったんだ?」

「ええと……料理人を困らせたかったからですね、それは当然もう」


 悪女のフリも板についてきた自覚のあるエイヴリルは、言葉に詰まることがない。


 ディランのほうもエイヴリルの言葉をサラッと流してくれるものだと思ったが、意外なことにそうではなかった。真剣な顔をして告げてくる。


「人の食の好みに文句をつけるつもりはないし、君が嫌がることをあれこれ詮索する気もない。だが、君はもうこんな風に過ごさなくてもいいんだ」

「?」


(今日のディラン様は少し様子がおかしいわ……。朝からこの宮殿にいらっしゃったのも変だし)


 エイヴリルは、首を傾げながら自分のパンを差し出してみる。


「……硬いパンもおいしいですよ」


 ディランはエイヴリルが差し出したパンを受け取り、躊躇せずそのままかじった。


「……うまいな」

「でしょう?」


 ふふふ、と微笑みかけると、ディランの片方の唇の端が上がって、はにかんだような表情になる。しかし、このどことなく甘い雰囲気は何なのだろうか。


 エイヴリルが、傾げた首を反対側に傾け直したとき。パンを飲み込んだディランは、やっと本題を切り出した。 


「アリンガム伯爵家――君の実家から手紙が届いた」



 ディランがテーブルの上にひらりと置いた一枚の封筒。そこに書かれたへたくそな字は、間違いなく父親のものだった。

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