第21話 使用人も困惑(グレイス視点のお話)
「グレイス! エイヴリル様の朝食の準備ができたぞ」
離宮を担当する料理長からの声掛けに、ランチェスター公爵家の夫人担当のメイドの一人・グレイスは顔を上げた。
「ありがとうございます。すぐにエイヴリル様のところにお運びします」
「ああ、頼んだ。……それよりも、本当にいいのか? このメニューで」
複雑そうな表情の料理長からの確認に、グレイスは顔を引き攣らせる。
「はい。確かに……エイヴリル様はこのメニューをご希望されていて」
「ほーん。本当に変わった好みしてんなあ」
「……」
「……」
グレイスと料理長は揃って黙り込んでしまう。
二人の視線の先には、半分焦げた目玉焼き、焼き上がってから時間が経ちすぎて硬くなったパン、冷えてドロドロに固まりつつあるスープ、すっかりぬるくなったオレンジジュース、があった。
この家の新しい女主人となる悪女、エイヴリル・アリンガムがやってきた日。
使用人たちの間には確かに、この名門にふさわしくない彼女を排除しようという不思議な団結感のようなものがあった。
――彼女が本性を現してこの家から追い出されればいい。
皆がそう思い、示し合わせたかのように朝食には誰が食べてもまずいであろうメニューを用意し、メイドは身の回りの世話をせず、バスルームには冷水が用意された。
何の打ち合わせもなしにこの仕打ちだったのだから、とんでもないことだ。当然エイヴリルは怒り狂うかと思われたが、意外なことにそうはならなかった。
朝食のメニューは絶賛され、本人は嬉々とした様子で身支度をし、バスルームには明らかに手慣れた感じでお湯が足された。
(エイヴリル・アリンガムの人柄は……聞いていたものと随分違いすぎるわ)
ちなみに、エイヴリルが連れてきた侍女は彼女を世話することなく母屋に入り浸っていた。侍女にすら舐められているその姿に、グレイスはいち早く気がつき衝撃を受けた。
カートを押そうとするグレイスに、料理長が一枚のメモを見せてくる。
「この前、下げられた皿にこの手紙が添えてあったんだよ。“私のために食事を作れることをありがたくお思いになって”、といかにも悪女らしいことが書いてあったんだが、結びの文は極上の感謝の言葉で締められていて、意味不明だ。しかも、何度も書き直した形跡があるうえに字がクソ丁寧で綺麗だった。……あの人、一体何を考えてんだ?」
「…………。」
手紙を前に絶句するグレイスの背後で、メイド仲間たちが盛り上がり始める。
「そういえば、この前の王太子殿下がお出ましになったお茶会あったじゃない? 私、ご一緒したんだけどさぁ。ランチェスター公爵家の品位を落とすどころか、王太子殿下に甚く気に入られてたよ。旦那様も頬を染めちゃってさ。なんか知らないけど、幸せそうな夫婦に見えた」
「あー! 知ってる。それさ、リンドバーグ伯爵家の才媛・アレクサンドラ様もいらしてたやつでしょう? アレクサンドラ様にも随分と気に入られたらしいじゃん。気難しい堅物だって有名なのに」
「意外とうまくやってる……ていうか、すごすぎない? 評判を貶めるどころか、しっかりちゃっかり社交してるのよね。ねえ、グレイス?」
話を振られたグレイスは、手紙から視線を上げて頷く。
「え、ええ。しかも、あの方は無意識に使用人を庇ったりするのよね。何の見返りも期待していない様子だし……。悪女だと聞いていたけれど、どう考えてもおかしな話だわ」
「グレイス。本当に、朝食はそのメニューでいいのか。普通は好まない出来損ないばかりだが」
「…………。」
料理長からの念押しに、その場にいる使用人全員がエイヴリルの朝食メニューを見つめ、首を傾げたのだった。
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