第20話 お茶会④

(もう……これは、大人しく白状するしかなさそうですね)


 自分が『コリンナ』ではないことがバレバレなのだと悟ったエイヴリルは、ゆっくりと口を開く。


「……アレクサンドラ様は、私が誰なのかをご存じなのですね」

「ええ。今日、急遽ここに来たのはあなたに会うためよ。……どうして悪女のふりなんてしているのかしら。あなたの妹――コリンナ・アリンガムの身代わりで嫁いだとしても、悪女になる必要はないのではなくって?」


 アレクサンドラは心底不思議そうだが、エイヴリルにとってもその問いは不思議なものでしかなかった。


(私の能力は、確かに便利なものではあるわ。けれど、アリンガム伯爵家では気持ちが悪いと言われていたのに……。どうしてアレクサンドラ様はこんなに目をかけてくださるのかしら)


 エイヴリルは首を傾げ一瞬意識を飛ばしたものの、今は質問に答えなくてはいけない。


「……それが」


(契約書の内容を勝手に口外するのは守秘義務に反するわ)


 さすがに、契約結婚とは言えない。それならば。


「私、悪女になりたいのです。心の底から」

「……なるほど」

「悪女になって、ディラン様……いえ、公爵様の心をわしづかみにしたいのです」


「……わ、わしづかみ?」


 リンゴを握りつぶし、さっきまで狂気を感じさせていたアレクサンドラの表情がぽかんとしたものになる。けれど、エイヴリルはそれに構うことなく続けた。


「公爵様は、あえて“悪女”であるエイヴリル・アリンガムに縁談を申し入れたのです。でしたら、その期待に応えないわけにはいきません。私は、愛する公爵様のために完璧な悪女になりたいのです」

「そ……そういうものかしら」


 才媛は簡単には騙されてくれないと思ったけれど、意外と行けそうだった。


 なぜか毒気を抜かれたような顔をしているアレクサンドラに向かって、エイヴリルは頭を下げる。


「ということで、私の中身が悪女ではないことは、どうか内密にしていただけませんか」


「……ねえ。そもそも、悪女っていい要素なのかしら……?」

「公爵様にとっては、絶対、間違いなく、確実に」

「…………。」


 繰り返して念を押すと、アレクサンドラはルビー色の美しい瞳を丸くしてくすくすと笑いだした。


「……そう、そうね。ええ、わかった。あなたはそれでいいと思うわ。頑張って悪女になったらいいと思う、ええ。私は応援するわ」

「はい、ありがとうございます」


(アレクサンドラ様はギャップが素敵な方ね)


 お皿の上で無惨にも砕け散ったリンゴを見ながら、エイヴリルは感心した。


(ディラン様について……大きな誤解を生んでしまったかもしれないけれど。一応、契約はきちんと守っています。でもごめんなさい、ディラン様)


 心の中でディランに謝罪をしていると、アレクサンドラは立ち上がりエイヴリルの手を取る。


「私、あなたのことがとても気に入ったわ。王太子殿下と公爵閣下のところへ戻りましょう。皆でお話がしたいわ」


 “悪女のフリ”がバレてしまったことは仕方がない。それに、アレクサンドラはエイヴリルの味方になってくれるらしかった。




 よかった、とホッとして庭に戻ると、ディランと王太子であるローレンスが待っていた。


「エイヴリル。話は終わったのか」

「はい、つつがなく。何の問題もございませんわ」


 エイヴリルの言葉に、ディランとローレンスは顔を見合わせる。それを見て、アレクサンドラはふふっと笑った。


「ランチェスター公爵閣下。あなたの婚約者は本当に面白い方ですね」

「……アレクサンドラ嬢もそのようにお思いですか」


 ディランの返答に笑いが混じっているのはエイヴリルの気のせいだろうか。けれどここは口出しをしない方が良さそうである。黙ってお茶を飲みながら二人の話を聞くことにする。


「お友達になっていただけたら、退屈しなそうですわ。美貌の公爵閣下の女性の好みも教えていただきましたし」

「…………。」


 ディランが微妙な顔をし、その隣に座っていたクリスがブッと吹き出した。


 それにしても、随分と平和なお茶会である。


 アレクサンドラが味方になってくれたことは本当にありがたいが、ここで当たり障りない振る舞いをして帰ってしまっては、エイヴリルが悪女だと印象付けられないのではないだろうか。


(コリンナの振る舞いを思い返してみましょう。あの子は、こういう場に出ると大体トラブルを起こして帰ってきたわ)


 自分より地位の高い貴族令嬢の婚約者に色目を使っただとか、男爵令嬢に些細な意地悪をして泣かせただとか。


 しかも、そのどれもがこそこそと行われた陰湿なもので、両親の耳に入ることはなかった。エイヴリルが知っているのは、キャロル以外の侍女に教えてもらったからである。


(周りに気づかれないような……些細なトラブル)


 考えを巡らせていると、王太子・ローレンスが話しかけてきた。


「君のことをディランに聞いてみたのだが、なかなか話してくれなくてね。今度は、君からディランの話を聞いてみたいな」

「まぁ」


 これはチャンスである。


(コリンナは、いつだって自分が話題の中心でないと気が済まなかったわ。つまり、ここでの正解は空気を読まずに話し続ける……! これなら私にもきっとできるわ)


 水を得た魚、我が世の春。エイヴリルは、悪女の微笑みを浮かべた。


「ディラン様はとてもお優しい方ですわ。私のために宮殿……ではない、離れのお部屋を準備し、メイドに言いつけて私の好みに合わせた食事を準備してくださいます。お買い物に行けば何でも買ってくださるし、この前は実家に関する相談にも乗ってくださり、お忙しいのにも関わらずわざわざ直接骨を折ってくださいました。何よりも、遠くから嫁いできた私のことをいつも気にして顔を見に来てくださいます。それに、使用人の名前もフルネームで全員覚えておいでで……信じられますか? あんなにたくさんの方がお勤めなのに……! ディラン様はお忙しそうで顔色が悪いことだけは気になるところですが……とりあえず間違いなく、私がこれまでに出会った中で誰よりも優しくて素敵なお方ですわ。それに、」


「エイヴリル。もうやめてくれるか」


 まだまだ話そうとしたところで、ディランに止められてしまった。


(……え、えっと?)


 隣に視線を移すと、頬を染めて口元を押さえるディランの姿があった。ぱちぱちと目を瞬くと、アレクサンドラとローレンスが笑いあう。


「ね、エイヴリル様はとても面白くてかわいらしい方でしょう」

「本当だな」


「……勘弁してくれ」


 隣から、端整な顔立ちに感情を滲ませたディランの囁くような声が聞こえ、背後からはクリスがまたブッと吹く声がした。

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