第12話 悪女のお買い物は手強いです②
「クリスさん」
「クリスさん?」
(ああぁ、また敬称をつけてしまったわ)
ディランによって遣わされたお目付け役は、いちいち痛いところをついてくる。けれど、おかしなところを指摘してもらえるのはありがたい気はする。
エイヴリルは覚悟を決めて、居丈高に宣言した。
「違ったわ。クリス」
「……はいはい」
「では、やはりさっき片付けてもらったジュエリーをもらおうかしら」
すぐに、がっかりして消えたはずの店員が再度ジュエリーボックスを目の前に広げてくる。エイヴリルは冷や汗をだらだらとかきながら、並んだジュエリーを見つめた。
(ええっと……そうだわ。さっきは美しさに夢中になってしまって気がつかなかったけれど、このジュエリーに使われている石は本で見たことがある。これもこれも、全部特定の場所でしか採れない希少価値が高いもの。こちらなんて、鉱山が閉山していてもうこれ以上増えることがない貴重すぎるものだわ。ということは……)
アリンガム伯爵家では無能と言われたエイヴリルだったが、自分の記憶力の良さはわかっている。これは、安心して決断ができそうだった。
一つだけ、本で見たことがない宝石のついたジュエリーがあった。しかも使われている石は真ん中に一つだけで、他に比べてデザインも質素だ。
(うん。これは宝石の本に載っていなかったわ。とても綺麗だけれど、きっとお安いはず)
いくら『悪女』として浪費しないといけないとしても、エイヴリルは契約上の花嫁だ。三年後にランチェスター公爵家を出て行くときに「浪費した分を慰謝料から差し引く」なんて言われたら困ってしまう。
そうならないために、細心の注意を払わなければいけない。
無事に決断したエイヴリルは、にっこりと微笑んでそのネックレスを指差す。
「あの、ではこれをいただこうかしら」
「こちら……でございますか」
「ええ。支払いはランチェスター公爵でお願いね」
余裕たっぷり、悪女っぽく言えた気がした。すると、店員の瞳がキラキラと輝く。
「お客様はさすがお目が高い」
「え?」
「そのネックレスは、この店で一番高価なものです。石は小さいですが、宝石や鉱物の図鑑にも載らないほど珍しい一点もので。前の持ち主は大富豪の方で、長く保管されていたため市場に出回るのは極めて珍しいのです」
「……!?!?」
(そんなことって、ある……!?)
悲鳴にならなかっただけ褒めてほしい。目を白黒させているエイヴリルを、満面の笑みのクリスが見下ろしてくる。
「エイヴリル様、何か問題でも? よい贈り物ができて、ディラン様もお喜びになるでしょう」
「いえ、あの。……そうね。私にぴったりのジュエリーだわ」
(って全然良くないわ……! 三年後に貰える慰謝料が減らされたら、どうしたらいいの……! 一人で細々と生きていくだけならいいけれど、キーラやアリンガム伯爵家でお世話になった皆に恩返しができなくなるわ)
蒼くなっているエイヴリルを無視して、クリスは店員に指示を出す。
「
「えっ? それなら、あの露出の多い赤いドレスのほうが好みですわ……!」
何とか悪女の設定を続けたいエイヴリルに、クリスは聞いてきた。
「ご無理はなさらないほうが賢明です。あの赤いドレスを本当に着られますか?」
「…………。」
無理に違いない。というかもし赤いドレスにしたら、お茶会の前に間違いなくコリンナに送られてしまうだろう。
「えっと……着る前に消えてなくなる気がいたします」
「? よくわからないですが、青いドレスにしておきましょうね」
(いけない、また余計なことを)
たまに本音が零れてしまうのはエイヴリルの悪いくせだ。
とにかく、こうしてエイヴリルの悪女としてのお買い物は、散々な結果に終わったのだった。
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