第11話 悪女のお買い物は手強いです①
エイヴリルは、到着してたった一日で母屋の使用人としてすっかりなじんでいたキャロルを連れ、街のドレスショップへとやってきていた。
(こ……これは……)
口をぽかんと開けたエイヴリルの前には、胸元が広く開いたキャミソールのような形のドレスが飾られていた。
スカートには太腿までの深いスリットが入っていて、色も真っ赤。見ているだけで赤面してしまう。
「キャロル。コリンナって……こういうドレスが好きだったわよね……」
「……そんなに赤い顔で恥ずかしそうにするぐらいなら、手に取るのは諦めたらいかがですか。エイヴリル様、には向こうのお行儀がよくて質素なドレスがお似合いですよ」
キャロルがやる気なく指差した先には、淡い青の長袖のドレスが飾られていた。
飾りは最低限なものの、上質な生地を使っているとひと目でわかる。それでいて細部の刺繍は細やか。明らかに『公爵夫人』にふさわしいドレスだった。
(確かにそうだけど、それじゃあ……だめなのに……!)
エイヴリルは、コリンナをお手本にした悪女なのだ。今度のお茶会のドレスも、ランチェスター公爵家の品位をギリギリ落とさずに、ほどよく悪女っぽいものを選ぶ必要があった。
そもそも、エイヴリルに持たされたドレスは数着だけ。ちなみに公爵家であつらえてもらったら、コリンナの好みのものを選んでアリンガム伯爵家に送るように言われている。もちろん、自分からは従う気はないけれど。
お目付け役と思われるクリスが離れた場所にいることを確認してから、エイヴリルはキャロルに囁く。
「この真っ赤なドレスって、コリンナが好きよね、きっと」
「ええ、コリンナ様がお好きですね。ちなみにもしこのドレスを買うなら、あなたが袖を通す前にコリンナ様に送ります」
「まぁ」
キャロルはエイヴリルではなくコリンナの味方だ。どうやら、無理に悪女っぽいドレスを購入したとしても袖を通すチャンスはなさそうである。
(それなら……)
作戦を変更しなければいけない。
(悪女っぽいドレスを買うのは諦めるとして……お金をたくさん使って帰りましょう)
そうと決まれば話は早い。このお店にある高いものと言えば、宝石だ。
「ジュ、ジュエリーはあるかしら」
「はい、こちらに」
エイヴリルの一声で鍵のかかったジュエリーケースが運ばれてきた。店員が恭しい手つきで鍵を開け、中からジュエリーを取り出して台の上に並べていく。
(な、なにこれ……!)
当然、これまでの人生でエイヴリルは宝石の類を手にしたことがない。こういうものは、全部継母とコリンナのために存在する、エイヴリルはわりとつい最近まで本気でそう思っていた。
(すごいわ……こんなに美しい石を間近で見たのは初めて。透き通っていてきれいな色で……デザインも素敵だわ)
エイヴリルがベルベットの布の上に等間隔に置かれたジュエリーを目を輝かせながら眺めていると、背後からクリスに話しかけられた。
「どれでもお好きなものをどうぞ。ディラン様からは、エイヴリル様がお気に召したものは全て購入するように言われていますので」
「な、なんという贅沢……ではありませんわ、当然のことね」
「ええ。男性から贈り物を頻繁に受け取っているエイヴリル・アリンガム様にとっては、いつものことでしょう」
「!」
これはクリスの手前、一歩も引けなくなってしまった。エイヴリルは横目でちらりと値段を見ようとする。けれど、どこにも値札が見当たらない。
(こういう高級品には値札がないのね……! 一番お手頃なものを購入してお茶を濁そうと思ったのに……それすらできないわ)
ひっくり返して値札がないか確認したいところだが、恐れ多くてエイヴリルには触れることすらできなかった。
接客のために至近距離から笑顔で見つめてくる店員と、背後で見守ってくれているクリスの視線が痛い。
「……気に入ったジュエリーがないわ。また今度にします」
緊張感に耐え切れずそうこぼすと、心なしか店員ががっかりする気配がした。
(いくら私が悪女でも、値段がわからないものをポンポンと買うのは無理よ……! ごめんなさい)
ほぼ下着にしか見えないドレスと値段すらもわからないジュエリーに疲弊したエイヴリルは、すっかり疲れてしまった。今日のところは退散しよう、と決意すると、にこやかにこちらを見つめていたクリスと目が合った。
「それで、エイヴリル様」
「はい?」
「ディラン様に指示されたお買い物はお済みでしょうか? 荷物持ちを期待された私が持つはずの荷物がどこにも見当たりませんが?」
「……!」
クリスの言うことはもっともすぎる。このままでは帰れそうになかった。
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