かねがね金がねぇ

 突然だが、俺は餓死寸前だ。


 作家神が書き上げた異世界に辿り着いた俺だが、何を隠そう無一文である。


 何とか人が居る集落に辿り着いたものの、食料を買う事も出来ず、俺はただ、死を待つのみだった。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 倒れ込む俺に、優しく声をかける女神が、そこに居た。


「おお……救世主メシアだ。本当に存在したんだな。どうか俺を導いてくれ」


「へっ? あ、分かりました。案内させていただきますね」




「美味しいですか? 私の奢りですので、思う存分食べてくださいね」


 確かに美味い。

 出される料理は、俺の胃袋を、心を満たしてくれた。

 だが、これは……


「こんな田舎で行き倒れてる人、なかなか居ないからびっくりしましたよ。丁度良いお店が空いていて良かった。ここを探していたんですよね? 飯屋メシヤって」


 どうしてこうなった。

 いや、助かったけども。


「あー……聞き間違えたパターンか、これは。でもありがとう。君のおかげで助かった。命の恩人だ」


「い、いえ。それ程でも……冒険者様ですか?」


 冒険者?

 そう言えば、作家神に冒険がしてみたいとか言ってた気がするな。


「実はここら辺の事、よく知らなくてさ。でも初めて出会えたのが、君みたいな優しいダークエルフの女の子で良かったよ」


「へ? だーくえるふ? 私が?」


 自分の種族に気がついていないのか?


 褐色の肌、長い耳。

 何処からどう見てもファンタジーでは定番の、あのダークエルフじゃないか!


「えっと、文堂紅狼って言うんだ。俺の名前。君は?」


「文堂? まさか日本人だったり?」


 この世界の住人で、何故日本人と言う言葉があるんだ。

 いや、そもそも何で異世界で日本語が通じるんだろう。


 まぁ、あの作家神も日本語喋ってたし、言語設定が日本語でもおかしくはないか。


 ダークエルフの女の子が、手鏡を取り出して、自分の顔を眺めている。


「うわ……ホントだ。ダークエルフだこれ……」


 何故自分の顔を見てそんなに驚いているんだ。


「ちょっと確認したい事があるから、私の家に来てもらえるかな」


 そう言って、手帳のページを破り、数字を書いて、テーブルに置いたまま店を出る。


「いや、お金払わないと」


「払ったよ? お釣りが出ないようにぴったり」


「紙に数字書いただけじゃん。偽札って言うんだぞそれ」


「大丈夫大丈夫。あれ、小切手だから」


 そう言う物なのか。

 こんな小さな飯屋メシヤで小切手なんて使えるのだろうか。


 俺も欲しいなそれ。

 作家神に頼んでみようかな。




 ダークエルフの女の子に手を繋がれたまま、目的地に向かっている。


「あ、えっと、手、離していただけますか」


「急にカタコトになってどうしたの? もしかして緊張してる?」


 何なんだコイツは。

 妙になれなれしい、と言うか初対面だよな?


 ダークエルフとは言え、こんな美少女と話すだけでも平常心を保つのがやっとだと言うのに、緊張して俺の中に眠る陰が溢れ出してしまう!


「汗びっしょりだよ君。見てて面白いけど」


「あっはい。すみませんでした」


 俺を見てニヤニヤと笑うダークエルフの女の子。

 性格までダークだとは思わなかった。


 最初は清楚な感じだったのに!


「お父さんただいま~お客さん連れて来た~」


 何だここ、酒場?


 俺達の他にも、鎧を着こんだ人とか、巨大な剣を持った戦士っぽい人も居る。


「ん? あ、文堂君」


「て、店長!? 何故ここに。店長まで俺の後を追って死んじゃったんですか!? 娘さんだって居るって言うのに!」


 酒場のオーナー。

 その人物とは、俺が前世でバイトしていた文具店の店長だった。


 そして、俺の腕を引っ張るダークエルフの女の子。


「娘、あたしだから」


 目の前が真っ白になった。


 異世界に転生する前、俺はこう思っていた。


 結局、店長の娘さんとは出会えなかったなと。


 彼女、欲しかったなと。


 それが、こんな……陰と真逆の存在である陽の者だったなんて!

 陰と陽は決して相容れる事は無いって、それは一番言われている事だ、多分。




「大丈夫かい? 文堂君」


「あっはい。ちょっとショックが大きすぎて、気を失ってました」


 近くにダークエルフの女の子は居ない様だ。


 どこかで遊び歩いているのだろうか。


「ご先祖様が言ってた、この世界の転生者って君の事だったんだね」


「あのお爺さんですか。作家神の」


 店長の先祖が神だったなんて……


「文堂君の願いは聞き届けられた。だからこうして、一時的に僕の魂もこっちに移しているんだけどね。君を導くために」


 とんでもない一族だな。

 あの文具店のバイトが俺しか居なかった理由がやっとわかった気がする。


「文堂君、作家神から与えられた本は見たかい?」


 見てなかった。

 もしかしてあれに何か重要な事が書かれていたのか。


「あれには異世界初心者スターターキットと、文術ぶんじゅつの扱い方が分かる指南書の役割もあるんだが……」


 滅茶苦茶重要じゃないかそれ。

 何だ文術って、魔法?

 俺ワクワクしてきたぞ。


「ま、まぁいいだろう。文堂君は確か、リア充学園生活がしたいと言っていたね? 明日から冒険者育成学校に通ってもらうから」


「あの、リア充学園生活って言葉を店長に言われると、ちょっと恥ずかしいんですけど」


 どちらにせよ、店長の粋な計らいで、俺は夢に見た学園生活が送れるみたいだ!


 そこに、店長の娘であるダークエルフの女の子が帰って来た。


「ごめんね、さっきは。なれなれしくしちゃって、ウザかったよね?」


 急にどうしたんだ。

 どうしてそこまで反省する必要がある。


「あー……陰キャオタクに優しいギャルって、結構需要あったりするんで、別に気にしなくて良いと思いますよ。むしろ仲良くしてもらえて、俺は嬉しかった……です」


 急に顔を背けられる。

 今度は何なんだ。


「あたしも冒険者になるから」


 ん? 冒険者? 何で?


 まぁいいや。

 明日から夢の学園生活が始まるぜ!

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