作家神の八つ当たり
突然だが、俺の前世を思い出してみようと思う。
「文堂君、倉庫の整理頼んだよ。結構重いのもあるから、気を付けてね」
そう言って俺に倉庫の鍵を渡して来た、バイト先の店長。
陰キャな俺でも、差別する事無く、対等に接してくれる良い人だ。
「あっ、はい。店長は帰るんですよね? 娘さんの誕生日だって聞きましたけど」
「そうなんだけどね、バイトの君だけに任せて、店長である僕が先に帰ると言うのも――」
この店長、なんと娘がいる。
娘さんは俺と同い年だって言ってたな。
我が子を大事にしている、とても良いお父さんだ。
「じゃあこうしましょう! 今度店長の娘さんを、俺に紹介してくださいよ。俺のバイト代からプレゼントとか、良い物買ってあげてください」
「いや、流石にそこまでは……でも、ありがとう。文堂君の事、娘に伝えておくよ」
紹介しろ、と言うのはもちろん建前だ。
ここまで言っておかないと、きっと店長は娘さんの大切な誕生日よりも、店を優先してしまうから。
折角の誕生日で、大切な家族から祝って貰えないのも、結構辛いからな。
「君みたいな男だったら、娘を任せても良いかもしれないね。本当にありがとう文堂君」
そう言って、店長は帰って行った。
ん? まさか本当に娘さんを紹介してくれるのだろうか。
確かに俺には彼女なんて居ないけども。
期待しないでおこう。
さて、後は店長の為にも、俺がやるべき事をやらねば。
俺のバイト先と言うのは、小さな文房具店だ。
「懐かしい物もあるんだな。高校ではあんまり使わないけど」
誰も居ない筈の倉庫で、俺は黙々と作業を行う。
「うおぉぉ! また没じゃあ! わしは作家失格じゃあ!」
こんな所に誰か居るのか?
突然の激しい揺れ。
積み上げていた文房具の入った箱が崩れ、俺はそれに押し潰された。
「あぁ、俺はこんな事で死ぬのか。店長、ごめんなさい。こんな、俺でも……優しくしてくれて――」
ありがとうって、最期に伝えたかった。
「で? そんな事で地震を起こして、それで俺が死んだんですけど、何か言い残す事はあります?」
「おお、怖いのう。キレる若者と言うのは本当だったのか」
俺の正面で、老人が正座させられている。
いや、させているのは俺だ。
この老人の八つ当たりの所為で、俺は死んだんだ。
そしてこの老人、自らを作家神だと言うのだ。
「これでキレない若者なんて居ないでしょう!? 何で自称神様が、しかも作家神ともあろう神が、八つ当たりで壁を蹴るだけで建物全体が揺れるんですか! あんた本当はサッカー神だろ、何なんだあのキック力!?」
一息で神に対して文句を言ってやった。
酸欠で死にそうになる。
もう死んでるけど。
「そう言われても、わし神じゃし……わしが良い世界を書き上げないと、世界の住人達も満足出来ないし……」
何なんだこの爺さん。
まるで自分が書き上げた世界で、本当に人間が生活しているような口振りだ。
「はぁ……もう良いですよ。どうせ俺は死んだんだ。陰キャ非モテぼっちのまま死んだんだ。生まれ変わったら、陽キャモテ男リア充になれるかな――」
「なんだ、そんな事で良いのか。勿体無いのぅ。もっとやりたい事とか無いのか?」
そう言われても。
特に何の刺激も無く生きてきた男子高校生のやりたい事なんて、そう簡単に思いつかないだろう。
「そうじゃな……最近の若者向けって言うと、ハーレム物? 若い男子の夢じゃろう」
突然何を言い出すんだこの爺さん。
何も無い空間から本を取り出して、ペラペラとページを捲っている。
「俺はどちらかと言うと、ハーレム物よりは純愛っぽいのが良いですね。運命の女性と添い遂げるみたいな」
そして俺も何を言っているんだ。
「ふむぅ……まぁそこら辺はお前さん次第じゃなぁ……他には?」
「えっと、冒険とかしてみたいですね。あ、でも先ずはリア充学園生活がしたい……です」
これでは俺が生まれ変わった後の物語みたいじゃないか。
「なるほどなるほど。まぁ他にも要望があったら何時でもわしに言っておくれ」
そう言い終わると、自称作家神は巨大な筆で、空中に扉を描いた。
「これは神の加護じゃ。わしの持つ力を分け与えよう。二度目の人生は、笑って生きるんじゃぞ」
そう言って、俺に一冊の本と羽根ペンを手渡して来た。
「どうしてそこまで……」
「わしの子孫達が世話になったからのぅ。これはお礼じゃよ」
孫を可愛がるお爺ちゃんの様な、優しく、温かい手で俺を撫でる作家神。
扉が開き、俺が行くべき世界の風景が見える。
「行ってきます。神様」
「そっちの世界の子孫達とも仲良くやるんじゃぞ〜」
こうして、俺の第二の人生が始まるのだった。
「今度こそ、リア充になるぞ〜!」
新しい大地で、俺は一人で叫んだ。
寂しい。
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