第22話 約束

 嗚呼、なんと甘美な時間であろうか。

 呪いに侵され、まともな動きすら取れなくなってしまった我が身。いずれ殺戮の衝動に呑まれ、意思とは無関係に世界を滅ぼすことになるやもと考えていた。


『ふははハハハッ!!!』


 斬り裂かれる魔法。圧倒的な質量差にも関わらず、その小さな体の持ち主に我の攻撃は捌かれる。


 奇跡を見ている。

 あり得べからざる奇跡を。


 これだけの時間我と相対できる存在など片手で十分だ。そんな者がこの場にいる確率は一体どれ程だろうか。今までの全てが運命神の悪戯ではないかとすら思える。


(なんと美しい魂だ)


 この目には他者の魂の質を見る力がある。

 対峙する人間の魂は今までに見た事のないものだった。

 色が変わるのだ、思いに呼応するかのようにその色が変わる。そして淀みがなく、揺らがない。強く、強くただひたすらに輝きを放っている。


 思わず目を細めてしまう程に眩く、そして同じ光を宿した瞳で射抜かれることに口元が綻ぶ。


(遊戯神よ、どうやら貴様の思惑から大きくはずれた人間が現れたようだぞ)


 思い出すのは遥か昔のことだ。




・・・・・・




「遊戯神よ、こんなものを創ってどういうつもりだ?」


「おや? 珍しいお客さんだ。それにしてもこんなものとは失礼だな。色々と世界に干渉して大変だったんだよ」


 雲の上、天界と呼ばれる場所。

 浮遊島とはまた違い、障壁で囲われた外界とは隔絶された場所。その中の豊かな草原が広がっている場所で佇んでいた神に声を掛けた。


「それにしても流石だね。この場所は本来何人にも認識できないし、運よく見つけられたとしても隔絶した障壁を越えられるはずはないのだけど」


「ふんっ、我からすればあんなものただの紙切れに等しい。それより質問に答えろ」


 それは突然起こった。ある日を境に自身の能力を確認可能となったのだ。

 その元凶が目の前の神にあることは力の残滓を見れば即座に判断できた。


 問題はこんなものを創ってなにがしたいのかという点。


「僕は平和な世界が好きなんだよね」


 しばしの逡巡を終え、地に座り、遊戯神は語り出した。


「龍神、君から見て今の世は平和に見えるかい」


「お世辞にも、平和とは言えんな」


 この世界にはいくつかの種族が存在するが、中でも七つの種族が激しく争っていた。

 人間族、魔族、獣人族、海人族、森人族、小人族そして天族。


 人族はその数を活かし。

 魔族は強大な魔法を用い。

 獣人族は類まれなる肉体をもって。

 海人族は他種族には活動の難しい海を駆使し。

 森人族は森を活かし、そして精霊と手を取て。

 小人族は圧倒的な技術力を最大限に引き出し。

 天族は翼を活かし、制空権からの安全な攻撃を。


 掲げる意見としては種族の領域を広げるため。

 掘り下げれば醜い理由が腐るほどに出てくることだろう。

 研究用に、愛玩用、体のどこをとっても無駄にならない存在もいる。一部の者達は己が欲を満たす為ならばどのような外道にも手を染め、そして種族としては利になるのならばそれらを目を瞑って許容する。


「本当に、反吐が出る」


 目を細め、遊戯神は吐き捨てるように言った。

 すぐに眉間の皺を戻すと、困ったように笑う。


「でも、中には僕が心から応援したくなるような存在も確かにいるんだ。全員が屑だったならただただ滅ぼせばいい話だけど、そうもいかない。だから創った、ステータスを」


「これでなにが変わる?」


「変わるさ。これを見れば現状の自身の才能が分かる。無駄な遠回りをしなくて済むってことだ」


 であれば、技術の取得が早まり逆に戦闘が激化するのではないか?

 疑問を口にするまでもなく察した遊戯神は指を振って否定する。


「そう単純な話にはならない。命ある者は生き急ぐ。早くに手を届くものがあれば、大半がそれに手を伸ばすだろう。しかしどうだ? 本当の強者というのは皆成熟してようやく本物の領域に足を踏み入れる。それも全ての技術を総合的に鍛えてきて、という前提でだ。そしてみそは、種族の数は寿命に対し反比例しているということ」


 寿命の差によって個々の戦力が変わるのだと遊戯神は半ば断言した。


 今一度、ステータスとやらに目を向ける。

 レベル、スキル、練度。なる程、上手く創られている。


 レベルは、【魂の昇華】のことを指しているのだろう。

 魂の昇華とは、他者の魂を喰らう事で器が成長する現象のことを指す。


 魂と大きく括っても、その中には二つの別種の魂が存在する。

 輪廻転生、その者の根幹を指す『源魂げんこん』。

 そして、その者の個性とも言える『異魂いこん』。


 関係するのは異魂だ。

 この異魂には先に言ったように、という特性がある。条件はその手でその他者を殺める事。死の際に散る異魂の欠片を喰らうことで成長する。


 成長してどうなるのか。

 一つは身体能力の上昇。もう一つは新たな特異性の獲得である。

 それが新たにスキルと呼ばれるものだ。


 本来このスキルを見ることは出来なかった。

 しかし、新たにステータスを得た事で自身のスキルを確認できる状態となった。


 これもまた厄介な特性が存在する。


 スキルにはということ。そして点。


 そしていやらしい事に上限値の低いものほど初期の成長率が高い。

 これの意味する事、数年は英雄やらが獲得しているスキルを鍛える者が大半だろう。しかし、年月が経つにつれ気付くはずだ。その効率の悪さに。


 結果、上限値の低いスキルに手を出す者が多くなる。勿論全員とは言わないが、その数が膨大になるだろうことはなんとはなしに予想出来る。


 そして練度、これは【馴染み】と呼ばれていたものだ。

 魂という器があれど、それを使いこなせるようには時間がかかる。故に、常に力を使い続け魂との同調を上げていく。

 そしてこの同調には幾つかの段階があるが、それの表記が練度に書かれている文字になるのだろう。


「まあ、貴様の意見は理解した。しかし、必ず異端者というのは現れる。種族間の戦力の均一が狙いなのだろうが、簡単にはいかぬと思うぞ」


「それは僕も承知さ。まあ、その時はさ、君がどうにかしてくれないかい?」


「はぁ?」


 まだ策があるのかと問いを投げれば、まさかの我にどうにかしろと言って来た。

 呆れた視線を投げかけてもへらへらと笑っている遊戯神は、体を大の字にして草原に体を預ける。


「別にそれが人格者であるのならいい。でも、世界を混沌に沈めようとするような反逆者は滅して欲しい」


「ここまでやって綻びは他人頼みとは・・・・・・」


「ははっ、ごめんね。でも、大丈夫でしょう? なんたって君は全てを含めての頂き、最強なんだから」


「無論だな。はぁ、まあその気になったら後始末ぐらいはしておいてやろう」


・・・・・・


 それから長い年月を経た現在。


「「ウォおおオオオッ!!」」


 両雄が宙で激突する。

 時間が経過し、神龍は念話を使う余裕は消え去った。


 遂に、神龍の圧倒的な攻撃に対して青年が適応したのだ。

 破裂する筋肉は次の瞬間にはより強力なものへと、そして感知能力は既に生物の枠組みから遥かに逸脱している。


「虚空」


 青年の剣が神龍に届く。

 堅い体表を薄く斬り割き、深紅の血が宙を舞った。


(その瞳をいつまでも見ていたいが)


 神龍は怪我の事など気にも止めず、己に迫る青年の姿に魅入られていた。


 業火のように激しく燃える魂。

 どれだけ苦しく、痛みを伴っても揺れぬ瞳。

 肉体はボロボロで、今にも崩れ落ちそうで、しかし決して倒れない事はもう分かっている。何度決着が着いたと確信しようとも、その人間は歯を食いしばり高みへと駆ける。


(遊戯神、すまんな、約束は果たせそうにない。だが、可能性は見た)


 空に飛び上がり、神龍は両翼を大きく広げる。


「最早半端な攻撃では効かぬか。ならば、次の一撃で決着としよう」


 青年の目に映る空全体に及ぶ巨大な魔方陣が展開する。


「不屈の英雄よ。我の全身全霊をその身に刻め・・・・・・ッ!」


 青年は深く身を屈めながら、剣先が天を向く形で構える。


「リアム流、極伝――」


 内に秘める闘気全てを刃に纏わせ、それでも足りないと魂を燃やす。


――なあ小僧、実は俺の剣術には未完成の技が幾つかある。いずれは完成させるつもりだが、もしかしたらちょいと間に合わないかもしれない。


(師匠・・・・・・)


――だから、お前には伝えておこう。たった一人の弟子だからな。もしかしたら、それで道を切り開く事もできるやもしれんな。


 青年の記憶の中で、リアムは空を見上げて手を伸ばす。


――星を斬れると思うか? あのでっかい星だよ。


 その時は青年は無理だと答えた。


――はっは、無理なんてやってみなけりゃ分からんだろう。俺は一つ思いついた、なあに初歩に返れば簡単なもんだ。


 少し目を瞑り、青年は息を整える。


 その遥か上空では、太陽かと見間違う程の熱が集まっていた。


「世界よ呼応せよ、我等が敵を打ち滅ぼさんが為。

 審判の時は来たれり。全ての理を粉砕し、我が敵を滅ぼす一撃を放たん」


 世界が煮え立つ。

 熱によって視界は歪み、全ての物質がプラズマと化す。

 一撃で種を滅ぼす深紅の炎が収束する。


「祈れ。せめて輪廻に加わることを。

 判決は下された――」


 天に向けられていた神龍の腕が劇場の開演のように開かれた。


焔源の審判アルド


空から紅が迫る。

最早技の境目など見えない程の光が照らす中、青年は強く踏み込みそれに向かって飛び上がる。


――教えただろ。闘気を別の物体に通す技術だ。あれを極限まで極めればいい。どれだけの質量があろうが、こちら側の手中にいれてしまえばこちらのものだ。


星蝕ほしばみ


 色と相対する。

 刃が触れ、轟音を立てながら鍔ぜり合う。


「――――ッ!!!」


 声にならない声を上げ、それでも力を弱める事など一切しない。


(全てを、全てを出し切れッ! 今までの全てを! 決して長い時ではなくともッ、俺の人生はそんなに安いものではなかったはずだッ!)


 肉体の限界を超え、しかしそれでも刃は押される。

 背中を押された、気がした。


『気張れよ弟子。ここが気合の見せどころだぞ!』


 ずっと聞いて来た声。

 幻聴であることは分かっている。ただ、それでも目は覚めた。

 その瞳に炎を宿し、柄を強く握り直し、青年は大剣を振り抜かんとする。


「ウォオオオオッ!」


 獣に近い雄叫びを上げながら。

 しかし、その刃は前に進んだ。眼前の炎を蝕みながら。


 青年の闘気は炎を侵食しながら、刃にその力を取り込み。その威力を増していく。

 大剣は赤く染まり、力の奔流が渦を巻いていた。


 紅の世界を貫き、青年は神龍の眼前に姿を現す。

 片腕は熱で溶け、大剣を握っているのは右手のみだった。


 神龍は幾重もの障壁を展開する。


 が、それらを易々と突破した大剣はそのまま神龍へと迫る。

 肩口に吸い込まれ、そして反対側の脇腹を剣閃が抜けていく。


(嗚呼、これが・・・・・・)


 体を両断された龍はそのまま地へと落ちていく。


(敗北か。だが、思っていたよりも心地よい)


 龍の口角は優しく上がっていた。

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