第19話 不屈の英雄

「ぺっ・・・・・・油断か。情けない」


 吹き飛ばされ瓦礫に叩き込まれた体を起こす。

 相手の方が一枚上手であったと言えばそれまでだが、それで済まないのがこの場所。攻撃を受ければ反省より先に命を落とすのが常である。


 青年が自身の左脇腹に違和感を感じ、そっと触れれば骨が数本折れているのが分かった。


(かなりの高威力、相手の動きは注視していたからスキルであることは確定。ではどんなスキルか)


 自己再生能力で骨折を回復しながら思考を巡らせる。

 あの一瞬の場面、少し前に横薙ぎの大剣の一撃を受けた場所と全く同じ位置から衝撃がきたことを思い出すと、少しだけスキルの全容が見えてきた。


「攻撃の記憶を繰り返すようなもの、か」


 ならば対処法は簡単。

 相手の全ての攻撃を把握していればいい。


 青年は剣を握るや、瓦礫を押しのけエルメスの元へと駆けだす。

 大剣の位置、動作の判定となりうる箇所を視界に収め、エルメスのスキルの突破を試みる。


「ふッ」


 まずは一撃、正面から打ち合い敵の攻撃を誘発する。

 一合打ち合って直ぐに、体を捻ることで剣を受け流しながらエルメスが青年の懐に潜り込み斜め下方から打ち上げるように大剣を操る。


 迫り来る大剣を視界に収めながら、青年は足を地面に滑らせながら体を半回転させる。


 直後、鈍重な衝撃音を伴い地面が割裂する。

 それは先程正面から受けた大剣の攻撃の直線状に位置するものだ。


(およそ0コンマ7秒か)


 スキルの発動速度を確認する。

 現状、時間差で発生する攻撃数は一。追加で発生する可能性を踏まえエルメスの攻撃箇所を完全に記憶し、斜め下から降り抜かれる大剣を宙返りで回避する。


「ここか」


 スキルの発生速度、僅かに揺れた大気を確認するや、青年は何もない空間に一瞬着地し、再度飛び上がる。


 【衝撃波】による機動ではない、エルメスのスキルを利用できるかを試したのだ。

 こちらから物理的に触れることができるのなら十二分に戦闘へと活用することができる。


 地面に着地した青年は剣の柄を握りながら僅かに家屋に近付く。

 鎧の重さを感じさせない速度距離を詰め斬りかかるエルメスの一撃を受けると、不意に左足が地面に沈んだ。


(動かない・・・・・・?)


 一瞬視線を向けると、粘土のように柔らかいと感じた地面は硬化しており青年の足を地面に縫い付けていた。単純に固められたものではない、おそらくスキルの能力で普通ではありえない硬度になったもの。

 そこで振られる大剣の一撃。正面からではなく、体勢の不十分な右から迫る刃。


 青年は強引に背を逸らせ回避する。

 眼前を通り過ぎる大剣を見送りながら左足に衝撃波を発生させて地面を破壊しながらエルメスの一秒先を視る。


 青年が体勢を整える前に、大剣から発生した攻撃が近くに並んでいた家屋を両断する。

 倒壊したことで巻き上がった粉塵に巻き込まれ二人の姿は一瞬見えなくなった。


 人薙ぎで払われる砂塵。

 しかし、そこに青年の姿はない。


「通れ」


 砂塵の影を利用しエルメスの背後に移動した青年が鎧に掌底を放つ。

 鎧の僅かな隙、視認できるかもあやしい間を伝播した闘気が浸透し、内部の肉体に衝撃を与える。超濃度の闘気は容易に相手の内臓を破壊する。


「かはッ・・・・・・?!」


 血を吐き、崩れそうになるエルメス。

 しかし膝はつかない。寸前で耐えるや、先程より鋭い一撃で強引に青年を後退させる。


 飛び退いた青年は、剣を背後に回すと、己の陰に落した。


「ふぅ」


 息を深く吐いてしばし思い出す。

 昔の、師匠と出会う前の己を。


 獣のように身を低く下げて皮膚の感覚を最大限に上げる。

 変幻自在のエルメスの技術は、おそらくはこちらの方が対処しやすいと判断して。


 己で磨き上げた野生。

 肉体・環境全てを使い相手を翻弄する戦いはエルメスと変わらない。そこに師から叩き込まれた技術を組み合わせることで打倒する。


「――しッ」


 まるで弾丸。

 踏み込みで地面を蜘蛛の巣状に砕き、正対するエルメスを正面から拳で殴り飛ばす。


 地面を削りながら踏みとどまるエルメス、追撃せんと迫る青年を大剣で払うかと思いきや、大剣を宙に放り投げ、左足を軸に回し蹴りを放つ。


(速いッ)


 未来視で視えていたため行動に驚きはない。

 ただ、予想以上にエルメスの動きが早い。回避行動を取ろうとすれば、それに合わせるように未来がぶれる。


 闘気を左腕に収束させて回し蹴りを受け、右腕で殴打を放つ寸前で勢いよく腕を引く。

 直後、殴打を放とうとした場所に大剣が落下した。あまりにも早すぎる落下に疑問を抱く青年の目に極薄の光る線が見えた。


(なるほど、糸か。自由自在に動かせると仮定すれば厄介だな。だが、ある程度戦い方に慣れてきた)


 大剣が吸い込まれるようにエルメスの手元に戻る。


 青年とエルメスの距離は僅か数メートル。

 二人は一度立ち止まると、悠然と歩きながらその距離を詰めていく。

 両者ともに大気を揺るがす程の闘気を放ちながら。


 拳が届く距離で立ち止まる。

 息が止まる緊張感の中、


「終わらせましょう」


 青年が一歩踏み込む。

 糸、土砂・大剣が迫――


「限界突破」


 一撃、迫り来る攻撃の波を拳一つで粉砕する。

 吹き飛んだエルメスが途中で回転し、着地と同時に青年に躍りかかる。


 青年はその攻撃一つ一つを視て、見て、全てを捌いていく。


 一瞬、視界を奪うように地面が浮き上がり青年は閉じ込められるが、すぐに土壁を破壊する。

 土壁ごと大剣で両断しにくるかと思われたエルメスは青年から離れ、左手を青年に向け、強く握る。


 なんらかのスキルを発動したのは分かったが、未来視に映る光景に変化はない。


 青年は刹那の間に思考し、咄嗟に闘気の質を変化する。

 時を置かず、青年がいる場所を無数の不可視の斬撃が襲った。


 エルメスの保有スキル、【記録の再生】の効果である。

 指定した範囲の中で、一時間以内に己の行った攻撃の衝撃のみを全て一度に再生するスキル。故に不可視、そして威力は絶大。最も推奨される対処法は回避だが、青年は回避せずに防御に回った。


 死んではいないと確信した様子で砂塵を窺っていたエルメスは、即座に己の判断ミスを悟る。


 青年の闘気が砂塵を吹き飛ばす。

 額から血を流しながら、剣を顔の横で剣先をエルメスに向ける形で構えた姿が現れた。


 闘気の性質変化。

 極致とも呼べるこの技術はリアム流覇伝――麒麟にも使われたもの。


 ただし今回は闘気の系統が異なる。

 速度ではなく、防御することのみに性質を変化させたこの闘気を纏った状態を師は『玄武』と言った。


「リアム流覇伝」


 十二分に闘気を収束させた青年はその性質を変えながら、技を放つモーションに入る。


「不退ッ!」


 本能だろうか。

 対するエルメスはその危険性を感じ取り自身の最強の切り札を迷わず切った。

 ステータスにおける耐久を一時的に全て攻撃に変換するスキル、【不退】。一度耐えられてしまえば必死の諸刃の剣だ。


 とはいえ、エルメスの高いステータスによるその破壊力は他の追随を許さない。

 空高く掲げた大剣が眩く輝き、空を貫くほどの大きさに膨れ上がる。


「――刺界」


 左足を大きく一歩踏み出し、レイピアのように剣を突き出す青年。

 巨大な輝剣を振り下ろすエルメス。


 天災級の破壊力を秘めた大剣は小さな刺突とぶつかり爆風を撒き散らす。

 勝敗は思いの外すぐに訪れた。


 大剣の光に亀裂が入り始める。

 一点突破の一撃の前に分散した力が崩壊する。


 ガラスが割れるような音が都市中に木霊し、輝剣が爆ぜた。

 そして青年の剣先にいたエルメスの胴体は大きく穿たれ、ゆっくりとその体が後方に倒れる。


 青年は倒れたエルメスの元へと歩み寄る。

 頭部の鎧が割れ、中からは金髪の髪をした精悍な顔が現れた。


「・・・・・・戦いで見た剣技。君は我が友リアムの弟子か」


「はい」


「ははっ、あの頑固者が弟子をとるとは思わなかった」


 意識が戻っていた。

 最期だけはと強引に呪いを押し留めているのかもしれない。今こうして喋れていることが不思議なほど彼の体はボロボロだ。気を抜けば次の瞬間は天で目を覚ますことになるだろうことは明らかだった。


「巻き込んでしまい・・・・・・本当に申し訳ない。その上で、恥を承知で、頼みがある」


 エルメスは己の大剣を掲げる。


「君がどのような選択をするのかは分からない。しかし・・・・・・もしも修羅の道を行くというのならばこれは必ず必要になる。・・・・・・その覚悟があるのなら、どうか受け取って欲しい」


 青年は僅かの躊躇いもなく大剣の柄をとった。

 想像よりずっと重いと感じたのは、きっと大剣の重量だけが込められたからではないからだろう。


「初めから俺はその道以外通るつもりはありません。それが俺に出来る師匠への恩返しです」


「・・・・・・ありがとう」


 真っ直ぐな青年の瞳を受け、エルメスは笑みを浮かべた。

 そして彼の瞳から光が消える。


 青年は少し屈み、尊敬する英雄の瞼をそっと閉じた。

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