第18話 騎士
日が落ち、夕焼けが都市を照らす。
青年は廃墟の中、窓際に座り、風を感じながら少しだけ今までの時間を思い出していた。
本当につらい日々だった。
肉体的にも精神的にも。この日々を若干十数歳の少年が耐えられたのは奇跡だとしかいいようがないものだ。
ただ、絶望を知っている青年であるが故に、その中に彼が前を向くための欠片を無数に感じ取ることができた。それはあらゆる苦痛を感じた時間より遥かに凄烈なものだった。
青年は今一度、瞼を瞑り自身のステータスを脳裏で見る。
名前:―― Lv:7380
種族:超人種
年齢:26歳
体力:S
魔力:F
筋力:S
敏捷:S
耐久:S
スキル:【生道世界】、【進化】、【料理人】、【影の王】、【衝撃波】、【不眠】、【化蝶の舞】、【限界突破】、【百鬼夜行】
継承スキル:【未来視】
称号:【剣の覇王の弟子】、【種を越えし者】、【運命の反逆者】
「・・・・・・未来視か」
見た事のないスキルがあった。
青年が思い出すのは師匠との会話だ。
スキルの継承。
貴族は代々この能力を使うことで力を維持していると師は言っていた。そして、これは一生のうち一度しか使えないものであるとも。
ステータスからこれは師匠から託されたスキルだということは疑いようのないものだ。それを青年に使用したということは、師がそれだけ期待を寄せていることに他ならない。
「重いな」
呟き、手を強く握る。
今まで感じなかった重圧を受けながら、不思議と辛くない、それどころか誇らしげな感情が湧くことに青年は微笑を浮かべた。
「最後の準備を始めよう」
立ち上がり部屋の中心に腰を下ろす。
一度振り返り視線を向けるのは都市の中心部だ。
佇む龍の姿を目に焼き付けた後、自身の手に意識を戻す。
そして陰から一つ一つ、武器を取り出して調整していく。この時間が最も落ち着く青年のルーティンでもあった。
なにも考えず、ただただ意識を研ぎ澄ませて同じ作業を繰り返すだけでいい。
そこになにも障害はなく、無心になれるから。
日が落ち、部屋の中が徐々に暗くなる。
窓に背に向けた青年の陰に武器が覆われ姿が見えなくなった時、その日はいつもと違い、どうしてかポツリと雫が跳ねたような音がした。
◇
ほぼ完全に日が落ち、月明かりだけが道を照らす中、悠然とした足取りで崩壊した都市を歩く青年。準備に数日とかけられる程悠長な時間はない。その日のうちにもう一つだけやらなければならないことがある。
かなり龍との距離が近づいてくる。
ここまでくればまともに残っている建物はなく、どこもかしこも瓦礫の山が広がっている。あとあるものとすれば魔物の死体と膨大な魔力によって変質した植物だ。
「ほぼ一撃で殺されているな」
青年は魔物の死体に近付き死因を推測する。
全ての死体に関して体を輪切りにされているところを見るに、武器による一撃、種としては剣か糸のようなものか。
断面には抵抗した痕跡が僅かにしか表れていない。
かなり早い攻撃なのか、不意の攻撃で抵抗する隙がなかったのか。
「どちらにせよ、こんな芸当ができるのはおそらく一人だろう」
師の話していたもう一人の覇王。
甲冑を身に着け、大剣を獲物としている人物。
「龍との距離はまだ離れていると思ったが、ここはもう守備範囲なのか」
顎に手を当てながらこれからの行動を考える。
これだけの魔物を狩り続けていたのだとすればレベルは青年以上であることは確実。問題は技量と取得しているスキルだが、それは実際に対峙しなければ分からない。
取り敢えず地面に腰を下ろし、空を見上げる。
「ここの空は澱んでいるな」
この場が守備範囲であるなら、なにもせずとも相手が姿を現すだろうと考え、その間脳内で仮想の敵を相手にする。
仮想の対象は魔物の断面と師の力から推測した鎧の覇王だ。
一戦、二戦、戦いを繰り返し、相手の力量を上げていく。負けている内は修正していけばそれで構わない、ただ、最も恐ろしいのは仮想であれ勝ってしまうことだ。おかしな意識の定着は足元を救われかねない。
十八戦の死合を終えた時、青年は閉じていた瞼を開き、剣を片手に立ち上がる。
先が見えない空間を、ふと雲に隠れていた月明かりが照らす。
およそ十メートル先にその存在はいた。
漆黒の甲冑を纏い、肩に身長以上の刀身をほこる大剣を担いだ騎士。
(大きいな、二メートルはあるか)
目を引くのはやはりその大剣の大きさだ。
ニメートルもの刃渡りを持つ大剣など、普通であればまともに振るえるはずもない。ただそれは常識で考えての話だ。
そんなものに捕らわれないからこそ覇王と呼ばれる。
「生道世界」
相手に動かれる前にスキルを発動させて場所を移動する。
こちらの世界はまだ朝方なのか少し明るい。ただ、空は曇り模様で眩しい陽射しは遮られていた。
場所は師とも相対した大通り。
突然場所が変わったにも関わらず騎士に動揺はない。その歩みを進め、青年と少し離れた場所でようやく足を止めた。
すぐにでも始まるかと思われた戦いは、意外にもそうではなかった。
騎士は青年と一定の距離を保ったまま一度立ち止まる。
「我が名はエルメス・ヴァルド。覇王が一席である」
騎士、いやエルメスは名乗りを上げた。
まだ呪いに侵されていないのかと驚く青年だが、すぐにその考えを否定する。
エルメスから漏れ出す殺気、そして先程の名乗りも思い出せばそこに感情は乗っていなかった。ただ、呪いに呑まれようとも生前にあった強烈ななにかだけは呑まれずにその体に刻まれているということ。
(本当に、流石としかいいようがない)
凄まじい精神力を持つ男、師に聞いていた通りの姿に感服しながら青年は剣を構える。
「名はない。ただ、俺を表すなにかがあるとするならば、俺は、覇王リアムの弟子だということのみだ」
一瞬、エルメスは反応したように顔を僅かに上げたように見えたが、すぐに大剣を正眼に構えて臨戦態勢をとる。
一呼吸を置いて、地を蹴り、青年の眼前に現れた騎士が大剣を振り下ろす。
剣で流そうと一瞬柄に触れる青年だが、僅かに目を開き、動きを強制的に回避へと移行させる。
大剣は遮るものなく地面へと叩き込まれる。
そして、前方に存在した大地が諸共に二つに分かたれた。
(凄まじい威力。純粋な力では俺より上か)
これでもおそらくは全力ではない。軽いジャブ程度で放たれた一撃に防御は可能な限り避けた方がいいと青年は判断する。
大剣を構えなおす前の僅かな隙、青年は脚に全闘気を集中させてエルメスの横を疾走しながらその胴体に一撃を叩き込む。
「堅いな」
攻撃を受けたはずのエルメスは不動、鎧に僅かの傷が入ったのみである。
エルメスの鎧、そして大剣は普通の工程で製造されたものではない。
意図せずしてこの世に生まれ出でた武具。
それぞれが知能を持ち、総じてこの世の概念に反するような力を持つことからそれらはこう呼ばれる――神器と。
騎士は荒々しく大剣を操る。
一撃の破壊というよりかは、周囲を巻き込んだ台風のような剣技だ。鎧の重さでは考えられないような動きで上下左右に動き回る。
上段から大剣を振り下ろし、体が硬直するかと思えば大剣を抜かず柄を握ったままに体を宙に上げ、そのまま青年に向かって下段からの大剣を掬い上げるようにしてぶつける。
衝撃を流しながら後方に退く青年。
まともに受けた訳ではないが、それでも残る衝撃を消すように手を開閉する。
(師匠とは違った箇所で上手いなっ。純粋な技術というよりかは周囲を把握した判断能力が異様に高い)
小回りの利かない武器を最大限に活かす体の動作、戦術の組み立て、青年の呼吸をわざと外す独特な技術は流石としかいいようがない。
ただ、現状全てが青年の想定内である。
剣を合わせながらその見通すような瞳でエルメスを正確に分析し、大方彼のポテンシャルを掌握した時点で託されたばかりのスキルを使用する。
――未来視
青年の左目が琥珀色に変化する。
そして彼の瞳に映る光景が劇的に変わった。
「なるほど」
実体とそれより先に行動する半透明の先の世界。
おそらく1秒程度先までの未来が刻一刻と動き続ける。
青年は左目で未来を見ながら、一秒先の騎士が踏み込む瞬間を見て、わざと距離を一気に詰める。
(・・・・・・こうなるか)
一言で言えば、未来がブレた。
視界に映る先の世界は確定されたものではない。つまり、青年の行動によりその未来は別の姿に変貌するということ。
一歩踏み込んでくるはずのエルメスは、瞬時に踏み込みとは逆の足で後方に退いて大剣を構えながら両足で着地する。
「破山粉鎖」
「リアム流――泡沫」
大気を切り裂くようにして叩き落とされる大剣の圧。
技に冠された名の通り、山を破壊する威力を持つそれは衝撃だけで青年の背後にある建物全て吹き飛ばす。
正面から受ける青年は、大剣との接触の刹那、刃に沿わせた闘気で面を逸らすように操作し威力を周囲に散らす。とはいえ完全に威力をいなすことはできずに青年の足元が大きく陥没した。
「リアム流――滝断」
正面で円を描くように剣を回して大剣退けながら剣が下段の位置に到達するや、一息に振り上げようとする。反射的に後退するエルメスの未来が見えた青年は【衝撃波】で強引に一歩詰めて技を繰り出した。
直撃を受けたエルメスの鎧には縦に亀裂が入り、後方へと吹き飛ばした。
「難しいが、使いようだな」
不確定な未来、しかし相手の動きを制限している状態でなら十二分にその力を活用できる。
この一戦で確実に己の力にせんと神経を研ぎ澄ませる。
瓦礫を吹き飛ばし、高く跳躍して青年の正面に騎士が舞い降りる。
その姿をあらかじめ視ていた青年に動揺はない。
左から薙ぎ払われるようにして振るわれる大剣を受け、その次に――
「ッ?!」
一度大剣を引いた騎士、青年は剣を正眼に構えたその瞬間、左目に映る光景は大きく動きなにが起こっているのか瞬時には分からないものになっていた。
「ぐッ・・・・・・!」
直後、左の脇腹に衝撃に体が軋み青年の体は地面と平行してバウンドしながら右へと吹き飛んでいった。
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