第17話 理由

 狂った信者共に呪いを掛けられた日、つまりこの都市に転移してきておよそ六年が経過した。


「はぁ、こりゃ駄目かもしれないな」


 当初は時間の経過で呪いが解呪できるかもと考えたが、どうやらそんな甘いものではないらしい。呪いを解呪するためのスキルが全く通用しないばかりか、日に日に効力が強くなってきている。


 アルが動けないところを見るにあいつも俺と同様の状況、いや、あいつが最も呪いを受けていることを考えれば俺以上に危険な状態だろう。一度どこぞの騎士団が都市に来たが、それを問答無用に消し炭に変えたことからもまともに本能が制御できていないのが分かる。


 おそらくこの呪いはまともなものではない。呪いにまともなものがあるのかという点には目を逸らし、なにが言いたいのかと言えば、この呪いの過程だ。間違いなく生贄などの邪法が用いられているだろう。それも数年どころではない。数百年、最悪は数千年単位である可能性も全くない訳ではない。


 エルメスの姿が見えないのは、おそらくはアルの近くで他の魔物を屠っているのだろうと考える。この呪いはどうやら同じ呪いを受けた者同士が戦えばより効力を発揮するものらしい。ゆえに、エルメスはアルに攻撃をしかけようとする魔物の相手をしているのだと考えるのに無理はない。あいつの性格から考えてもそれは当たっているはずだ。


「馬鹿野郎が・・・・・・」


 確かに、アルが完全に呪いに蝕まれれば世界の半分は消えることになるだろう。それを阻止しようというのは分かるが、エルメスも同様に呪いを受けていることに変わりはない。露払いをし続ければ、あいつはそう長くない未来、意識が暴走するだろうことは考えずともわかることだ。


「さて、どうしたものか」


 ここからの選択肢は大きく三つ。

 最も確率の大きい選択は、この都市に巣くう魔物を殺し、レベルを上げることで得られるスキルで効果の高い解呪スキルを狙うというもの。


 問題は俺のレベルが高過ぎて然程上げられないだろうことだ。

 数十のSSを狩ってようやく一つのスキルを得られるかというレベルだ。それだけ狩れば俺の呪いも進行するし、それ以前に狙ったスキルを取れる確率は完全な運だ。一発で引ければいいが、長引けばより最悪の結末になるだろう。


 次点で三人の共倒れだな。

 俺達三人が呑まれればそれこそ世界が終わるだろう。最強の龍に覇王が二人、どうにかできるものではない。


 その選択の中で自害という選択も考えたが、何故か全くその気が起きない。これも呪いによる効果なのかもしれないな。


 となれば、戦って死ぬしかない訳だが。

 戦力を考慮すれば俺とエルメスが組んでアルとやり合うのが最も確率が高い。ただ、呪いの効力で共闘ができるかどうか分からないことと、戦闘になれば嫌でも呪いによって自制が消えていく。闘争状態のアルを本当に殺すことができるのかというのが一番の問題点だ。


 二人がかりでようやく四割という程度、呪いだけ進行させて俺達が死ぬ可能性の方が高い。


 そして最後。

 最も選択として優先度が低いのは第三者の介入だ。

 呪いの解除、もしくは俺達を殺すにしても、可能性は限りなく零だ。残りの極星もアルを相手にしたくないだろうし、どこぞに呪いを解呪できる存在がいるのだとしても俺達に到達する前に死ぬのが落ちだろう。


 ならば何故これを選択肢として採用したのか。

 それは、この都市にまだ生き残りがいるからだ。都市の外周部の動きで燻っているようだが、六年もこんな場所で生きている生存能力は凄まじい。


 おそらくは一級の冒険者だと推測できるが、まだ確定はできない。

 もしかしたら発展途上の原石である可能性もある。その場合は俺が直々に戦闘技術を教えてもいいだろう。


(それでも事態の収拾には程遠いだろうな、一級の冒険者が今から修練するとしても精々四分程度か)


 一割にも満たない確率、いっそのこともうアルに突貫した方がいいのではないかと思うが、一応その生き残りがどんな奴かを見て、最後に判断しよう。


 思考を整理した数日後のことだった。


 瞑想している時に襲ってきたオルトロスを屠り、立ち上がった時、背後に気配を感じた。

 振り返れば、少し幼げな視線と交差する。反転したそいつの進行を遮るように移動し、そいつの姿を見る。


(まじかよっ、こんな餓鬼がここで生き残っていたのか・・・・・・!)


 眼下の存在に驚愕する。

 種族は人間、年齢は十程度の小僧だ。都市の外周部にいたのはおそらくこいつだ。しかし、年端もいかない小僧が六年も生き残り、かつここまで俺に察知されないで近づくことができるものかと眉を寄せる。


 軽く手を合わせれば分かるかと思った矢先、小僧の方から攻撃を仕掛けてきた。

 それに乗る形で俺も手を出す。


(へぇ、悪くない)


 最初の数手。

 武器は話にならないが、こいつは俺だけでなく周囲をよく見ている。そして思考を常に回し続けている。なるほど、確かに変わったスキルを保持してはいるが、小僧が今まで生き残ってきたのはこの冷静な判断力か。


 しかし、それでも全てが足りない。

 技術が足りない、心からの渇望が足りない、その行動にはただただ冷静さしか存在しない。


 一度小僧を吹き飛ばし、剣を構える。


「我流・叫嵐」


 本気で殺すつもりで放った剣技。

 まだ成長途中であるとはいえ、この程度の技で死ぬような奴はいらない。いっそこの場で死んだ方がいいはずだ。


 建物を消し飛ばし、剣技の範囲内を更地にする。

 結果としては、小僧は死ななかった。俺の技を回避し、まだ五体満足で息をしている。


「詰みだ。小僧」


 首筋に刃を当て動きを止める。


「お前、俺の弟子になれ」


 何故かは分からない。

 その生存能力に可能性を見出したのかもしれないし、濁った瞳に思うところがあったのかもしれない。

 ただ分かること。俺はこのとき、最も未来が見えないであろう選択をした。


 ・・・・・・


 小僧を弟子に持って分かったこと。


 こいつはまるで何も知らない。

 練度についても、魔物の種類についても、全てが初めて聞いたものだと言う。


 頭を抱えたくなるが、同時に関心もした。

 初見の相手を屠り続ける、それも自身より格上の相手となればそれがどれ程難しいことか。それは眼隠しをしながら針に糸を通し続けるようなものだ。


 この都市に存在する魔物は他の魔物とは隔絶したものだ。

 弱い魔物がまずいない。中には初見殺しのような凶悪なスキルを保持している奴もいる。それを予測と圧倒的な危機意識で乗り切ってきたというのだから関心もする。


「ほら、全力で走れ」


「は、はいっ!」


 とはいえ、体が作れていないのは事実。

 今は基礎の土台を完璧に仕上げることから始めるしかなかった。


(一体どれだけの月日がかかることやら)


 基礎だけで十年は覚悟していたが、その予想は外れることになる。


(・・・・・・なんだ? この成長速度は?)


 一年、たったそれだけで小僧の身体能力は数倍にひきあがった。

 レベルは一切上がっていない。ただ、ほんの僅かにだが、日ごとに身体能力が上昇していった。恐るべきは、上昇した身体能力が全く、いや、一切低下しないことだ。


 考えられる可能性は一つ、小僧の持つスキルの一つ【進化】だろう。

 俺の記憶の中でこのスキルを保持していたのは三人。その内の一人は、常に戦場に身を置いて怪我を負っていたからか自然治癒能力が非常に高かった。


 なるほど、このスキルは保持者の環境に合わせその能力を引き上げる力を持っているのか。

 保持者の環境が悲惨であればある程その真価は大きく跳ね上がる。


 それを踏まえれば、小僧のこの成長速度は妥当なのかもしれない。

 この都市は生物が生きるには過酷過ぎるからな。


「そろそろ魔物を狩るか」


 ある程度体が出来てきたというのもある。

 しかし、より追い込まれた状況になれば更なる進化を促すことになるだろう。この選択は非常に難しい賭けだ。


 追い込まれる状況を生み出すだけの魔物が相手となれば小僧が死ぬ可能性もある。

 そこで俺が助ければ生きながらえることはできるが、一度でも助ければ最早【進化】がまともに機能するか分からない。ゆえに、一人で魔物を屠らせる必要があった。


 結論を言えば、賭けには勝った。

 格上を相手にするのが非常に上手い。決して深入りはせず、確実な瞬間にだけ攻撃を入れるスタイルだ。


 いよいよ闘気の修練も並行で行うが、少しだけ気掛かりがあった。


 小僧からは自信が全く感じられないことだ。

 生に対する渇望も感じられない。死への恐怖だけがまだ心の中で渦巻いているように見えた。


「なぁ、空に浮かぶ島を知っているか?」


「え?」


 意思のない生以上に無意味なことなどない。

 なんでも良かった。死にたくないではなく、生きたいと思える何かを見つけてやりたかった。昔の自分を振り返り思い出すのは旅の記憶だ。世界中を旅した時、始めて見る場所はやはり気持ちが高揚した。

 その時の話をすれば、小僧の瞳には僅かに情景が宿っているのに気付いた。


 魔物を狩り、修練をして、偶に旅の話をする日々。

 剣に生きてきた俺にとってはなんとも温い時間だったが、不思議と嫌ではなかった。藻掻き、苦しみながらも進み続ける弟子の姿に笑みが零れる。




 ・・・・・・




 剣術を教えだして数年が経った日。


「ふぅ」


 瞑想して気を静める。

 薄く瞼を開き己の手を見れば若干震えているのが見えた。眉を細め、手を強く握る。


 強くなった呪いによる殺戮衝動。

 魔物とは数年戦っていないが、それでもこれ程進行が早いとは予想外だった。


 しかし、まだ俺が堕ちる訳にはいかないのだ。

 弟子に全ての技術を伝授するまではこの程度の呪いに足をとられている場合ではない。


「舐めるなよ、お前等の思い通りになるほど覇王は安くねえ」


 計画が上手くいったと思っているであろう狂信者共を嗤いながら歯を食いしばる。




 季節をなんども繰り返し、呪いによる衝動を強引に抑える日々。

 もうアルが限界に近いと感じた頃、遂に時は満ちる。

 剣術を全て習得した弟子の身長は俺を超える程に伸び、実力は既に覇王の域にまで達している。あとは一押しするだけでその限界すらも超えるだろうと傍から見て判断した。


(ようやく・・・・・・いや、思ったより早かったな)


 少し名残惜しいと思った自分に一瞬驚き、苦笑しながら地面に腰を下ろすと、弟子を呼び寄せて酒を盛る。

 まだ少し早かったのか、若干眉を寄せて飲む姿を笑いながら、ことの真相を話す。巻き込まれたこいつは知っていなければならない。


「少しだけ、昔の話をしようか」


 俺達覇王と一体の極星の話。

 勿論、俺達を蝕む呪いについても伝えた。


 小僧がどんな反応をするかと思っていたが、案外落ち着いた様子で話しを聞いていた。

 話終り、一呼吸を置いて俺に尋ねてきた質問に俺はついつい笑い声を出す。


「師匠のお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 マイペースというか、まあこいつなりに考えての質問だろうが、それが今かと。


「・・・・・・っぷ、はははっ! そうか、そういえば言ってなかったな。耳をかっぽじって聞けよ。俺の名前はリアムだ。覇王の中でも最強の男だ」


 こいつと出会って十数年。

 俺は久しぶりに自身の名を告げた。


 それからは、逆に俺が問いかけて小僧について聞いた。

 まあ、面白い話などは全くなかったが、どの話もこいつらしさが良く出ている。見ている視点が違えば対象が同じものでも異なる話になる訳だ。


 殆ど一日中話し合い、お互いをより知った翌日。


 俺は剣の柄を握り弟子を見据える。

 十分過ぎる時間を過ごせた。そしてもう、限界はとうに超えていた。


 せめて最期は、一人の剣士として散りたかった。

 十年程前には思いもしなかった願望。なんとも身勝手極まりないものだが、弟子は何も言わず、剣を構えた。


「それじゃあ始めるか」


 合図などは特になく、その場を同時に蹴り上げ剣を交える。


(ああ、打ち合えているな)


 この俺と剣で鍔迫り合っている。

 実際に体感することで、弟子の成長に笑みが零れると共に、剣士としての本能が疼く。


 今までの軌跡をなぞるように、初歩から徐々にレベルを上げていく。

 修練と本番とでは感覚がかなり違ってくるが、その差異にも弟子は即座に対応する。改めて思うが、こいつの環境の適応能力は異常だ。


 しかし、剣術にスキルを交えた戦いになれば、流石に俺の方がいくらか上手だ。

 弟子にとって初見の攻撃を連続で繰り出し、強引に叩き伏せる。


 外壁近くまで吹き飛ばしたあたりで、戦略級スキルだけ使用し、俺はその場に留まり弟子が立ち上がるのを待った。


「全く、意識しているのか、はたまた無意識なのかは知らないが、俺相手に全力を出さないと舐められたものだ」


 けれど心配は無用だろう。

 やつは甘えが許されないことを俺以上に知っている。しばしの時間があれば、あいつは直ぐに立ち上がる。


 そして数秒後、俺の思いを肯定するように凄まじい覇気が爆ぜた。


「寝坊助が、ようやく本気出したか」


 瞬く間の間に距離を詰めた弟子とぶつかり合う。

 数分だろうか、それとも数十秒しかなかっただろうか。それは一瞬。しかし、その濃密な時間に俺は全てを忘れて一人の剣士となった。


 そして終りもまた一瞬だ。


 弟子の剣速が俺の反射を上回り、致命傷を喰らう。

 確実に助からないであろう怪我に苦笑し、最期の意地でなんとか両足で屹立する。


「ふぅ・・・・・・さあ、飛び立つ時だ。世界を見てこい」


 俺には想像させることしかできない。

 実際にその目で見て、お前がどう世界に色を付けるのか、俺はここからの先が見たい。


(俺も変わったものだ、最初は利用することしか考えてなかったというのにな・・・・・・)


「・・・・・・はいっ、今まで、ありがとうございました!」


 僅かに声を震わせながらも、弟子は振り返らずに前へと進んでいく。


 むしろ感謝したいのは俺の方だった。

 俺という剣士の最期に意味を与えてくれたこと。そして、これからお前が行うであろうことに対して。


「ありがとう。俺にはでき過ぎた、世界でただ一人の弟子よ」


 体の限界で、地面へと腰を下ろすと、宙から取り出した盃に酒を注ぐ。


(我が友よ、俺は先で待っているぞ)


 そして都市の中心部へと杯を上げ、俺は目を瞑った。

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