第20話 結末へと
大剣を片手に、少し中心部から離れ、ある程度形を維持している家屋に入る。
壁に大剣を立てかけると、青年は窓側に移動して縁に腰をかけた。
「はぁ」
呼吸を正しながら肉体の再生に努める。
最上位角である覇王との連戦は、【進化】により肉体が変質している青年であろうと即座に回復しきれない負担を負わせた。
師匠、そして騎士の覇王。両者の強さに敬服するとともに、言いようもない不安が青年の中で生まれる。
「かなり、厳しいかもしれないな」
思い浮かべるのは龍だ。
師の言葉をそのまま信じるのであれば、己の勝率は四割もないだろうと青年は判断する。
とはいえ、戦わないという選択肢はない。
今日に至るまで常に最善を尽くしてきた。思考を止めなければ、決して完敗という結果にはならないだろうと考えていた。
龍の装甲を前にエルメスに託された大剣がどこまで通用するかが鍵を握るかもしれない。
いつの間にか【不退】のスキルが継承されていたが、諸刃の剣であるこれは可能であれば使用したくないスキルだ。これを外した時、おそらく己は次の瞬間死んでいることは必至あろうと考えると使おうとは思わない。
『なにを考えているのですか?』
どこからともなく無機質な声が聞こえ、思考を中断する。
青年は視線を室内に巡らせ、壁に立てかけた大剣で止める。
「・・・・・・お前か?」
『私のような存在は初めてですか?』
剣が喋る。普通であればありえない現象だが、青年は師から回答を聞いていた。
「
『是、神器と呼ばれる武具は総じて確かな意志を有しています』
何故神器に意志があるのかは明らかになってはいない。
諸説ある中で有力なのは、強大な力を持つ神器が、己の力に見合う正しき主人を見極めるために神が授けたものだという説だ。
大剣の問いにどう答えるべきかと悩む青年より先に、再度大剣から声が届く。
『いえ、その前に言わなければならないことがありましたね。・・・・・・一つ、貴方に感謝を伝えたい』
人の形を模していれば恭しく頭を垂れていただろうと思える感情が込められた言葉。
はて、感謝されることなどあったかと疑問符を浮かべる青年の様子を察したのか、大剣は言葉を続ける。
『エルメスのことです。彼が完全に堕ちる前に、人として終わらせて頂けたことに、深く感謝を』
青年自身、師が堕ちる姿は見たくないと考えていたため、大剣の言葉には少なからず納得した。もっと両者の立場は離れたものだと考えていたが、どうやら単なる武具として見るより、心はかなり人に寄っているのだと知識ある武具に対する印象を修正する。
軽く頷き、そして先の戦闘を思い出す。
「・・・・・・強い人だった。最早叶わないが、呪いを受けていない状態で剣を交えたかった」
『そう言って頂けると、あの人も誇らしいでしょう』
エルメスの、決して屈しない意志の強さを体現した剣を受けた青年の嘘偽りない言葉だった。
場所が違ったら、もう少し早く出会っていたら、結末もまた違っただろう。ただ、そんなあったかもしれない未来を考えても仕方がない。今は最期を笑みで終わらせられたことだけに満足しようと思考を隅に追いやる。
一呼吸を置いて、大剣が本題を切り出す。
『主人の恩人です。貴方には生きて頂きたい。故に、忠告しましょう。今すぐにこの都市から逃げるべきです』
その提案に青年は困ったような微笑だけを返し、窓の外に視線を向ける。
青年自身薄々と気付いていた。
今の自分であればこの都市から出ることは可能だと。結界を切り裂き外に出て、もし遠距離であの時のビームを放たれたとて回避することは不可能ではない。
『神龍との戦闘はただの自殺行為。かの存在には神ですら敵わないのです。人が届くはずもない』
「ああ、そうだな」
約一万戦中一万敗。
二十歳の時から続けてきた神龍との脳内戦。師から聞いた情報を適応させていき、殆ど実戦と近い領域まで引き上げた結果、未だに青年は一勝も遂げていない。
勝目が殆どないことなど誰に言われずとも理解している。
ただ、当の昔に答えは出した。
『・・・・・・覇王とは格が違うのです。・・・・・・それでも、戦うのですか?』
己の言葉が青年に届いていないことを自覚しながら、大剣が問いかける。
「戦うとも」
大剣に視線を戻しながら青年は言い切った。
可能性が一パーセントも存在しないのだとしても、それは決して諦める理由にはならない。
「確かに、外に出て他の強者と共闘すれば確率は上がるだろう」
でも、それでは駄目なのだ。
「分かっている。これはただの我儘なんだ」
ただ、それでもだ。
誰かとじゃない。
「託されたんだ、たくさんのものを。だから、俺自身の手で決着を着けたいんだ」
それで死んでも悔いはない。
世界を見たいという願望以前に、これは通さなければならない意地だと、青年は遥か昔に決意した。
『今度の主人とは短い付き合いになりそうです』
「ははっ、悪いな」
語らいは終わり、青年は疲れを残さぬよう部屋の中で柔軟を始める。
思考は常に龍との戦闘で僅かな勝利を掴むために活動し、少しずつ意識が鋭敏になっていく。
日の出と共にここを出ることを決め、青年は軽く頬を叩いた。
◇
そして、物語の冒頭へと戻る。
長い夜が明け、力強い太陽が昇った。
朝日が射し込む窓際に、怠そうな表情で座っている青年はその顔を上げ、広く澄み渡っている空を眺める。空高く飛ぶ鳥に対し羨望の視線を向け、空を掴むようにして右手を伸ばす。
「もう、どれだけの月日が過ぎたか・・・・・・」
苦笑しながら、そんな事を一人ごちりふと視線を空からずらす。
今までとは違う思いを抱きながら、都市の中央へと。
「いつ見ても綺麗だな」
視線の先にいるのは、この世の頂き。
漆黒の鱗に覆われた龍。翡翠に輝く瞳はまるで宝石で、その全長は雲にすら届くほど、顔を見上げなければ全体を見る事すら敵わない。
都市に佇む龍、この異様な光景にも慣れたが、今から手を出すのだと思えばどうしてかいつもより大きく見える。
およそ二十年前の魔物による大侵攻。
鳥だと思った影が都市を吹き飛ばし、当時六歳の少年を除いて全てを蹂躙した。当初は恐怖の余りゴミ溜めで一人震え恐怖を押し殺していた少年、それがいつしか堂々と都市を歩くことになるとは誰が予想出来ただろう。
当時を思い出して、青年は少し笑みを零す。
「まさかここまで生き残れるとは・・・・・・まあ、明日も生きている保証はないが」
少し感傷に浸っていた心を閉じ込め、表情を引き締めると、癖になっている音の出ない歩法で部屋を出る。
そして一人の時間を欲し扉の横に立てかけていた大剣を手に取る。
『時間ですね』
「ああ、悪いが俺の我儘に付き合ってくれ」
『私に否はありません。最期までお付き合いしましょう』
最後の戦い。それが己の死か、はたまた龍の死で幕を落とすのか。
結末は何者にも分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます