第16話 最大限の感謝を

 翌日、天気は昨日同様に晴れだ。

 雲一つない空からの光が一際強く、青年は目を細める。


 結局、昨日は一日中青年と師匠は話し合って過ごした。

 ただ、今までと違って外の世界の話だけではない。青年について師が問いを投げかけ、青年もまたこれまでについて語った。


 それはまるで、青年の人物像をしっかりと覚えるためのような時間だった。


 あんな話をした後で、らしくない行動をする師。

 だから、青年自身もなんとはなしにこうなるのではと分かっていた。


「それじゃあ始めるか」


 剣に手をかける師。


 感づいていたゆえ、青年もなにが正解なのか、いや、自分がどうしたいのかを再度自身に問い、既に答えは出していた。


 だから、青年も初めに師に渡された剣へと手をかける。


 今まで一度となく師と剣を交えたことはない。

 師の流派が確実に相手を殺すことに特化したものだからだ。だが、その流派を会得した二人が剣を構えて対峙している。これの意味するところ、つまりはそういうことだ。


「生道世界」


 空間がねじ曲がり、青年と師が別の空間に移る。


 都市の大通りがあった場所だろうか、広々とした空間に二人の姿はあった。

 空は元の世界と同じような晴れだ。初期と比べて、【生道世界】の空間内部が明らかに変化していた。


 語らいは特になかった。

 しばしの時間が過ぎ、風に吹かれた木々の葉が地面にはらりと落ちた瞬間、二人の姿が掻き消える。


 姿を現したのはお互いの中間地点、剣同士がぶつかり合った状態で鍔迫り合う。

 金属音はしなかった。ただ、鈴の音のような共鳴した音が響き木霊する。


「まずは合格」


 笑みを浮かべた師は軽く腕を引いた瞬間に蹴りを放ち、青年を後方に回避させる。

 すかさず青年に詰めよれば、空間を撫でるように剣を走らせた。


 それは青年に教えた剣の“流れ”だ。

 青年の呼吸を読み、先の先までを見通して剣を振り続ける。攻撃の一つ一つが絶妙なタイミングで繰り出され青年の行動を封殺する。


「ふッ」


 師の剣に対し青年は攻撃を諦め回避に徹し、自分の行動における欠点を分析する。

 行動の予備動作を修正し、視線の誘導を修正し、呼吸の深さを修正する。


(目線を変えろ、原点に帰れ。相手は格上だ。自分がどうしたら詰むのかを意識すればいい)


 徐々にスタイルを修正していき、数分かけてようやく回避に余裕が出れば、行動に反撃を加えだす。

 上段から振るわれた攻撃を剣の腹で流しそのまま一閃、横に薙ぎ払われた剣を膝と肘で挟み空いた手で反撃などと次第に手を増やしていく。


 お互いの剣が激しくぶつかり両者が後退した所で、一度師は剣を下げる。


「まあ、これも合格。ウォーミングアップはこの程度でいいだろう」


 まだ、技は使っていない。

 既に超人級の戦いを繰りひろげているが、お互い本気には程遠い。


 静かに燃え出す師の覇気を感じ、青年は息を吐いて剣を構える。


「――では、いくぞ」


 師の発言と同時に青年は左足を引き、師からは目を離さずに体を横に向ける。

 寸前まで左半身があった場所の空間が一瞬揺らいだように見えた直後、青年の後方に建ち並ぶ建造物が軒並み縦に両断された。


 剣技、飛燕。

 闘気を剣に纏わせ、上段からの振り下ろしと共に刃先に収束、そして飛翔させる技。師が最初に生み出した剣技であり、威力は言わずもがな、最も脅威な点は殆ど視認できないという点だ。一瞬の空間の淀みに気付かなければその時点で体は分かれるだろう。




 青年が回避行動をしている間に地を這うようにして疾走した師が距離を詰めて剣を横薙ぎに一閃する。

 青年は右手で握った剣で防御するが、衝撃を抑えきれず後方に吹き飛び住宅の壁を突き破る。


(大丈夫。見えるな)


 宙で体勢を素早く整えると、崩壊した住宅の瓦礫に向けて左手で掌底を放つ。

 一つ一つの波長を読み取り、青年の闘気を通したそれらは前方の光景を理不尽に薙ぎ払っていく。


「良い反射速度だッ!」


 瓦礫を回避しながら宙へと飛び上がった師は、体を反転させると足に闘気を集中させ炸裂させることで推進力を生み出す。


 お互いに剣を構える。


「虚空」

「滝断」


 飛翔の速度を乗せて上段から振り下ろされる一撃に対して、青年は下段から空に向けて剣を振り上げる。周囲の空間ごと削り取る虚空に対し、滝断ちは剣閃に極限まで闘気を集中して放つ一撃だ。


 力の拡散はなく、“断つ”という一点においては虚空を上回る。


 剣技が衝突し、パァンッ! と空気が破裂するような音が響き渡った。

 周囲への余波は殆ど見られないが、青年の上部の雲が不意に二つに分かれ、師の両腕が上に弾かれた。


「っ・・・・・・はははッ!」


 一瞬の驚愕、瞳を大きく広げ唖然とした表情を浮かべた師は、すぐに口角を上げて喜声を上げる。


 実践することで体感する青年の成長に喜びを隠せない師は、改めて青年に対する認識を確定した。


(本気を出してよさそうだ)


 宙に舞う師と剣を構える弟子、お互いの視線が交差する。


 ここまでは今までの修行をなぞっただけの手合わせだ。

 今からが本当の闘いとなる。剣技、闘気、そして苛烈な戦闘経験に加え、スキルを混じり合わせる。                

 初見の攻撃にどこまで対応できるかが鍵になるだろう。


「いくぜ?」


「はい」


 僅かな言葉の掛け合い、滞空している師へと剣を走らせる青年。

 しかし、師の姿は一瞬にして掻き消え剣は空をきる。青年は周囲を見渡すでもなく、右手に持つ剣を背に回せば、しっかりとした衝撃が返ってきた。


(【転移】かそれに類するスキルか)


 空中に体が投げ出された場面で使うスキルは限られている。

 【転移】のような視認しずらいスキルをあらかじめ把握できれば、対応速度は数段上がる。ほぼ初手でその存在を確認できたのは大きかった。


 素早く振り返る青年の視界に師の姿は映らない。


(右、左、上――)


 青年の反応速度よりも先に師が場所を移動することで無暗な攻撃を封殺しているのだ。

 青年は態勢を低くし、剣を腰あたりに構え一つ息を吐く。

 意識を集中させる青年は周囲の環境を五感全体で感じながら、師が現れるのと同時に剣を斜めに斬り上げる。


「叫嵐」


 青年を中心とした周囲十メートル内の空間が斬り刻まれる。

 全ての瓦礫が灰のレベルにまで細切れにされた空間の中、青年は技の範囲内に師の気配を確かに感じていた。


 しかし、師は技を振るうでもなく青年の正面に無傷で現れる。

 ただ、その現れ方は転移した風ではなく、薄っすらと体が輪郭を持ち始めるような奇妙なものだった。


(やっぱり通用しないか)


 師が作り上げた技だ、その欠点は本人が一番理解している。


 事実、師は青年が繰り出す技を予測すると同時に【霧化】というスキルを使用した。

 叫嵐の攻撃の弱点としては、範囲外には全く攻撃の余波が及ばないことと持続性ない技であるのに技を放った後にコンマ数秒の硬直が現れることだ。


 【霧化】の能力は自身と自身に接触しているものの大気との同化である。

 効果時間はおよそ三秒、その間物理的な攻撃をほぼ無効化するスキル。ゆえに青年の懐に容易に潜り込むことができた。


 首筋に迫る剣を見ながら、青年は手札を一つきる。


「化蝶の舞」


 青年の姿が消えた。

 師は動きを止め周囲を見渡せば、いつの間にか至る場所に紫色の蝶が飛んでいるのが視認できた。


 【化蝶の舞】、青年の新たなスキルだ。

 主に幻覚系の能力で、一匹一匹の蝶が強烈な幻覚を敵に見せる。しかし、青年が姿を消したのは以前から保持していたスキルだ。宙を羽ばたく蝶の影の中に入り込むことで姿を消したのだ。


 影の中から指示する青年に従い、無数の蝶が粉を撒き散らす。

 これに触れるだけで、幻覚を見せることが可能になるが、


「スキルを個別で考えるな。お前には数年の歳月をかけた技があるだろうが、それを活用しなくてどうする」


 師の闘気が揺れた。

 次いで、手に持つ剣が赤く赤熱する。


「スキルってのはこう使うんだ」


 身を沈め、剣を構えた師は斜めに斬り上げる。


「叫嵐」


 青年と同様の技、しかし起こった現象は全く異なるものだった。

 周囲十メートルの空間が斬撃と業火によって蹂躙され、範囲内の蝶が全滅する。


「【拡張】」


 技の範囲が一気に広がる。半径約五十メートル内の障害物が消滅した。

 潜んでいる蝶が消滅する前に青年は陰から飛び出したが、技をまともに受け、体が無数に斬り刻まれ体表に火傷を負った。


 僅かによろけた青年は態勢を整えようとするが、不意に足元が隆起し後方に崩れる。

 転移したのだろう。青年の視界には宙に浮かび剣を上段から振り下ろそうとする師の姿があった。


 よくみれば、晴れた空の一部で暗雲が漂っている。

 一瞬の閃光、轟音とともに落ちた落雷は師の剣に吸い込まれるように馴染む。


「覇雷遂星ッ!」


 振り下ろされる剣に対して反射的に剣で受ける青年。不十分な態勢のため威力を逸らすことができず、肩口に刃が喰い込み、体中に紫電が走る。


 筋肉の硬直、師は緩慢な動きになる青年を蹴り上げ、剣で薙ぎ払う。

 なんとか剣で受けた青年だが、建物を次々に薙ぎ倒しながら吹き飛び、都市の外壁が見える場所でようやく止まった。


「くッ・・・・・・かはッ・・・・・・」


 止まっていた呼吸を大きく繰り返し、立ち上がる。


(これが、魔物以外の存在を相手にするということか・・・・・・)


 魔物とその他の生物との違い。

 当然見た目はそうだが、この場合はスキルの違いだ。魔物は己に適したスキルを有するが、その他の生物は違う。多種多様のスキルを有し、それらの取得のスパンが魔物と比べて圧倒的に短い。


 二十、三十のレベル上昇で一つのスキルを獲得する生物。

 そして今、青年の相対する男は数百のスキルを有する怪物だ。それだけのスキルを有せば、必然的に強大なスキルも手にすることになる。


 無数のスキルを使用する千変万化の戦闘が魔物との絶対的な違いだ。


――開け、希望と災厄の箱。


 遠くで声が聞こえた。

 世界の色が褪せる。都市上空に、黒い箱が浮遊する。


「なんだ、あれは」


 ひりつく空気に警戒する青年。

 そして、箱は開かれる。封じられたものが一気に解き放たれ、都市全体を黒紫の濃霧が覆った。


 毒、などと単純なものではない。

 濃霧に触れた物質は瞬く間の内に腐敗し朽ちていく。吸い込んだ者は内臓が侵され数十分もしないで細胞全てが壊死し、確実に死に至る。


 戦略級スキル、【希望と絶望の箱】。

 一度その箱が開かれれば、災厄が解放された大陸は終わりを迎えると言われている。というのも、このスキルにより侵された生物、無機物は接触したものに感染させてしまうのだ。唯一、空気による感染が弱いことと、海水には効果がない。


「うッ」


 青年が口を押えれば、手になにか温かいものを感じた。

 視線を向ければ、掌に大量の血が付いている。すぐに決壊したように口から大量の血を吐き出すと、地面に倒れ込む。


 全身に激痛が走る中、青年は強く拳を握りしめる。


(ああ、情けない。こんな時まで、俺は倒れているのか・・・・・・)


 こんな姿では、師が安心できるはずがない。

 今までの恩に報いたい。青年は歯を食いしばり、静かに灯る炎の火力を上げていく。


「早く、適応しろッ」


 体に負った傷が、火傷が再生していく。

 壊死して変色していく現象が次第に緩やかに、そして止まったかと思えば、徐々に元の状態に戻っていく。


 桁違いの再生能力は数十年間の間に【進化】のスキルで得たものだ。

 何万、何億と怪我を負い、その再生に体が適応した。進化した自己治癒能力は既に回復スキルなど必要としない。


 緩慢と動き出す青年は、今だ完全に再生していない状態でスキルを発動する。


「限界、突破ッ!」


 師をして規格外と言わしめたスキル。

 効果は、練度の一段階強制開放。現状の青年の練度は魔力以外が全てS、通常であればそれが最終段階であるが、【限界突破】はその最終段階をもう一段引き上げる。


 練度Sの補正倍率が2倍に対して、未知の領域である練度SSの補正倍率は2.5倍。

 スキルの効果時間は一日におよそ十分だ。短い時間に感じるかもしれないが、それに見合う力がこのスキルにはある。


(もう、弱い姿はみせられないんだ・・・・・・ッ!)


 地を蹴り上空に飛び上がる。

 師は都市の中央で屹立し、青年の姿が見えると口の口角を上げた。


「寝坊助が、ようやく本気出したか」


 青年は【衝撃波】を駆使して宙を飛翔し、一気に師の元へと辿り着く。

 地に降り立ち、流れるように一歩、


「ははッ!」


 思わず師は笑みを漏らす。

 補正値2倍から2.5倍、数値で見れば1.25倍強くなったように見えるが、あらゆる能力が上昇した体を最適に使えば、対面する敵には――倍は強く見える。


 師でさえ完全には捉えきれない速度で距離を詰めた青年が振るった剣を寸前で剣で受け止めるが、衝撃によって地面を削りながら後退する。


 更に距離を詰めた青年が剣を振るい、お互いが攻撃すること八合。


 甲高い音が一つなった。宙を回る剣先、師が手に持つ剣が途中で折れていた。

 青年が隙を縫うように下段から振り上げる。確実に入る一撃のように見えたが、師は左の足裏に闘気を最大まで収束させると、青年の刃に足を乗せ、威力に体を乗せて宙に飛んでいく。


「パンドラッ!」


 師が叫べば、宙に浮かぶ箱から一つの剣が飛翔してくる。

 それを片手で掴んだ師は既に上空に跳び剣を振り下ろす青年の一撃を受ける。師が地面に叩き落とされ立ち上る砂塵を落下した青年が斬りはらうが、そこに師の姿はない。


「八岐大蛇」


 声がしたのは背後。

 青年が振り返ると同時に視認した八つの剣閃。

 咄嗟に六つは流したが、二つを体に受け鮮血が舞った。


 追撃の一撃で蹴りを受け、後方に流れた体を瞬時に立て直し、青年は闘気を足に収束させて地面に蹴りを放つ。爆発的な威力で青年と師を含む地面が浮き上がり、空高く舞った師へと剣を振るう。


 完全に青年の手を読み捌いていく師に対し、青年は浮き上がった岩を利用しながら宙を縦横無尽に駆け巡りあらゆる場所から空間全体を覆うように攻撃する。


 息の止まるような攻防。

 数秒ごとに進化していく青年の攻撃が次第に掠り始め、青年の会心の一撃が師に叩き込まれ地面に吹き飛ばされた。


 青年は宙に浮かぶ岩を足場に一度高く飛び上がると、体を回転させて師と直線になるように剣を構える。


「ふぅ」


 息を吐き呼吸を整え、目を瞑り思い出すのは師の言葉だ。


――この技は技術は勿論だが、心を意識しろ。


――なにものよりも速く、全ての壁をぶち抜くつもりでな。


――これはお前が羽ばたくための第一歩だ。これで世界を駆け巡ったら楽しいかもな!


 闘気の性質を変える。

 次第に雷に似た光がスパークしだす。


 どうすれば感謝を伝えられるのか、青年はずっと考えてきた。

 昨日の話を聞き、これが唯一伝えられる方法だと確信した。今の全てを出し尽くし、以前とは違う姿を見せて師を安心させたいと。


 ありがとう、なんて言葉では言い表せない感情を全て一撃に乗せる。


(見つけてくれて、育ててくれて、多くの事を教えてくれて・・・・・・本当に、ありがとうございます)


 臨界点に到達した闘気が揺らぎ、青年は静かに目を開く。


「リアム流剣術覇伝――」


 大気が揺らぐような覇気を察し、師は剣を正眼に構えて意識を集中させる。


「我流、絶対領域」


 剣の届く範囲の情報を完全に察知し、範囲内に入り込んだ敵を脊髄に情報が伝達される前に反撃するカウンター最速の技。


「麒麟」


 青年が宙を蹴る。

 発生した衝撃が後方の世界を吹き飛ばし、眩い光が都市を一直線に斬り裂く。

 一瞬視界が光ったかと思うような僅かの間、青年と師は交差し、お互い剣を振り抜いた状態で止まる。


 僅かの間を置いて、液体が飛び散る音がした。


「くっ・・・・・・」


 師の体が斜めに斬り裂かれ、大量の血が地面に滴る。

 ふらつく体を強引に足で抑え、師は背の青年に言葉を発する。


「ふぅ・・・・・・さあ、飛び立つ時だ。世界を見てこい」


 返答はなく、去る様子のない青年を察して、師は苦笑するように笑う。


「なあに、隣でなくとも俺は見てるさ。お前は振り返らずただ突き進め、お前を縛るものなどなにもない。さあ進め、これ以上柄にもないことを言わせるな」


「・・・・・・はいっ、今まで、ありがとうございました!」


 微かに声を震わせて、青年はその場を離れる。

 【正道世界】が解除され、雲一つない空が師を迎える。


「まさかこんな気分になる日が来るとはな、本当にいい日だ」


 振り返り、走っていく青年の姿に最後の声を漏らす。


「ありがとう。俺にはでき過ぎた、世界でただ一人の弟子よ」


 スキルを解除し剣を消せば、地面に座り盃に酒を注ぎ、佇む龍に向けて杯を上げる。


 この日、世界から一人の覇王が席を立った。

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