第15話 真実

 天気は快晴、太陽がさんさんと降り注ぐ。

 比較的温暖な季節。都市で生まれた巨木の蕾が開花し、美しいピンクの花が咲き乱れていた。


「師匠、おはようございます」


「おう、おはよう。それにしてもお前はでかくなったな~」


 少年、いや青年の歳は26になっていた。

 身長は師を超える程に高くなり、かといって体のがたいがそこまで大きいわけではなく、極限まで引き絞られた体は一見細身に見えるぐらいだ。


「綺麗ですね」


 木を見上げながら青年が言う。


 青年のスキルである【生道世界】はもう3年ほど使用していない。

 こそこそと隠れる必要がないレベルにまで到達したからだ。

 師の剣術を習得し、新しいスキルも手にした。この都市で青年を倒せる程の存在は最早片手で数えられる程度しかいない。


 師は木を見上げながら地面に腰を下ろし、どこからか酒瓶を取り出す。

 簡素な器に酒を注ぐと、一つを隣に置いて青年に座るよう促す。


「今日は鍛錬はいいのですか?」


「今日ぐらいはいいさ。それよりちょいと付き合えよ、お前もとっくに成人してるんだからいけるだろ」


「では」


 器を手に取り、ゆっくりと酒を呷る。

 思ったよりキツイものだったのか、青年は一瞬眉を寄せるが、それでも止まらずに最後まで飲み終える。


「・・・・・・少し辛いですね」


「はははっ、これは酒好きのドワーフでもすぐに酔う程度には度数が高いからな!」


 初めて酒を飲む人物に勧めるものでは決してない。それどころか人間が飲むものですらない逸品だが、師は全く問題ないという風に、酒を水のように一気に飲み干した。


「ふぅ、お前と出会って十数年は経ったか。まさかあの時の餓鬼がいまも生きているとはな」


「そうですね。何度か師匠に殺されるかと思いましたが」


「いっちょ前に冗談も言えるようになりやがって」


 八割程度は本気の返答だったが、師は冗談だと受け取り朗らかに笑う。


 師は器に酒をつぎ足しながら、どこか遠くを見つめる。


「少しだけ昔話でも話そうか」


「旅の話ですか?」


「そんなんじゃねえよ。お前も十二分に知っているが、世界は綺麗ごとだけじゃないって話だ。・・・・・・これは一匹の龍と二人の覇王の物語だ」


・・・・・・


 ある森に一匹の龍がいた。

 この世に生誕して千年以上も生き続けた生ける伝説。その力は神すらも凌駕し、誰もそのものを傷つけることはできなかった。


 しかし、圧倒的な力を持っているにも関わらず、その龍はあまり力を使おうとはしなかった。

 龍という種族は尊大な者達が多い中、その龍は他と違い対等な友人を欲したのだ。故に、己の力に怯えられないようして力を隠そうとした。


 その結果かは分からない。

 寂し気な龍の元にその者は訪れた。


『貴殿が極星か』


『うぉっ?! な、なんじゃ貴様・・・・・・?』


 全身を漆黒の甲冑で覆い、身の丈以上の大剣を背負った騎士風の男だ。

 百年程喋っていなかった龍は少しどもりながら騎士に対して誰何する。


『頂きと称される存在がいると聞いて来た。すまないが、貴殿の思想を聞かせて頂けるだろうか?』


『思想、だと?』


『然り。不躾で申し訳ないが、それを聞かずには私は安心できない。っ申し訳ない。紹介が遅れた。私は先日近くに越してきた者だ。名をエルメス・ヴァルドと言う』


 おかしな男だった。

 初対面の相手にどんな思想があるかなどと聞くことも、ここの近くに引越してきたというのもおかしい、いや、それ以前に龍に対し怯えた感情が全くないことも異常だった。


 どんな生物であれ、本能があるならば皆等しく龍にひれ伏すのが常であるはずなのに、その男は己の足でしっかりと屹立している。


『本当に不躾な奴だ。いきなり来て我の思想が知りたいなどと・・・・・・ならば、その身で体験するか?』


 久しぶりの会話だと言うのに、まるでとんでもない劇薬のように見られた発言に機嫌を悪くした龍は少しからかうつもりで騎士に対して攻撃を繰り出した。


 勿論本気など出さず、軽くいなして追い払う程度に収めようとした。


 しかし、計算に狂いが生じる。

 相対した騎士が想像と隔絶した力を持っていたのだ。最強である龍さえ半分以上の力を出さねば負傷する程の力を持っていた。


 技が衝突するごとに地形が崩壊していく。

 困惑しながらも龍は戦い、丸一日が経ったあたりで突然騎士が動きを止めた。


『・・・・・・成程、理解した』


 そう言葉を零すと、騎士は大剣を背に背負い龍に背を向けて帰路を進む。

 突然やって来て戦い、そしてまた突然動きを止めて帰る相手に龍は困惑する。


『な、なんだったんだあいつは・・・・・・』


 意味の分からない存在に眉を顰めながら、もう来ないだろうと思いながらその背を見送った。


 残念なことに、その翌日には眉間が更に寄っていた。


『今日からよろしく頼む』


『貴様、よくも平然と顔を見せられたのぉ・・・・・・』


 昨日のことなどなにもなかったと言うように訪れてきた騎士の男。

 その手には大きな果物があった。


『それはなんだ?』


『菓子折りだ。引っ越してきたのだからお隣さんには用意すべきだと思い持ってきた。この大きさなら貴殿でも食べられるだろう』


 こうして龍には近所におかしな騎士の隣人ができた。

 初日以降、騎士の男は特に奇行を起こすこと無く淡々と暮らした。


 話していく内に、騎士の男は強過ぎる信念を持っているゆえに、その行動が偶にいき過ぎる人物だということを龍は知った。腐敗した国の王城をまるごと両断したという話を聞いた時はさしもの龍も頬を引き攣らせた。


 数年と近くで過ごしていくうちに、いつしか騎士と龍は友人になった。


 初めてできた友人に龍は大いに喜んだ。

 歓喜の余り特大のブレスを空に打ち上げ、盛大に感情を露わにした。


『いやぁ、面白いもんが見えて来てみれば、まさか神龍がいるとはな。なぁ、俺と一戦やらねえか?』


 そのブレスによって変なものが釣れてしまった。

 剣を腰に携えた男。どこか騎士に近い雰囲気を出しているその男は開口一番に龍に戦わないかと問いかける。


 数年は経っているが、騎士と同じく己を恐れないその男に興味を持った龍は、気まぐれにその誘いに乗った。


 住んでいる森を破壊したくなかったため、両者は場所を移して天空に浮かぶ島々へと移動し、戦いを繰り広げる。


 結果、島が五つ消滅した。

 龍が手加減できなかったのだ。最強の龍が本気を出さなければいけない、それほどまでに男は強かった。

 無論最後には龍が勝ったが、本気の命の取り合いであったのなら、数パーセントぐらいは龍が敗北する可能性もありえた。


『はっはっは! やっぱ強いな。負けだ負け!』


 勝負を経て、どうしてかその男も森で暮らしだした。

 強さを求めるならここ以上に適した場所はないという理由でだ。


 偶然にも騎士と男は知り合いで、すぐにこの場に受け入れられた。


 一匹の龍とその二人の友人。

 日々を笑って過ごすこの緩やかな関係がいつまでも続くのだと、誰も疑っていなかった。


――しかし、数年後に事態は急変を迎える。


『なんじゃ、貴様等は』


 フードを被った集団が森へと足を踏み入れた。

 全員が気持ちの悪い笑みを浮かべており、どう見ても友好的な雰囲気ではない。


 それ以上踏み込めば命はないと龍が殺気を込めると、突然集団の一部が己の心臓に短剣を突き刺して自殺した。

 龍の能力ではない。目の前で起きた凶行に混乱する龍と二人を置いて事態は進行する。


 短剣を伝って広がる血がより集まり、一つの魔方陣となった。

 魔方陣は鈍い光を放つと、そこから人型のなにかが現れる。それが宙に浮かび上がると、眼前の龍に対して口を開いた。


『単刀直入に言おう。神龍よ、我に下れ』


『・・・・・・魔神か』


 魔神、それは世界の混沌を望む神だ。

 一柱一柱が覇王と同等の力を持っていると言われる程の能力を秘め、至る場所に災厄を齎す暴君。


『貴様等のような屑に下るつもりなどない。去ねッ』


『そうか、残念だ・・・・・・ならば強引に膝まずかせて――』


 一撃、龍の尻尾が鞭のように動き魔神の下半身を吹き飛ばす。

 そして困惑した魔神を巨大な顎で噛み千切り、魂ごとこの世から消した。

 およそ一秒にも満たない僅かの間での出来事だった。


『たかが一柱で我をどうにかできるとで思ったか』


 不機嫌に鼻を鳴らし、龍は残ったローブの連中を睥睨する。


『ああ、素晴らしい!』


 ローブの一団にいる一人が歓喜の声を上げた。


『その力があれば世界は混沌に満ちることでしょう。ようやくこれを使うに値する存在を見つけたッ!』


 なにやら様子のおかしいそいつとの間合いを一瞬で詰め、騎士の男が首を撥ね飛ばした。

 コロコロと転がる首は、地面で止まると、ニヤリと笑みを浮かべる。


『もう手遅れです。数百年、いえ数千年前からこの呪いは既に発動している。私が適任だと判断した時点で逃れることなどできません』


 ローブの言う呪いはすぐに表れた。

 森全体を包むほどの魔方陣が現れ、そこから禍々しい瘴気が漏れ出したのだ。龍は瞬時に空へと舞い上がるが、その飛行を上回る速度で瘴気が龍を包んでしまう。


『ぐッ?! これは、ただの呪いではないな・・・・・・森にいるもの達よ! すぐにこの場を離れるのだ!』


 呪いの正体は数千年の間生贄として死んでいった者達の世界に対する怨念だ。

 世界を破滅へと導く為にそれは強者であればあるほど強く蝕む。理性さえも崩壊させる呪いに瞬時に気付き、下に声をかけた龍だが、既に時は遅かった。


 森全体を瘴気が包み、友人二人を除いて殆どが理性を既に失っていた。

 龍の住む森に存在する魔物達はその殆どが世界で見てもおそろしい力を持った強者だ。自我が崩壊し力を開放すれば、ローブの者達の願い通り世界は混沌に満ちる。


『全く、やってくれたものだッ!』


 龍は即座に判断し、実行する。

 森に居た全ての生物を別の場所へと転移させた。できるだけ人の被害を抑えられ、そして牢獄として活用できる場所へと。


 比較的被害を抑える場所として選ばれたのが青年のいた都市だ。


 転移した魔物達により都市は蹂躙されたが、龍が壁を覆うように結界を施すことで牢獄は完成した。


 いつの日か呪いが解ける日を待ち、龍は都市の中央で目を瞑った。




・・・・・・




「想定外だったのは、呪いが想像より遥かに厄介だったってことだ。日々強くなる一方で解呪はできないだろう。全く、どれだけ生贄を捧げりゃこんな呪いになるってんだか」


「師匠も、その呪いを・・・・・・」


「ああ」


 あっけらかんとした表情で師は頷く。


「この呪いは、呪いを持っているもの同士が争えばより強く縛り付ける。だから俺がアルとエルメスを殺すことはできない」


 呪いに完全に支配されるのも時間の問題だった。

 極星と覇王が暴走すれば大陸どころか世界が終焉を迎える程能性があった。阻止する方法はそれらを倒す必要がある。それが唯一の救いでもあった。


 だから他の存在が必要だった。呪いに掛かっていない存在。

 しかし、神龍を倒せる存在など早々にいるはずもなく、八方塞がりの状況の中・・・・・・少年が覇王と出会った。


 少年は師に教えられ闘気を習得し、師の剣技さえも習得した。

 これは奇跡などと言う簡単な言葉では済ませられない事態だ。


「こういうのを運命と言うのだろうな」


 器を置き、師が少年に語り掛ける。


「これが真実だ。この都市に転移したのはアルだが、あいつを責めないでやってくれ」


「責めるだなんて、黒幕が別にいるのならそんな感情は向けませんよ」


「そうか・・・・・・そうだな」


 師は都市の中央に立つ龍へと視線を向けると、目を細めて何とも言えない様な儚い表情を浮かべた。


 そんな様子の師を見て、青年が口を開く。


「一つお聞きしたいのですが」


「ん? なんだ?」


「師匠のお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「・・・・・・っぷ、はははっ! そうか、そういえば言ってなかったな。耳をかっぽじって聞けよ。俺の名前はリアムだ。覇王の中でも最強の男だ」


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