第14話 剣術
翌日の早朝、少年は日課の鍛錬と柔軟を軽く済ませて師の元に戻った。
少年が来たのに気付き立ち上がる師の手には初めて見るものがあった。
「これを渡そう」
師が少年にそう言いながら渡したのは刃渡り70センチ程度の片手剣だ。
装飾はあまりないが、非常に優れたものである事はその刃を見れば一目瞭然であった。
少年は頭を下げて剣を受け取ると、一度上段に上げて、ゆっくりと下に振り下ろす。
(難しい)
剣を握るのは初めての少年だが、この数年間の間、ほぼ毎日師の剣を見てきたのだ。今の一振りが如何に稚拙なものであるかを痛い程に理解し眉を寄せる。
「まっ、最初はそんなもんだろ。剣技ってのは一長一短で出来るものではない。一歩ずつ確実に覚えていけばいい」
眉を寄せる少年を見ながら微笑を浮かべ師が言う。
(いやはや、少し驚いたな)
そうは言うものの、少年の一振りに若干驚いた師である。
確かに稚拙、淀みはあるが、少年が見せたのは師の姿をそのまま模倣したものだ。
師と少年の体は同じではない。
淀みはその肉体の差異ででたものに他ならない。
体を使うということ、その細部にわたるまで把握するという教えにより備わった能力の賜物と言えるだろう。
(才能はなさそうだが、一度覚えたことは忘れないからな。思ったよりも早く習得は出来そうだ)
まだ変な型が身についていないのがここで効いてくる。
一度習得した技術というのは無意識のうちに行動に宿る。それが卓越したものであれば問題ないが、覇王を上回る程の剣術はこの世には皆無だ。
そういう意味では、生存だけを意識し型にはまらない生き方をしてきた少年は最高の素材であると言えるだろう。
「まずはなにをすればいいのでしょうか」
「そうだな。まずは剣に闘気を通すところから始めるか」
師は自身の剣を鞘から取り出すと、その刃に闘気を纏わせた。
やってみろと目で促され、少年も手に取った剣に闘気を通そうとする。
「・・・・・・なんだ?」
しかし、いくら闘気を操作しても剣に纏わずに拡散してしまう。
量が足りないのかと全力を出しても結果は同じであった。
「通らないだろ。体に纏うのとは勝手が違うからな。大事なのは波長を理解することだ」
「波長、ですか?」
「ああ、それが理解さえできれば――」
師が地面を軽く蹴ると、幾つかの小石が宙に舞う。
それを更に横薙ぎに蹴ると、飛翔した小石が先にある建物を易々と貫通し、遠くで城壁にぶつかる音が聞こえた。
「ま、こんなもんだ」
一見なにが凄いのか分からない行動、しかし、少年の目にはしっかりと映っていた。
ただただ蹴ったのではない。
足が小石に触れた瞬間に闘気を通したのだ。小石が触れる時間もバラバラ、流した闘気の質も同じではない。その技量に少年は舌を巻きながら、手に持つ剣を眺める。
(この程度、すぐに習得しなければ)
目を瞑り、師の言う波長を感じ取れるよう極限まで集中する。
「おいおい、最後まで言ってないってのに」
そんな少年の姿を苦笑しながら見下ろす師は、近くに腰を下ろしてどれだけの時間で習得するのかを予想する。
自分以外の物体に闘気を通すことは非常に難しい。
世界で見ても一握りの達人が数年かけて身に着けられるかどうかというものだ。
大抵の者は自分の肉体を強化するのに闘気を用い、武器は特殊な能力を秘めた物を使用することで代用する。
ただ、武器に頼る者と闘気を完璧に使いこなせるものとではその差は歴然だ。
限られた武器を扱う者と、周囲の環境全てを武器に昇華できる存在が勝負になるはずがない。
(さて、この怪物はどれぐらいで習得するかな。十日ぐらいが妥当か)
少年の才能、性格、感性、その他全てを考慮して出した日数だ。
おおよそ外れないであろう予想。
しかし、予想は大きく外れることになる。
少年が剣に微弱な闘気を流せるようになったのは翌日。
物体の波長全てをある程度理解するようになったのはその深夜。
そして、闘気操作を完全に習得したのは、修練から三日後のことだった。
◇
「ふッ」
少年は疾走しながら地面に置いていた剣を手に取ると、流れるように闘気を通して正面の家屋を斜めに切り裂く。
刃がぶつかる音はなく、まるで豆腐のように家屋は切り裂かれ、地へとズレ落ちた。
「・・・・・・ちゃんと通せているな。まさか三日で習得するとは」
少し驚いたように師は言い、この想定外は僥倖だと内心で笑みを浮かべると、己の剣に手をかける。
「では次だ。坊主、ちょっと来い」
「はい」
少年が近づくと、師は剣を上段に構える。
「まだ技を教えられる段階ではないが、その前に流れを覚えろ」
言うや、師は上段から剣を振り下ろし、続いて横に一閃。態勢を低くし、右足を軸にして回転しながら下段から斬り上げたりと舞踏のように剣を操る。
ただ演武をしている訳ではない。剣に込められた闘気は凄まじく、一動作ごとに空間が軋んでいるように見える。
「今までに何千と戦ってきた敵を想像しろ。そいつらを全て一刀の元に斬り捨てられると確信できる一撃を意識するんだ。ただし、重要なのは闘気の量を過不足のないものにすることだ」
よくよく見れば、一動作ごとに師の剣に通されている闘気の量が変動されていることに気付く。
言い換えれば、師は想像の中であれ、今まで戦ってきた敵を一撃で屠れるということでもある。
「俺達の体力は無限ではないからな。ただ、どんな相手であれ、余分な力を出さなければどれだけでも戦うことができる」
戦いを長引かせず、かといって大技を連発して消耗するのも愚行。
相手の力量を正確に読み取り、過不足なく、敵を一撃で屠る剣。
それが、覇王と呼ばれる男が磨いてきたものだった。
動きを止めて、師が少年に視線を向ける。
「俺の剣は相対した敵を確実に屠るものだ。技を使うのは大体がS以上の存在になる。その他で使うことは緊急時以外には必要としない」
それほどまでに覇王の剣技というのは強力なものだ。
剣の流れと相手の力量を完璧に見破る観察眼を身に着けることは最低条件。
この程度のことができないようでは、この都市の中では最後の盤上に上がることさえできない。
「打ち合えば確実にお前を殺してしまうため、他の流派のように指導はできん。故に、見て学べ。何度でも動きは見せてやる」
お前ならそれでもできるだろ?
と信頼が含まれた台詞に少年は静かに息巻く。
剣を握り、師の動きを真似て剣を振る。
初めの相手は、地獄の始まりの日に対峙したレッドキャップだ。
想像で生み出したレッドキャップは素早く動き、少年を翻弄しようとする。動きを予測し、先に移動した少年がレッドキャップの首を一閃する。
(闘気を強く込め過ぎたか)
想像の中のレッドキャップの頭部が爆散した。
自分が納得するまで、何度も、何度も何度も時間を忘れて繰り返す。
ようやく納得いけば、次に出会った魔物、そしてその次と徐々に敵を強くしていく。
数年かけて作り上げてきた土台の効果か、少年は少しずつ、でも確実に師の技術を喰らっていく。
才能に溢れ努力を怠らない者でも数十年とかかる流れを数年で習得し、師が見せる技を一つずつ紐解いていく。
・・・・・・そして、指導などした事も無い最強の剣士と、虚無のようだった少年が出会ってから十四年の月日が経った。
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