第13話 意思

 そうして闘気を習得する鍛錬が始まった。

 一週間、二週間、数か月と経ちようやく闘気を操作できるようになると、次は量を増やす鍛錬に移行した。


 これがまた恐ろしいもので、闘気を常に操作し続ける事で量を増やす事が出来るらしく、少しでも気を抜けば操作が乱れるため、数時間の間常に極限の集中を続けなければならなかった。


 ようやく集中する事に疲れを感じなくなってきた時、この修練は師との組手をしながらする事になり、組手の時間が倍増した。


「違う、そうではない」


 スキルで構築した世界の中。地面に倒れる少年を見下ろしながら師が言う。

 少年は確かに強くなっている、世界で見ても驚異に部類する魔物を日々討伐し、僅かにでも闘気習得の足掛かりを掴んでいるのだ。


 ただ、それでもこの男との差は未だ果てしない。


「闘気は纏うものではない。体の内から広げるものだ。纏うだけなら鎧で事足りるぞ!」


 顔に振り下ろされる拳を間一髪で避け、師の言うように闘気を体の内部から広げる事を意識する。

 闘気の量、そして操作精度が未熟な現状では体全身にいきわたらせる事は不可能だが、局所的なら可能だ。右腕の身に全闘気を意識を集中させ、師の拳を受け止める。


「ぐッ!」


 衝撃で体が後方に飛ばされるが、右腕の骨は折れるどころか罅すら入っていない。


(これが闘気。これなら・・・・・・)


「じゃ、一段上げるぞ」


 今まで少年に合わせていた速度を明らかに超越した高速移動。

 構えも取れていない少年と正対した場所で、地面を踏み込みで屠り、腹部目掛けて瞬きの間に二発の攻撃を同時に繰り出す。


 吹き飛ばされた少年の体が建物を倒壊させる。

 師の放った拳の前の全てが吹き飛び、静寂の中で砂塵だけが舞っていた。


「流石に少し急過ぎたか?」


 吹き飛んでいった少年の方向を見る。国の騎士団長と呼ばれる立場の者であろうと、失神する程の威力だ。十そこらの子供にはまだ早かったかと思い直す。

 徐々に砂塵が晴れ、先が見えてきた。


「はぁ、ふぅー」


「・・・・・・ほぅ」


 砂塵の先には口の端から血を流しながらも、屹立している少年の姿が。

 自分に拳が迫る瞬間、瞬時に腹部へと闘気を収束させる事で威力を軽減したのだ。それでも何本かの骨は折れているが、戦闘の継続は不可能ではない。


 拳を構え己を見据えるその姿に、つい師は笑みを漏らす。

 少年の瞳が訴えかけてくるのだ。まだやれると、舐めないでくれと。


「ははっ、悪い悪い。外の尺度で考えていた」


 苦笑を一つ。

 師は首を鳴らし、拳を握る。


「加減はしないぞ。今回の修練の終了は、お前が一度でも反撃出来たら終了とする。死ぬ気で俺の動きを捕らえろ」


 修練というにはあまりにも過激で、一方的な蹂躙。

 今までとは違う、師本来の速度で少年を翻弄し、一撃で魔物を粉砕する拳が雨あられと繰り出す。


 ただ、どれだけ攻撃を受けても少年の瞳の輝きは消えず、比例するように師は笑みを深める。


 永遠に続くかと思われる舞踏にも終りは訪れる。

 拳を交えて三日目。

 師との距離がほんの僅かに開いた瞬間、防戦一方であった少年が影に収納していた全ての武器を開放し、自身の姿を隠す目くらましにした。


「あまいッ」


 コンマ数秒にも満たない間に、全ての武器を手刀で粉微塵にする。

 しかし、その次の展開に僅かに目を見開いた。


 影の中で移動をしていると予測していた少年が、目くらましに使った武器の中から師へと飛び出すようにして姿を出したのだ。


 前面には全力を振り絞ったであろう闘気が、所々で切り裂かれながらも体を守っている。

 極限の集中力が、三日という短い間に闘気の精度を遥か高みへと押し上げたのだろう。とはいえ、この土壇場で師の手刀を防ぐほどの闘気を引き出すのは並大抵の意思では出来ない。


 経験値が高く、あらゆる敵の最善手を網羅しているであろう師に対する奇策。節穴だらけのものだが、飛び出した少年の気迫が、師の動きを一瞬止めた。


「らァあああッ!!」


 満身創痍の己を鼓舞する叫びと同時に繰り出した拳は、片手で師に止められる。

 それでも、ついに反撃を成功させた。


「よくやった」


 師からの小さな激励の声を最後に少年は地面に倒れる。

 規則的な息遣いが聞こえるため死んではいない。三日の間の疲れが押し寄せ夢の世界に旅立ったようだ。


「まだ闘気を知って二年程でこれか。随分と楽しませてくれる」


 日々の成長は微々たるもので、少年に才能がないのは事実。

 ただ、それ覆すのが【進化】のスキルだ。


 このスキルはあらゆる限界を超えて確実に成長し続ける。

 そして保持者が極限の状況に追い詰められている時、このスキルは真価を発揮するのだ。

 とはいえ、並大抵の危機では追い詰められている状況にはならない。今の少年のように命の危機に瀕している時がもっとも成長する瞬間。


 ただし、命の危機に瀕し続けて生き残れるものなどいるはずもなく、その真価が発揮される機会は無かった。


――今ままでは。


「面白い。お前なら頂きに届くかもしれんな・・・・・・」


 そう言い、思い浮かべるのは都市に佇む龍だ。

 まごう事なき世界最強の存在。


「まっ、その前に死ぬ可能性の方が高いか」


 そうならないようにするのが己の最後の役割かと笑みを深める。









 それからも日々修練の苛烈さは増すが、その合間の時間で師がよく外の話をするようになった。


「大量の水ですか? この都市を包む程でしょうか」


「ははっ、そんなもんじゃねえぞ。大陸全域を呑み込むぐらいはある。舐めるとしょっぱくてな、飲めたもんじゃねえが、そこに棲む生物はかなり美味しい」


 気まぐれで話す外の世界を思い浮かべ、少年は目を細める。その世界が、ずっと遠くのものだから。

 飛び出す事の出来ない閉塞感と、一度でいいから見てみたいという望みが生まれる。

 そんな様子の少年を横目に、師は笑いながら言う。


「なぁに、お前は覇王たる俺の弟子だぞ。数年もすれば外にも出れるさ。ここで焦るな」


「覇王、とはなんでしょう?」


 初めて聞く単語に少年は首を捻る。


「おっと、教えるの忘れてたか」


 そう言うと、師は落ちている棒で地面になにやら書き始める。

 三角の形で、途中で何本か横線が入っているものだ。


「これは世界の力関係。簡単な縮図だ」


 一番下の大きい枠は一般人。その上を冒険者や傭兵と魔物、その上が貴族と呼ばれる者達であると次々に書き込んでいく。


「貴族は強力なスキルを継承しているからな、中位から高位の貴族であればAランクまでであれば討伐は可能だろう」


 継承、それは一人につき一度のみ行使が可能な能力だ。

 簡単にまとめれば、他人に自身のスキルの一つを譲渡できるというものである。


 貴族はこの継承を使い、代々の当主が強力なスキルを受け継いでいくことで力を維持し続けているという。


「で、貴族共の上がSランク以上の魔物と特級の冒険者になる。一貴族ではこいつらの対処は不可能だな。国の騎士団が総出でなんとかといった具合か」


「Sランク、でもそこなのですか」


 まだ上には三つの枠があった。

 国を脅かす程の魔物であっても頂点ではない事に少年は驚く。


「ちなみに、今のお前はここだ」


 師が指した場所は上から三番目の枠、Sランクの魔物より上の場所だ。

 Sランクと同等程度だと推測していた少年だが、予想以上に自身の力が上がっているのかと少年は少し安堵する。


 毎日師を相手にしていいようにされているためか、本当に成長できているのか分からなかったのだ。


「ここはSSランク、魔物の中で最高位の連中と、後は大罪と美徳のスキルを持つ連中なんかだな。ここら辺になってくると、国での対処は少々厳しい。同盟国での合同が推奨されている」


「・・・・・・本当に、自分にはそれ程の力があるのですか?」


「ある。ここにいれば感覚が狂うが、既にお前はSSランクの魔物を一体倒している。つい最近殺した人形がそれだ」


 そう言われて、少年はいつかの人形を思い出す。


 見た目は可愛らしい人形だった。

 フリルのついた服を着飾った少女の人形。今までの魔物とは明らかに違う容姿に困惑する少年だったが、すぐにその警戒心は最大のものへと引きあがる。


 人形がカタカタと震えだし、妙な叫び声を上げたかと思えば、突如として無数の魔物が現れたのだ。 【生道世界】の中であったため、おそらくは人形が生み出した者達だろう。


 どの魔物も強いうえに、人形が操っているのか、明確な目的と挟み撃ちのような戦術を使ってくるのだからたまったものではなかった。


 結果として、十数本の骨折と引き換えに少年は人形を倒したが僅かにでも意識が途絶えていたらその時点で死んでいた事だろう。


「あれがSSランクですか」


「あぁ。そしてその上が、覇王だ」


 上から二番目の枠。

 同盟国でないと対処ができないとまで言ったSSランクよりも上の力を持つ者。


「師匠の力は複数の国を相手取れるという事、ですか」


「阿呆か、お前が俺の力を一番理解してるだろうが。――たとえ大陸で攻めてこようが俺には勝てぬさ」


 不敵に笑う師に気圧されて少年は鳥肌が立つのを感じた。

 しかし、少年は確かにとも思い納得する。自分がSSランクと同等であるならば、その全力でも全く届かない師であるならば、と。


「現状の覇王は俺を含めて七。でもまあ、俺が一番強いだろうから他の奴の事は気にするな。はっはっは!」


(それにしても、枠が一つ変わるだけでこれほどまでに差が出るのか)


 であるならばと、恐る恐ると言った風に少年は一番上の枠に視線をずらした。


「ふっ、怖くなったか?」


「怖いですよ。怖くない日はありません」


「良い事だ。恐怖を忘れた時、足をすくわれるからな。もう気付いているだろうが、この縮図の頂点」


 師は指で、現実世界で龍がいるであろう場所を指さす。


「あれが、極星だ」


「・・・・・・戦力はどの程度なのでしょう」


「まず勝てん。見つけたら逃げるのが最善手だ」


「・・・・・・」


 もう数年とその極星と同じ場所に居ますけどと、若干死んだ瞳を師に向ける少年。

 そんな様子の少年に苦笑しながら、師はだがと言葉を続ける。


「絶対に勝てない訳ではない。アル相手でも俺であれば百回に一回は勝てるだろう」


 百回に一回、逆に言えば九十九回は死ぬという事。

 あまりにも低い確率だ。少年は今の自分に置き換えて確率を考えるが、そうなると勝てる可能性すら全く見えてこない。


「あと、どれ程の鍛錬が必要なのでしょうか」


 現状を把握して、少年が口に出したのは鍛錬についてだった。

 その果てしない先を聞いて絶望するのではなく、確かに踏むことの出来る道を知って最善手を打つために。


 そんな少年の様子に師は口角を上げる。


「お前はなにを望む」


「外へと、世界を見てみたいです」


「龍を倒さねば出れないとしてもか?」


「初めてなんです。何かを心から欲したのは。だから、倒します。倒さねば進めないというのなら」


 いつしか少年の瞳には小さな光が宿っていた。

 数年前には消滅したそれが、この場での時間によって少しずつ元の形へと戻りつつある。


「・・・・・・そうか。ならば今日はもう休め」


「えっ、まだ日も落ちてないですが」


「明日に備えろと言っているんだ」


 明日になにかあるのかと少年は考えるが、思い当たるものが何一つない。


「剣術を教える」


 思わず目を見開く少年。

 体が出来上がっていないからと、一度も教えられなかった剣術。

 もう教わる事は出来ないだろうと半ば諦めていた、頂きの技術。


 少年の目的は外に出る事だ。

 そのためには師の剣術の習得は必須だと言える。


 ようやく次の段階に進めるという高揚と、師に少し認められたという事実になんともいえぬ感情が湧き上がる。


「ありがとう、ございます!」

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