第11話 練度
「はぁっ、はぁっ!」
俺は一体何をしているのだろうと、少年は息を乱しながら疑問を抱く。
現在、少年は【生道世界】で創造した世界の中で、都市の城壁の内側に沿ってひたすらに走り続けていた。
「ペース落ちてるぞ。息継ぎを考えろ」
先日殺し合いをした相手と共に。
(本当に、なんでこんな事になってるんだ・・・・・・)
時は先日にまで遡る。
「詰みだ。小僧」
首筋に当てられた剣先。
この距離まで近づかれてしまえば最早どうすることも出来ないと、少年は体から力を抜いた。
今まで必死に抗ってきたが、本当にどうしようもない死の前には案外簡単に諦められるのだと知り、今までの人生はなんだったのかと少年は自嘲気味に笑みを浮かべる。
首が飛ぶ瞬間を覚悟する中、男の発した言葉に少年は呆けた声を漏らす。
「お前、俺の弟子になれ」
「・・・・・・え?」
どんな場面であろうとも冷静な思考を続けていた少年の思考が止まった。
ここは戦場で、今の瞬間まで殺し合っていた敵がいきなり『俺の弟子になれ』などと言うのだ、混乱しない訳が無かった。
「一体、どういう・・・・・」
「ちなみにお前に拒否権は存在しない。一度俺が殺したようなものだしな。お前の命をどう使おうとも俺の勝手なわけだ」
それはあまりにも傲慢な台詞であったが、なにか言い返そうものなら叩きのめされる未来しか見えず少年は口を噤む。
「早速明日から特訓だ。今日は早めに寝ておけ」
その後スキルを解除し現実に戻ると、男はその場に寝転がりすぐに寝息を立て始めた。
訳も分からない状況に少年は混乱するが、取り敢えず周囲の警戒をしながら目を瞑る。到底寝る事など出来なかったが、本当に久しぶりに話が出来る存在が居た事に、今までとは違うものを感じていた。
運よく魔物が来ることもなく日が昇り、男は目を覚ますと、訓練方法を考えるからと少年にステータスを尋ねた。
「お前、舐めてんのかあ゛ぁん?」
素直に答えたにも関わらず、男は額に青筋を浮かべ少年にアイアンクローをかます。
「痛たたたッ!」
「スキルはまだいい。しかし練度が殆どEだ? 体が出来てなさすぎるだろっ?!」
「れ、れんどって?」
「ん? 知らないのか?」
男は少年を放ると、溜息吐きながら説明を始める。
「練度ってのは、ようは体がどこまで仕上がっているかの度合いだ。ただ示す為のものならそれで終わりだが、こいつはステータスの能力値に大きく関係する」
男の話をまとめると、ステータスに表記される練度の階級によって能力値に補正がかかるとの事だ。
階級はF~Sまでの七階級。
Fでは、ステータスの変化はないが、Eに上がると、能力値が1.1倍される。Aまでは0.1ずつ上がっていくが、Sになれば一気に2倍の補正が掛かるらしい。
少年は数値の話をされても全く理解できていないが、男の強い言葉から、この練度を上げるのには重要な意味がある事だけは理解した。
「そんな訳で、お前はまず体を作り上げる事から始める。今から俺が終了だというまで走り続けろ」
「え? こ、ここで?」
「お前には便利なスキルがあるだろ。それを使って、都市の城壁に沿って走るんだ。あと敬語使え、師匠だぞこら」
という経緯を経て、少年は現在【生道世界】で創造した空間の中でかれこれ三時間程走り続けている。少し休もうとすれば、師匠からの拳骨が飛んでくるため、全力での走りだ。
「はぁ、はぁっ! いつまで、走り続けるん、ですか!」
「おいおい、もう体力がなくなったのか」
少年の隣で同じ速度で走っていたはずの師匠は息一つ切れていない。化け物じみた体力を持つ男に、少年は何故自分はこんな怪物に戦いを挑んでしまったのかと、即座に撤退をしなかった自分を恨んだ。
「仕方ない、少し休むか」
ようやく地獄のマラソンから解放され、少年はへたれ込むようにして地面に倒れる。
筋肉がずっと痙攣していて今日はもう立てないと、仰向けになって暗い空を見上げた。
そんな少年の元に師が近づき、無遠慮に足を掴む。
「え、えと。なんで、しょうか?」
「柔軟だ」
「じゅうなん?」
「戦いにおいて体を自由自在に操れるというのは凄まじいアドバンテージになる。これからは、アップが終わった後必ず柔軟をするぞ。なあに、俺が解してやる。お前は星でも眺めていろ」
そう言うと、男は少年の膝を胸元に押し付けたり、開脚したりと筋肉を解していく。
「いたっ! 痛いです!」
「当り前だろ、柔軟なんだから。大丈夫だ、もし筋肉が切れたとしても俺のスキルで直してやる」
そういう事ではなくもっと加減してくれと脳内で訴えかけるが、師は黙々と柔軟を続ける。
なんとか体を逃そうとするも、ステータスに差があり過ぎて無意味な抵抗にしかなっていなかった。
(この人は、一体どういう人なんだろうか)
途中から抵抗する事を諦め、少年は違う事に意識を割く事で痛みに耐えようとしていた。
現状で最も疑問に思っている事はやはり目の前の男の事である。
突然『弟子になれ』と言った不思議な人物。いや、人である事でさえまだ不確かだ。
何もかもが疑問に満ちているが、一つ確かな事は、少年を瞬殺出来るだけの力を持っているという事。
故に、敵であろうと何であろうと関係ないのだ。
対抗するだけの力を身に着けなければ、なにをしても無意味なのだから。
だから、少年は自分が抱いている疑問を尋ねるべきか思考する。
(今は、別にいいか)
焦って聞く事ではない、優先すべきは生きる事のみだ。
ブチッと何かが切れる音が響いた。
「――ッ?!」
どこかしらの筋肉が断裂した音だ。
油断している瞬間に訪れた激痛に、少年は瞳に涙を浮かべた。
「あっ、すまんすまん。【再生】」
本当に悪いと思っているのかという程の謝罪の後、男は患部に手をかざしスキルを発動させる。みるみるうちに痛みが治まっていくのに少年は驚く。
「凄い、このスキルがあればポーションなんていらないんじゃ」
「確かに殆ど使わねえが、戦闘ではなにが起こるか分からん。備えはあった方がいいぞ」
ただの独り言だったが、師はその呟きに答えを返す。
その後、もう一度同じ過ちを繰り返した後、少し体力が回復したところで再度走らされ、心身ともに疲弊した少年は寝るようにして地面に倒れた。
「・・・・・・死、ぬ」
「はっ、この程度で死ぬかよ。まぁ今日は初日だ。この辺でいいだろう」
地獄からの開放に安堵する少年の傍ら、師は少し離れた場所に移動して腰から剣を抜き放つ。
「休息している間は俺の剣を見ておけ。それだけでもある程度の勉強になるはずだ」
男はそのまま剣の型を流すようにして振るっていく。
剣の速度は非常に遅く、少年でもどのようにして振るわれているのかがよく見えた。
(全く、ぶれないな)
ナイフというリーチが短いものでさえ高速で振るえば、コンマ数ミリ単位のぶれがでる。しかし、眼前で行われている剣技は、そのぶれが全く見えなかった。
そして、一撃ごとに空間が僅かに歪んでいるように見える事に少年は疑問を抱く。
「歪ませるスキル?」
自然にあんな現象は現れないだろうと判断する。
しかし、
「いんや違う。こいつは超高密度の闘気を剣に纏わせる事で空間を強引に歪めているのさ。お前、目がいいな。良い事だ、死ぬ確率が一パーセントは減るぞ」
剣舞を続けながら男が言う。
闘気とは、スキルによらず、人の力のみで高められる力だ。
大抵は武人が体を強化するのに用いる。
理由としては、防御力の上昇と筋力の上昇が大きいからだが。一番は体以外のものに干渉させる操作が非常に困難であるからだ。
どれだけ闘気を磨いた武人であろうとも、死ぬまで不可能であったという事例は山の数ほど存在する。
それを片手間にやっているこの男がどれ程異常であるか。
知識がない少年にはその凄まじさをあまり理解していなかった。
「お前には闘気も習得して、俺と同じ精度まで磨かせる」
「それは、難しいのではないでしょうか?」
少年の世界は狭い。
しかし、今思えばこの都市の人間で闘気を使えるような強者は一度たりとも見た事がないと以前の記憶を掘り起こす。
簡単なものであれば誰もが習得しているはず。難しいものであっても数人は習得しているだろう。ただ、一人もそんな心当たりがないのは明らかに異常だと感じた。
「それがどうした? 数十年単位の修行を数年に収めれば済む話だ。死ぬ気で付いて来いよ」
単純な話だった。
少年は即座に強くなれるものを手に入れようとしていて、師は数年単位の修行を行っている。その認識の差だ。
「それまでは俺がお前の御守役になってやる」
男が師匠だと言っても、この都市では自身の命は自分で守る。一人である事に変わりはないと、常に神経を尖らせていた。
しかしこの瞬間、少年は自分の傍に誰かがいるのだとようやく感じ取り、少しだけ気が楽になるのを感じた。
「お願いします、師匠」
壊れた世界で、師弟が生まれた瞬間だった。
◇
それから一年。
少年は毎日走り続けた。一か月ごとに体力限界まで時間を延ばされ、今では半日の間全力で行動できるまでになった。
現在のステータスは、
=============================
名前:―― Lv:673
種族:人間
年齢:13歳
体力:B
魔力:E
筋力:B
敏捷:B
耐久:C
スキル:【生道世界】、【進化】、【料理人】、【影の王】、【衝撃波】
称号:なし
=============================
魔力以外の練度が軒並み上昇し、Bになっていた。
ひたすらに特訓をし続けていたため、レベルは一つも上がっておらず、新しいスキルも獲得していない。
「ふッ!」
「遅い、もうワンテンポ速度を上げろ」
【生道世界】の中で、少年が師に拳を振るう。
半年ほど前から始まった組手だ。
体の感覚を掴むという意味での訓練だが、初めは柔軟の効果か、一つ一つの動作が大きく、慣れるまで混乱した。今の目標は、何度も筋肉を切ってくれやがった師へ拳をプレゼントする事だが、半年の間一度も当てられていない。
(一つ一つ、手を学べ)
少年の戦闘は機械のそれに近い。
一度行われた行動パターンを確実に記憶し、それに対する対処法を思考しながら己が詰む攻撃パターンを予測する逆算の戦闘。
幸い、速度だけは相手が合わせてくれているため、幾つかのパターンを想定する事は可能だ。
ただ、それ以上に師の経験値が高すぎる。
拳をしゃがんで交わし、地面に両手を付いた状態から足を天に突き出す。
「そこは【衝撃波】で範囲を広げろ。隙だらけの足をやられるぞ」
紙一枚の差で攻撃を回避される。完全に攻撃を掌握されている状態だった。
そう言いながら少年の足首を掴むと、強引に横に投げ飛ばす。
「ぐっ!」
宙で回転して師の姿を捕らえる。
常に姿を把握し続けなければそれだけで詰んでしまうからだ。
初めて出会った時、一瞬にして距離を詰められたのをスキルによる効果だと少年は思っていたが、どうやら違うようで、純粋なステータスの差と特殊な歩法技術によるものであったらしい。『今のお前でもやろうと思えばできん事もないぞ。特訓が倍になるが』と、並走しながら師は語っていた。
(見えても空中じゃ!)
「さて、どう避ける?」
まるで瞬間移動と変わらぬ速度、しかし前回とは違い僅かに移動が見えた少年だが、対処法が思いつかず腕で防御態勢をとる。
「いい的だな」
師は嗜虐的に笑みを浮かべると、防御している腕目掛け拳を振るう。骨が折れる鈍い音が響き、そのまま振りかぶって少年は地面に叩きつけられる。
「い、いてぇ」
地面に体がめり込んだ状態で少年は呟く。
一年前ならばただの痛いでは済まなかったが、練度の上昇で全く違う耐久力に変化したため、涙を零す程度で済んだ。
「ほい、終了。空中戦が苦手か?」
「やはり、体を自由に動かせないので・・・・・・」
「幾らでもやりようはあるぞ。お前なら【衝撃波】を駆使すれば飛行生物ともやり合えるはずだ。まあ慣れだな」
次から次に課題が浮かび上がる。
少年は師との訓練をしている間はいつも、今まで生きてこられたのは本当に運が良かったと常々思い、何処ぞにいるかも分からない神に少しだけ感謝した。
「そろそろ魔物を狩るか。俺も間引く数を減らしたから適当な奴がいるだろう」
少年は起き上がり、折れた骨を強引に定位置に戻す。
これは師から言われた事で、自然回復能力を上げるために回復のスキルは大怪我以外には使用しないのだ。
【進化】の特性を利用して回復能力を上昇させる意味合いがあるらしく、最初は全く信じていなかった少年だが、一年を経て、骨折程度ならば半日放置していれば再生するようになった。まあその分だけ師にぼこぼこにされた訳で、少年は密かに復讐の火を燃やしている。
「魔物って、この周辺の奴ですか?」
「当り前だろう。外の雑魚を狩ってもなんにもならん」
「一つもレベル上がってないんですが、大丈夫ですかね」
少年は今の自分の力がどれ程なのか正直計りかねていた。
以前よりは格段に強くなっているのは分かるが、やはりステータスの数値で見た方が安心するのだ。
「大丈夫だ。出来る事なら練度をAにまで上げたかったが、そちらは狩りと並行してやっていこう。今は兎に角経験だ」
そうして、一年ぶりの魔物との戦闘が決まった。
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