第10話 ターニングポイント

 周辺の魔物を粗方狩り尽くし経験値に変えた少年は、更に中心に近づこうと準備を進めていた。

 とはいえ、武器の準備はすぐに終わったため、荷物を陰に収納して拠点にしていた地下から地上に出る。


「ありがとうございました」


 最後に、この家の主であったであろう死体に頭を下げ、いくつかの花を置き、拠点を後にした。


 瓦礫の影の中を移動して中央に近付いていく。

 そのまま四年前までは本能が大警鐘を鳴らしていた地点に足を踏み込む。今でも肌がひりつくような感覚がするが、入れない領域ではなくなっていた。


 視線を巡らせるが、周囲の環境に特段の変化は見受けられない。

 いつもと同じように、崩れた建物の瓦礫があるだけだ。違いを挙げるとすれば、四年前と比べ植物が生えてきていることぐらいだろうか。

 こんな環境でも植物は誕生するのだからたいした生命力である。


(身を隠せそうな場所が少ないな)


 少年が探しているのは次の拠点となる場所だ。

 可能ならば、できるだけ身を潜められる建物があればいいのだが、龍が着陸した地点に近付いているため、爆風によって殆どが潰れている。


 今日中に見つからなかったら、一度引き返そうかと考えていた時、少年の視界に奇異な光景が映り込んだ。


(あれは・・・・・・?)


 建物の一角、ある一点から半径十メートル程の範囲にサークルが出来ており、瓦礫が全てが一掃されていた。


 その中心に、人の姿をしたなにかがいる。身長はおよそ百九十センチ、白髪の髪を短く切りそろえた男性のように見える。腰に剣を帯剣した状態で地面に胡坐をかいて座っており、目を瞑っている事から、寝ているように見えた。


 どこからどう見ても人間のようにしか見えないが、以前の経験から、それがなにかをおびき出す為の罠だと判断した少年は、決してサークルには入らず、ある程度距離が離れた瓦礫の間から覗く。


 それから時間も経たぬうちに、少年と反対の場所から一体の魔物が姿を現した。


(あれは強いな)


 一見して分かる魔物の強さ。

 双頭を持つ犬に近い姿をした魔物だ。漆黒の毛皮の装甲は、半端な武器では通用しそうになく、殺気に染まった血走った目と視線を合わせるだけで委縮する程。


 少年は自分に意識が向かないようにと極限まで気配を薄める。勝ち目はない事もないだろうが、出来る事なら戦闘を避けたいと思う程には異様な覇気を纏っていた。


 魔物は口から時折炎を出しながら、サークルの中に入っていく。


 中心に座る男に近付き、頭の一つがその巨大な顎を開いた時、


――男の目が静かに開く。


「雑魚の相手も疲れてきたぞ」


 男が呟きと共に剣を柄から抜き放ち一閃する。剣線は魔物の体に吸い込まれるように侵入し、抵抗する間もなく駆け抜けた。

 あまりにも自然で、あまりにも美しい動作に少年は一瞬目を奪われた。


 剣を納刀し男が立ち上がり、腕を天に向けて伸ばしている中、魔物の体が幾重にもずれて崩れ落ちる。


(・・・・・・いやいや、一体なんなんだあれは!)


 人間の姿をしたなにかが罠である可能性は完全に消えた。

 ただただ、本体がその場に座っていただけだ。


 今の少年でさえ気後れするような相手を、まるで蝿を払うかのように惨殺した正体不明の生命体に、強靭な精神力を持っていてなお動揺し少年は一歩後ずさる。


 それがいけなかった。


「ッ?!」


 男の顔が突然振り返り、少年と視線が交差する。

 十メートル以上の距離が離れているが、少年の勘が確実に気付かれたと特大の警鐘を鳴らす。


(逃げないとッ!)


 少年はその場から離れようと即座に体を反転させる。


「お前、気配を消すのが上手いな」


 しかし、反転させた先に視線の先にいたはずの男が立っていた。

 間近でその顔を確認し、やはり人間のそれにしか思えないが、剣の柄に片手を置き、放つ殺気は明らかに臨戦態勢。味方に向けるようなものではない。


 おそらく相手は移動系のスキルを持ち、あの距離を一瞬に移動したのだろう。

 少年は、屈んだ状態で陰からナイフを取り出すと男の首目掛けて一閃する。


「おいおい、粗悪品過ぎるだろ」


 振るったナイフの刃が粉砕され、宙に散らばる。

 男の攻撃が見えなかった事に少年は冷や汗を流しながら、足を軸にしてその場で一回転。裏拳を宙で粉砕した刃の破片にぶつける。


 破片全てに衝撃波を通し、それらは弾丸となって男に迫る。


「ふむ、それは悪くない」


 聞こえてきたのは少年の背後、残像を残す程の超高速で移動した男は少年が次の行動に移行する前に首を掴むと、強引に投げ飛ばす。


(全く、抵抗できない!)


 掴まれた瞬間に分かるレベルの差。

 レベルも技術も全てを劣っているのなら、正面から戦っても勝てる見込みはない。少年は空中で体勢を整え、眼下の男の姿を視界に捕らえると、【生道世界】を発動させる。


「ほぅ、成程な。いいスキルを持っている」


 環境が変化したにも関わらず、男の表情には微塵の動揺もない。

 それどころか、時間が経つにつれて機嫌がよくなっているかのように、瞳になにかが宿っていく。


「――来い」


 男の背後の陰から飛び出し、収集した武器の一つであるバトルアックスを振り下ろす。

 刃先が肩に触れる瞬間、剣に手をかけた男の腕が一瞬掻き消える。


 瞬間、男を中心として俺に届く寸前までの空間が切り取られるようにして消滅した。


 少年はその場から飛び下がり、次の一手を思考する。


(相手の限界が全く見えない。どうすればいい!)


 それは少年にとって初めての展開だった。

 今までであれば、戦闘でなくても、逃げるための算段を考える事が出来た。


 しかし、今回はその算段が全く思いつかないのだ。

 逃げる事も、倒す事も、僅かのぶつかり合いで否応にも理解してしまった、少年が一定以上の力があるため理解できてしまった差は、考慮すれば全ての選択肢が封殺されてしまう。


 相手の裏をかこうと隙を探すが、その隙すらない。


(場所を移動して、いや、相手を視界から外す方が危険なんじゃ。だとすれば影の中から狙い続ければ――)


 膨大な思考を処理しようとすると、人間は一瞬動きが止まってしまう。

 数秒にも満たない程の僅かなものであったが、眼前の男にはそれで充分。


 一瞬にして少年の目の前に移動すると、膝を曲げて少年の腹部に蹴りを叩き込んだ。


 ドゴォン! と、ただの蹴りではあり得ないような轟音と共に、少年の体がボールのように吹き飛び、背後にあった建物を次々に破壊していく。


「ぶふッ・・・・・・!」


 今までの敵とは比べ物にならない威力の攻撃をその身に受け、少年は口から血を吐き出しながらなんとか意識を保ちつつ、致命傷にならないように己の身を守る。


 ようやく体が止まると、再度血を吐き出し、震える体でなんとか立ち上がる。

 その瞳だけは、まだ死んでいなかった。


(・・・・・・俺では、勝てないな)


 どのような奇策を用いようとも、今の自分では勝てないと判断した少年は、勝つための算段を切り捨てて、逃げる道だけを模索する。


 しかし、どれだけ高速で影を移動しようとも必ず一度外に出る必要は出てくる。

 現状ではその間に殺される未来が容易に想像される。


(なら、俺だけに構えるような状況でなくなれば?)


 このスキルを解除し、地面を全力で叩く事で周囲一帯に響く程の音を立てる。

 そうすれば他の魔物が襲いに来るだろう。ここら辺の魔物が殺し合うのは既に少年自身の目で確認している。


 つまり、魔物同士で同士討ちさせる事で現状を打破しようとしているのだ。

 当然、少年自身にもその脅威は襲い掛かるが、その選択以外に目の前の男をどうにかする算段が思いつかなかった。


 覚悟を決めた少年がスキルを解除しようとした時、不意に静かな声が鼓膜を揺らした。


――我流・叫嵐


 思考よりも先に体が反応した。

 少年は咄嗟に瓦礫の陰に入りこみ体を隠す。


 その判断は、少年の命を繋げる最良の選択だった。

 一瞬前まで少年が立っていた場所を含む、男の周囲十メートルの半球体の空間全てに剣戟が咲き乱れる。


 建物全てが瓦礫に、そして灰のレベルにまで切り刻まれ、彼方へと消えていく。

 一瞬にして、何もない更地のサークルが生み出された。


 瓦礫が消え、影の中に潜めなくなった少年は、技が収まるタイミングで強制的に地上に放り出され、その光景を目にする。


(あの場所は、この男が作り上げていたのか・・・・・・)


 少年の首筋に剣先が当てられる。


「詰みだ。小僧」


 月を背後に見下ろす男。

 この距離まで近づかれてしまえば、もう何もすることは出来ない。動作を行う前に首が斬り落とされて終わりだ。


 魔物が進行してきて六年。


 唯一の生き残りである少年が敗北した瞬間だった。

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