第9話 成長
月日の流れは早い。
少年がこの場所に足を踏み入れてから四年が経とうとしていた。
当初の目的であったポーションや武器についてだが、武器屋らしき建物は見つけたものの、ポーションはほぼ全てが壊れており、残っていたのは二本だけだった。
一本は既に使用し、残るは一本のみだ。
武器はまだ使えるものがあったため、影の中に収納している。
この四年、少年は理不尽な敵と戦い続けてきた。
例えば、幻を見せて混乱させて来る花の魔物。あまりに硬すぎて全ての攻撃が通用しない亀の姿をした魔物。体を両断すれば複数体に増殖する魔物。もう何度神に呪詛を吐いたかは覚えてもいない。
混乱の魔法に対しては、ナイフを足に突き刺して痛みによる脳の覚醒で対処した。最初はまさか花のような小さなものが魔物だとは思わず、必死に敵の正体を探っていたが、ふと、殺気を感じ花を潰したらレベルが上がり少年は呆けた顔で何度か花を見直していた。
圧倒的な防御力を誇る亀は他の魔物と合流させて、両者が弱ったところに止めを刺した。しかし、弱っているとはいえ相手は魔物、備えはあったがそれでも攻撃を喰らい一時二体同時に相手をする羽目になったのは軽いトラウマとして根付いている。
増殖する魔物は、本体だと思っていたものとは別に核のようなものが存在した。
狙ってではないが、新しいスキルを用いて戦っている中で偶然にそれを破壊して事なきをえたのだ。
そんな風にして生き延び、少年のレベルは六百の台に上っていた。
「そろそろ移動も考えた方がいいか」
拠点とした地下室の中で魔物の肉を咀嚼しながら呟く。
少年の身長は百五十センチ前後に伸び、肉体には確かな筋肉が見て取れる。
この地に来てから、既に数百の戦闘を乗り越え、少年の強さは一端の騎士のそれよりも遥か高みに上っていた。
それでも、この都市の中ではまだ中間のレベルに辿り着いているかも怪しいが。
「最後はあいつにするか」
少年の言うあいつとは骨の魔物の事だ。
この魔物はおそらくこの周辺の中では最強の魔物であると少年は感じていた。この魔物は倒した相手の骨を吸収し、自身の肉体を強化していく。
以前よりも格段に強くなっており、体も二倍ほどの大きさになっている。
それでも少年は勝ち目があると考えていた。
というのも、この四年間で手に入れたスキルだ。
スキル名は、【衝撃波】。
自身の攻撃に伴い、その攻撃の倍の衝撃を巻き起こすというものだ。
【影の王】に次ぐ破格の性能を誇るが、操作精度の一点だけは異常な難易度を要求される。
スキル発動中は、己の行動一つ一つにスキルの力が適用されるため、踏み込みの一歩だけでも衝撃波が発生する。
その上、その衝撃波が難点であった。
攻撃と同時に、衝撃に指向性を持たせなければならなかったのだ。
その過程を飛ばすと衝撃が全体に広がり、少年自身にも衝撃を受ける。一度それで腕の骨が粉砕して、ポーションを一つ飲む羽目になってしまった。
このスキルがいかにして通用するのか、だが。
骨の魔物が別の魔物との戦闘中に、一度丸い球体のようなものが見えた事がある。骨の魔物はその瞬間だけ、焦るようにして後退したのだ。
その異様な反応から、球体が人間のいうところの心臓部なのではないかと少年は予想する。一度似た魔物を倒しているため、尚更そうなのではないかと考えていた。心臓部があるのなら倒しようなど幾らでも存在する。初戦の物理攻撃の効かなかった敵よりは対処しやすいだろうと脳内で仮の戦闘を再現していく。
「にしても、四年で一つか・・・・・・」
四年で取得した新スキルは【衝撃波】のみ。
もうこうなってくると、少年は有用なスキルで脱出する選択は半ば諦めていた。
いつまで時間が掛かるか分からないものよりも、スキル目的ではなく脱出できる程のポテンシャルを得る為にレベルの方を上げ続けようと考えをシフトする。ポジティブに考える方が多少は心にも余裕が出てくるのだ。
「出るか」
魔物の肉を食べ終わると、立ち上がり地上への階段を上る。
地上に出ると窓から射し込む夕暮れの光が少年を迎える。
いつものように微動だにしない龍を数秒間眺めた後、影の中に潜り骨の魔物の探索を始める。
目標はそう時間をかけずに見つけ出すことが出来た。
別の魔物の狩りを済ませた所らしく、多数の頭蓋骨が魔物の死体に食いついている。
少年は食事中の魔物に対してスキルを発動し、異界に引きずり込む。
『カタッ』
対象は骨の魔物だけのため、魔物が喰らっていた食事は消え、喰らいつこうとしていた歯だけが無様に空を切り乾いた音を立てた。
少年は陰から姿を現し、無遠慮に魔物の領域に踏み込む。
「まずは体を慣らそうか」
その場で軽く跳ねて一定のリズムで息を吐く。
見ようによっては相手を侮っているようにしか見えない行動だが、少年の無機質で感情の伺えない瞳は常に敵を捕らえており、表情からも余裕のようなものは全くなかった。
『カタッカタタッ』
魔物の頭蓋骨が一斉に少年に向く。
体を起こし、少年に正対すると、無造作に腕を振るった。
あまりにも関節が多すぎるため、魔物の攻撃はいびつな軌道を描きながら空間を破壊する。
(読みにくいが、避けられない程ではないな)
迫る攻撃を、鍛え上げてきた洞察力で完璧に見抜く。
無駄な動きをせず、頭一つ分の間隔を意図的に開けて回避する。
骨の魔物の真価はここからだ。
振るった腕が途中で角度を変えて、宙で反射するようにして少年の死角から抉るようにして返っていく。
背中に目でも付いているのかという動きで、少年はその場で宙返りして直撃を逃れる。
そして、そのまま回転する威力を乗せて右足で骨の腕を蹴り潰す。
「壊れろ」
レベルが上昇した事で得た身体能力は以前の比ではない。ただの蹴りだけで骨の一部が崩壊する。
そして一瞬の間を置き、少年が蹴りを放った場所から衝撃波が放たれ、腕を構成していた骨が吹き飛んだ。
しかし、粉砕した骨は宙で停止して瞬間的に再構成する。
鋭利な槍となって、少年目掛けて飛翔する。
少年は宙で全ての攻撃を把握、一番近い槍の攻撃を体を捻って回避し、すれ違いざまに右手で掴み取り、別の槍に投擲して破壊する。
地面に着地すると、野生の獣に近い反射神経で回避と破壊をこなしていく。
「そろそろいいか」
少年は呟きと同時に、地面を力強く蹴り上げて骨の魔物の懐へと潜り込む。
以前に見た核の場所は体の中心部だ。一際強固な骨に覆われており、核を取り出すのは困難だろう。しかし、骨が粉砕出来る事は先の小競り合いで証明された。
つまり、千でも万でも殴り続ければ、いずれは届くという事だ。
少年は一歩踏み込み、全力の殴打を叩き込む。
衝撃波が浸透し、僅かに腹部の骨が粉砕する。
『カカカッ』
少年の攻撃を脅威と認識した魔物は、巨体に見合わぬ速度で後退すると全範囲に向けて鋭利な骨を射出する。
殆どノーモーションの攻撃にも関わらず、その攻撃は並みの銃よりも遥かに強力だ。周囲の建物は蜂の巣のように穴が空き、崩れ落ちる。
砂塵が巻き起こる中、一つの影が勢いよく飛び出す。
「その反応は核があるって言ってるようなもんだぞ」
先の広範囲攻撃によって少年は体の節々から血を流してはいるが、即座に影に入る事で即死は免れたのだ。
仕返しとばかりに、気合の籠った蹴りを魔物に見舞う。衝撃波が発生し、先程よりも大きく骨の装甲が屠れた。
魔物は一度距離を取ろうと後退しようとする。
「逃がさねえよ」
少年は一度軽く息を吸い込むと、肘で後ろの空気を殴り衝撃波を発生させる。
指向性をもたせ、前方に推進力を持った体は高速で魔物との距離を詰め、再度殴打を繰り返す。
それで一度止まるかと思われたが、少年は回避しようと動く魔物を追随し、一秒たりとも攻撃の手を止めない。呼吸を止め、戦いの中で修正を繰り返し、敵を追い詰めていく。
骨の魔物は攻撃を受けながら、不意に少年の瞳を見た。
――お前を殺すまで俺は止まらないぞ。
『カタカタカタカタカカカッ!』
それは嘲笑か、はたまた悲鳴か。
魔物は回避を止め、全力で少年を屠りに移る。
圧倒的な力と力がぶつかり合う。
最早周囲に建物の姿は残っておらず、爆心地と変わらぬ死地と化していた。
数分間の連撃の末、少年の攻撃は魔物の再生速度を上回り、魔物の核を保護する骨は殆ど削り切る。少年の視界に球体の端が映った。
一歩、強く踏み込む。
衝撃波が周囲全体に広がり、魔物の動きが一瞬止まった。
(終わりだ)
一瞬であれ、隙が出来れば十分。
少年は再生する前に右の正拳突きを叩き込む。
核が壊れる感触が腕を伝い、一斉に骨が飛び散る。
「うっ・・・・・・おぇええ・・・・・・」
少年はその場で膝を付き、盛大に嘔吐する。
数分もの間無呼吸で戦い続けたため、体が異常を発したのだ。
呼吸を繰り返す少年の背後で、先程の核とは異なる球体が宙に浮かび上がる。
それは魔物が隠していたもう一つの核だ。長い月日を経て進化し、核が二つになったのだ。
核を中心として周囲の骨が集まりだす。
少年を殺さんと体を構築している最中、少年の体が不意に地面に沈み、それと同時に核に剣が突き刺さる。
剣の出現している場所は核の影からだ。
その影から少年は姿を現すと、剣を振り抜いて核を完全に破壊する。
「核が複数ある事は想定済みだ。まあ、たったの二個なのは予想外だったが」
そう呟きを零し、少年は仰向けに倒れて息を吐く。
「久しぶりに、ちょっとだけ寝るか」
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