第8話 魔法
『□□□』
魔物は屋根に上った少年に対して新たに魔法を発動する。
魔方陣が宙に展開され、少年は軌道から外れるように横に飛んだ。
しかし、想定していた炎の魔法とは異なり、魔方陣からは宙を這うようにして雷撃が駆ける。
広範囲の攻撃に虚を突かれるも、感覚的に寸前で体を捻り、頬を少し焼かれるだけで済ませる。
(炎だけじゃないのかっ)
敵の情報を整理し、即座に戦闘の戦術を更新していく。
屋根から転がるようにして落ち、着地と同時に影の中に入る。
影の中では周囲の状況が全く分からない真っ黒な空間の為、記憶の中で敵との位置を整理する。
少年が影から飛び出したのは魔物の背後だ。
魔物は少年が吸い込まれた地面に視線を向けているため、背中はがら空きで攻撃するタイミングとしてはこれ以上にない。
少年は両手に二本のナイフを手に取ると、背後から魔物に切りかかる。
場所は首と腕を狙った一閃だが、やはり魔物の体を通り抜ける結果となった。
(飛び道具が効かなかった訳ではない、か。やはり物理攻撃全てが効かないと考えよう)
『□□□』
地面に現れる魔方陣。
一瞬の間を置いて、地面から鋭利な岩が次々に突き出し、周囲十メートルの範囲に存在する建物が軒並み倒壊した。
魔法の発動時間に見合わぬ範囲の広さに、回避行動に動いていた少年の足の側面が切り裂かれる。
「ッ!」
少年は患部を見てそこまで深刻の怪我ではないと判断するが、後々の事を考慮し一度戦闘から離れようと、魔物の姿を確認しながら、建物の死角を駆使して全力でその場を離れる。
路地の暗闇に潜り込むと、自身の陰から布を取り出して足に巻き付ける。
若干の痛みはあるが動けない程ではない。
「くそッ、やっぱり無傷で勝つのは難しいか」
建物を背にして陰からそっと魔物を横目で確認する。
(いない?)
先程までいたはずの場所には魔物の姿は既になかった。
瓦礫だけが残され、完全に居場所を見失ってしまう。
もう少し場所を離れて立て直した方がいいかと移動しようとした時、
『□□□』
「ッ?!」
声が聞こえたのは少年の背後だ。
少年は内心で動揺しながら即座に体を反転させて態勢を整える。
(見つかるのが早過ぎるッ!)
最新の注意を払い、魔物の死角を利用しながら移動したはずだった。
にもかかわらず、魔物は少年の準備が完全に整う前にその背後をとった。
その理由は、魔物のスキルによるものだ。
スキルは人間だけの特権ではない。
無論魔物にも個々のスキルが存在し、上位の魔物になるにつれてスキルの数も増し、それだけ凶悪な存在となる。
ただし、魔物のスキルは大抵が百レベル以上の魔物しか持たず、人間のようにレベルを上げれば次々と取得出来るようなものではない。
これだけを聞けばスキルの多い人間の方が有利に聞こえるかもしれないが、そうではない。
魔物が取得するスキルには無駄がないのだ。
個々に適したスキルを確実に獲得し、百パーセント以上の力を発揮する事が出来る。何故このような仕組みになっているのかは分からないが、この特性を持つことから、同レベルのものでも人間は魔物相手に後れを取る事は多い。
今回少年が対峙している魔物が保持しているスキルは二つ。
一つは魔法系のスキルで、魔力を媒介にして魔法を発現する事が出来るというもの。そしてもう一つは移動系のスキル。
名は、【追走者】。能力はシンプルにして強力。
ターゲットにした対象の傍に転移するというものだ。少年がいくら上手く逃走を図ろうと、絶対に逃げ延びる事は出来ない。
「ちッ!」
少年が陰から服を一枚取り出し、自分との視線を遮るようにして前に投げる。
その隙に壁伝いに屋根に上がろうとするが、魔物が発動した魔方陣から溢れ出る濁流が少年の体を呑み込んだ。
濁流は少年を呑み込んだまま路地を蛇のように走り、壁に激突する。
「かっは・・・・・・ッ!」
あまりの衝撃に息を吐き出す。
全身の骨が悲鳴を上げる。
「はぁ、はぁ・・・・・・強いな」
膝に手を置いて少年は立ち上がる。
分かっていた事だ。ここの魔物が外周部とは比べ物にならない事は。
しかし、それでもここまで理不尽な相手が初戦の相手になるとは思っていなかったが。
最悪の予想の敵が本当にいる事を確認して苦笑を浮かべる。
ただ、予想はしていたのだ。
――つまり、当然解決策も考えている。
「賭けになるが」
受け身で勝てる相手ではない。
少年は歯を食いしばると、悲鳴を上げる体を強引に動かして都市を駆ける。
無論、魔物が少年を好き勝手に動き回らせるはずもない。スキルで少年の行く手を阻むように転移して魔法を発動する。
突然現れる魔物の姿に未だ困惑する少年だが、魔方陣から炎に姿が視認したと同時に少年は方向を九十度反転させて直線からずれる。
炎は直線に立たなければ脅威ではない。雷は障害物に隠れ、岩は壁伝いに上空へと回避、風と濁流は寸前で陰に潜り込み回避していく。
数十秒、もしくは数分の鬼ごっこの後、少年は走るのを止めてある建物の内部に入る。
内部は広い空間が広がっており、備品などは特にない。
窓からは月の淡い光が入ってきているが、全体的に陰に覆われた暗い空間になっていた。
「・・・・・・一か八か」
魔物が空間内に転移して来る。
『□□□』
発動したのはおそらく岩を生成する魔法。
狭い空間内の床に魔方陣が展開する。ここまでは先程と変わらない。
しかし、次の瞬間、魔方陣の姿が地面に吸い込まれるようにして消えた。
動揺したように、魔物のローブが若干揺れる。
『□□□』
続けざまに他の魔法を発動し、宙に魔方陣を展開するが、やはり発動する前に魔方陣が姿を消す。
(賭けに、勝ったか)
魔法を発動出来ない魔物の姿に少年は賭けに成功した事を確信する。
少年のスキル、【影の王】の能力で影の中で魔法を発動しようとした魔物の魔方陣を影内部に取り込んだのだ。
今まで物体しか取り込んでいないため、魔法も同じようにいけるのかは不確かであった。もしも取り込めなかった場合、この狭所で魔法を回避するのは難しい。最悪一撃で死んでいた可能性もあるだろう。
しかし、結果として魔法を取り込むことに成功した。
影の内部で時間が停止するようなことはないので、影内部で魔法は発動しているが、少年に攻撃は届いていない。
『□□□、□□!』
今までにない詠唱だ。
魔物の周囲に多重の魔方陣が展開される。一つで発動できないなら複数ならと考えたのかもしれない。
それでもやはり魔方陣は消え、代わりに少年が左手を前に出しす。
「もうたくさんだ。これで沈んでくれ」
魔物の足元、影の部分から先程怪物が展開した発動寸前の魔方陣が現れる。
まさか自分の魔法が牙を剥くと思わなかったのか、数秒唖然して体を硬直させた魔物は魔方陣から出た極光の柱に貫かれる。
悲鳴にも似つかない声が響き渡ると、光の中で魔物の体が霧散していく。
光が収まった場所には何も残されておらず、光の残滓だけが部屋に舞い落ちる。
少年は自身のステータスを確認し、久しぶりのレベルアップを確認すると、魔物を倒したことを確認して安堵の息を吐く。
(良かった。魔法は効くんだな)
魔法すら効かないのであれば本当にどうしようもなかったが、こちらの賭けにも勝利したようだ。
「今回は時間が掛かりそうだな」
今までとの決定的な違いは単体で活動している魔物が殆どだという事だ。
故に、今回の魔物を倒してもその経験が別の魔物に使えるものとは限らないのだ。
初見の敵を相手にし続ければ効率化など出来るはずもない。
また数年かけて新しいスキルを目指すかと、少年は月を見上げながら溜息を吐いた。
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