第7話 魔境
少年は影の中を移動しながら都市の中央へと近づいていく。
移動に比例して緊張も高まっていき、何度か呼吸を整えるようにして深呼吸する。
(一体も、見つからないな)
ゆっくりだとはいえ、それなりの距離を移動した。外周部であれば既に魔物とエンカウントしているだろう。
しかし、中央に近付くにつれて魔物の姿が見えなくなっていた。
数百メートル程移動した地点で少年は移動を止める。
ここが自分が来れる限界だと判断したからだ。これ以上先は、そもそも体が進もうとしない。今まで培ってきた本能が言っているのだ。これ以上先は行ってはならないと。
(魔物に出会わないのなら、まずは拠点探しと武器やポーションを探そうか)
やはりポーションの恩恵は大きい。
今後も魔物を狩り続けるならば、その分だけ怪我もするだろう。命にかかわる怪我を負う前に何としてでも確保したい。
持続時間に制限があるため、影の中から偶に姿を出しながら周囲の確認をしていく。
壊れた噴水、割けた街道、真っ二つに両断されている建造物。
やはり外周部とはその在り方が違う。
身を潜めやすい路地裏は少なく、ここでの戦闘はかなりのリスクを負う事になるだろうと少年は判断する。
それにしてもと、真っ二つにされた建物を見る。
(怪物の戦い方を予想出来るかと思ったが、これは一体何があったんだ)
切断面は一直線になっている事から、おそらくはたった一撃で建物を両断したのだろう。どんな攻撃をすればこうなるのか、武器か魔法による攻撃なのか、いずれにしても少年とは比較にならない攻撃力を持っている事だけは確かだった。
移動し続けてどれだけ経ったか、ようやく拠点となり得る身を潜めるのに適した建造物を見つける。まだ比較的まともな状態で、しっかりと外から死角になる場所が存在していた。
さらに建造物の中に入り中を探っていくと、床の下に地下室を発見した。
地下には食材が蓄えられており、もしもの時の備えをしていたのだろう。
部屋の隅には、一人の死体があった。
既に体は白骨に近い状態で顔が確認できない。ただ、右手には一丁の銃が握られていた。近くには、手帳だろうか。文字は読めないが、乱雑な字で書きなぐってある。意味は分からないはずなのに、一文字一文字から感情が溢れ出ていた。
(・・・・・・まあ、そうだよな)
幸せに暮らせていた者が、こんな地獄のような環境で生きていくのは難しいだろう。大切なものを手にしたいのなら尚更だ。希望から絶望に落される時の虚無感は筆舌に尽くしがたい。
少年も一歩違えば同じ末路を辿ってただろう。
いや、脱出の糸口は見えていないのだ。今だこうならないとは限らない。
少年は死体に手を合わせ目を瞑る。
他人の自分がなにを想っても意味がないだろうから、ただ、この場所を使わせてもらいますと意思を込めて。
手から銃を取り出し、死体を綺麗に横たえると上に布を被せる。
(出るか・・・・・・)
拠点は見つかった。
次は武器とポーションを探しに行こうと陰に潜る。
◇
地理を理解しながら移動していると、不意に視界に不可思議なものが映った。
(あれは、魔物か)
一匹の犬が街道の上で昼寝をしている。
見た目は普通の犬だ。何処からどう見ても魔物には見えない。しかし、こんな環境でただの犬が生きている訳もない。少年は疑惑の視線を向ける。
そんな中、状況が動く。
『キリキキリッ』
建物の間を通って別の魔物が姿を現す。
それは一見して蜥蜴のような姿をしていた。
ただし、体長は一メートルを超え、尻尾も含めれば三メートルにも到達する。
特徴はその長い尻尾だ。鞭の様にしなやかに宙を漂う尻尾、その先端は一本の刃のようになっていた。
その魔物の名は【リュトン】。
冒険者がパーティーを組んで討伐しなければならない程の力を有している魔物だ。尻尾を鞭の様に振るい、敵を切り刻む攻撃は非常に厄介であり、防御をしていても盾の裏から対象を斬殺する。
一般的な魔物の分類として、SからFまでの階級が存在するが、その中で【リュトン】はBの上位に位置していた。
【リュトン】が犬に近付いていく。格下だと判断したのだろう。長い尻尾も使わず犬を覆い隠すようにして上に移動すると、その口を大きく開ける。
少年は魔物かどうか判断の付かない犬が食い殺される未来を予感した。
そして、次の瞬間に訪れた目の疑う光景に唖然とする。
「ッ?!」
口を広げた【リュトン】の下。
地面が突然盛り上がったのだ。一言で言い表せばそれは口だった。
回避する余地すら与えず、上の二体を挟み込むようにして二つの壁がバタンッと閉じる。
それに伴い大量の血が飛び散った。
数秒が経ち、再度口が開かれた時には既に【リュトン】の姿は消滅し、大量の血だけが残っていた。
そして、先程まで犬が座っていた場所には、今度は猫が座っている。
この魔物の名前は【グラト】。
魔法を用いる魔物で、自身は地に潜り、体を背景と同化させる事で周囲に気付かれないようにする。更には魔法で作った餌を口の上に置き、他の生物をおびき寄せる習性を持っていた。
階級はB、人間が対処する分には分かりやすい部類の魔物だが、知能の低い魔物が相手であれば、その脅威は一段上がる。勿論、知識すらない少年にも同様の強敵である。
(初見殺しにも程があるだろっ!)
少年は慌てて自分の地面を確認する。影から取り出したナイフで傷つけて反応がない事を確認すると、一先ず安堵する。
そんな矢先、不気味な音が少年の鼓膜を揺らす。
カタカタと何かがぶつかる様な音だ。
発生源は一つではない。多数の場所から聞こえて来る。
少年の視線の先に影が落ちた。
(な、んだ・・・・・・あれは・・・・・・?)
大きさは住宅と同程度。
それだけでも脅威だが、驚くべきはその容姿だ。
一言で言えば骨だ。
無数の骨が合わさり合って一つの集合体となっていた。
『カタカタカタカタッ』
腕、だろうか。
骨で構成されたそれが【グラト】がいた場所を地面を抉りながら掴む。
姿を現したのは鰐に近い姿をした魔物だ。
骨の手の中で必死に暴れているが、破壊された骨が即座に再生するため、逃げ出せずにいる。そんな【グラト】を煩わしいと思ったのか、骨の魔物はもう一本の腕を分解し、剣の形を成すようにして再構成。
そして勢いよく、自分の手ごと【グラト】を突き刺した。
動かなくなると、無数の骨が死体に食いつき咀嚼する。
その悍ましい光景に少年は顔を青くし、影の中に隠れた。
ここまで見て少年は確信した。
外周部に比べここの魔物の数が少ない理由は、魔物同士が殺し合っているからだと。
いままでは逆に群れを組んでいたりする魔物を見てきたが、ここは全く違う。個々で活動しており、弱い魔物がひたすらに淘汰されているのだ。
そして先ほどの魔物。
腕を剣の形にしたのと、両断された建物との断面を考えれば間違えない。あれの原因が骨の魔物であろう。
少年は今の自分の実力で骨の魔物を狩れるかを考える。
(いや、無理だろ)
少年の武器はナイフしかない。
そんなもので、巨大な骨の魔物に致命傷を与えられるとは到底思えない。そもそも骨だけの存在に致命傷というものが存在するのかも怪しい。
無数の骨が周囲を確認しているため死角も存在しない。
ただ、いくら骨を壊されても痛みは感じていないようであったことから、触覚はないと考えてもいいかもしれない。
『カタッカタタッ』
骨の魔物は血濡れの骸骨で周囲を確認し何もない事を確認すると、移動を始める。
この魔物の名前は、ない。
つまりはまだ発見されていない存在であり、中でもこの魔物は、この都市内で発生した新種であった。
◇
少年は素早く場所を移動する。
今骨の魔物と戦っても、勝てないと判断したからだ。
狙うならば出来るだけ小柄でナイフでも通用する相手の方が好ましい。
蜥蜴の魔物であればまだ狩れていた可能性があった。
数分の移動を経て、一体の魔物を視界に入れた。
(身長は一メートル後半といったところか)
細身で、おそらくは人間に近い体躯をしている。
ただ、体全身を黒いローブで覆っていて内部を目視出来ない。
歩き方もなんだかおかしく、ずっと一定の速度で移動をしていて、音も一切たっていないのが少し不気味だった。
(いけるか?)
この二年で人型の魔物とはかなりの数戦闘をこなしてきた。
経験からある程度の自信というのもある。相手が如何に予想外の行動をしてきたとして、他の魔物よりかはギリギリで対処できると踏んでいた。
周囲の建物、魔物の姿を確認する。
(よしっ、いない)
ローブの怪物が単体である事を確認して、建物の中に隠れた状態でスキルを発動する。
「生道世界」
世界が変わり、建物の立ち並ぶ暗い場所に変わる。
魔物の動きが止まった。
その停滞の瞬間を少年は逃さず、瞬く間に陰の中を移動して距離を詰める。
一定の距離まで近づくと、影から姿を現し、二本のナイフを投擲した。それは先ほど見た魔物のような初見殺しを想定しての行動であったが、またしても少年は驚愕する事になる。
(なにッ・・・・・・?!)
投擲したナイフは確かな軌道で魔物に辿り着いた。
一本は魔物の頭部へ、もう一本は人間の心臓部分へ。そして、
――二本とも魔物の体を通り抜けた。
魔物が悠然と振り返る。
ローブの中身は暗い深淵のようで全く見えない。
『□□□、□□□□』
魔物が何事かを呟く。
すると、少年と対面するようにして宙に魔方陣が現れた。
「死――」
炎が路地を駆け抜けた。
圧倒的な火力を誇る炎に当てられて地面は熔解し、建物の側面は焼け爛れ今にも崩れそうになっていた。
「はぁ、はぁ」
屋根の上で息を吐き鼓動を鎮めようとする少年。
少年は咄嗟の判断で、壁伝いに屋根に飛び上がり宙へ逃げたのだ。
(最悪、だな)
最悪の予想の中には一応あった。
――物理攻撃の通用しない敵。
即死攻撃や一度では死なない敵も想定していたが、その中でも最悪に近い。
即死攻撃は陰に潜んでやり過ごせるし、死なない敵も何度も繰り返せばいずれ殺せるだろう。
しかし、まず攻撃が通用しないのであれば、そもそも戦闘になるかさえ怪しい。
魔物との視線が交差する。
久方ぶりの、圧倒的格上との戦闘が始まった。
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