第6話 二年

 日当たりの強い日中、太陽の光は容赦なく降り注ぎ都市を照らしていた。

 外周部を歩く狼型の魔物が、光から逃れるようにして建物の影へと移動する。


 そのまま細い路地を通過しようとした時、不意に魔物の背後の影が浮き上がる。


『ッ!』


 魔物には死角の位置であったが、第六感とも呼べる感知能力で背後の存在に気付く。


 即座に振り返り、襲撃者に攻撃を仕掛けようと前足を振るおうとするが、それよりも早く、影から姿を現した襲撃者が鋭利な武器を突き出し魔物の喉元を貫いた。


『ガッ、ギャギッ!』


 魔物は吠えようと口を開くも、喉を潰されているためまともな音が出せない。

 間を置かずに、襲撃者は魔物の顔を手で鷲掴みにした状態で、側頭部に膝蹴りを打ち込んだ。ゴキッという音とともに魔物の体がくの字に折れる。そして最後に留めとばかりに、もう一本の武器を取り出すと、魔物の心臓部目掛け突き刺した。


 それでも足りないと感じたのか、突き刺した武器の柄の部分を踵で蹴って押し込み、確実に心臓を穿つ。そのまま完全に魔物が沈黙し、殺気が無くなるのを感じると、ようやく襲撃者は魔物から手を離した。


 そして現れた時同様に、陰の中へと吸い込まれるようにして姿を消した。


 少し離れた場所。倒壊した家屋の中で、影の中から襲撃者――少年が姿を現す。


 あれから二年が経過した。

 少年の歳も八となり、二年前と比べると身長も伸びている。髪は戦闘の邪魔にならない程度に切り、着用している服は倒壊した店から見つけ出したものだ。


 この二年、少年はひたすら外周部の魔物を殺し、レベルは【265】にまで上がっていた。これは一般に、冒険者の中では中堅の者達が到達する領域であり、8歳の子供が辿り着くにはあまりにも常識はずれな数値である。


 ここまでのレベルになれば、外周部の魔物相手であれば、一対一に限り【生道世界】を用いずとも殺せるようになる。それでも気を抜けば一瞬のうちに命を刈り取られるだろうが、今までの経験で少年の心からは慢心というものは完全に消え失せていた。


(まだ、取得できないか)


 少年が苦虫を噛み潰したような表情をする原因はスキルについてである。

 本来であればスキルの取得はある程度の、レベルが数十も上がれば次のものを獲得できる。その常識に反して、神のいたずらか、少年がこの二年で新しく取得したスキルはなんと二つだけであった。


 レベルなど、数十どころか二百以上も上がっているのにだ。

 これには流石の少年も苛立ちを隠せず、いるかどうかも分からない神に悪態をついた。


 取得した二つのスキルは、【料理人】と【影の王】の二つ。


 【料理人】のスキルは、魔物を調理する際に通常よりも効率よく死体を捌けるだけでなく、料理に関しての技術も向上するものだ。魔物を捌く時の刃の通りが格段に上昇したため、これを実戦でも利用できないかと考えたが、残念ながらこのスキルは料理をする時のみ発動するようで、実戦での利用は難しかった。


 次に【影の王】だが、これはつい一か月程前に取得したスキルであるため、その全容が未だ把握できていない。

 分かっている事と言えば影の中を移動できるという事と、物を影に収納できるという事のみだ。少々影の間が離れていた場合でも、十メートルまでの範囲であれば影の間を飛ぶことが出来る。


 この効果を知った時に、夜であれば影を利用して簡単に都市から脱出できるのではないかと考えたが、事はそううまくはいかなかった。影の中に潜むことが出来る持続時間に制限があったのだ。


 潜り続ける事が出来る時間はおよそ十秒、その後三秒のクールタイムを経る事で再度影の中に潜る事が出来るようになる。


(こんなんじゃ、本当に何年かかるか分からないぞ)


 成長はしている。魔物に対しての対処を多少は慣れた。

 しかし、それ以上に状況は悪化していた。


 まず、ポーションが尽きた。


 五か月前に全てのポーションを使い果たした。

 一番の原因は一年前に腕に重症を負い、それを直した時に使用したのが最も痛手だ。


 環境に慣れた事で少し気が緩んでいたのかもしれない。魔物の頭を潰し、内臓も抉って勝利を確信した時だった。ほんの一瞬、一秒にも満たない程度の気の緩みの隙を付くようにして、魔物の顎が少年の腕を根元から食いちぎっていた。


 腕がもげた激痛に表情を歪めながらも、死に体の魔物を即座に蹴り殺した少年は、その後落ちた腕を拾い上げ、ポーションを湯水の如く使い、なんとか腕を繋げることが出来た。しかし、その際に使ったポーションによって時間が経った今に皺寄せがきているという事だ。


 更には、武器の問題だ。


 少年が使っていたナイフはとっくの昔に壊れた。他の武器も幾らか使えば、すぐにガタがきて、最早一本たりとも残ってはいない。少年が今使っている武器は、魔物の骨を利用したものだ。


 強度だけは高いが、やはり本職ではない少年が作ったものであり、形は歪で切れ味も悪かった。まず斬るという動作が殆ど有効打にはならず、有効な攻撃は刺突に限られてしまう。


(中央に、近付くしかないか)


 ここ数か月考えてきた全てを解決する選択。


 外周部に目的のものがないのなら、中央に近付けばいいのだ。

 魔物に滅ぼされる以前、外周部の闇と乖離するように中央はかなりの賑わいをみせていた。物品の質という意味あいでも外周部の粗悪品とは比べ物にならない。

 回復の要であるポーションと、豊富な武器も揃っているだろう。もしかしたら脱出の出来る隠し通路なんかも見つかるかもしれない。


 それに、既に二百のレベル帯になった少年は、今以上にレベルを上げるには、外周部の魔物では少々物足りなかった。特段弱いという訳ではない。しかし外周部の魔物を倒す事で得られる経験値によってレベルを上げていくことが難しくなったのだ。


 とはいえだ、中央に近付く程強くなる死の気配は相変わらず強大で、レベルの上昇した今でさえ死を感じ続けている事に変わりはない。現状の装備では、ただの無駄な特効になる事は火を見るよりも明らかだと感じていた。


(準備が必要だな)


 少年は床に並べられた戦利品に視線を移す。


 そこには殺してきた魔物の骨と皮が並べられていた。

 それらを利用して武器と防具を作ろうとしているのだ。少年がいま潜んでいる家屋の周囲の魔物は粗方殲滅したため、音に関しては最低限の騒音は許されるだろうと判断して作業を開始する。


 まずは手ごろな骨を手に取り、それを石で削っていく。

 魔物の骨の強度は非常に高い、そこらの石ではまともに削ることは出来ない。ただ、それを何度も繰り返せば話は別だ。


 何度も何度も石が壊れては別のものに取り換え、いつの間にか、少年の周囲には身長ほどの粉砕した石の塊が積みあがっていた。


「ふぅ」


 最後の骨の加工を終わらせると、流石に疲れが出たのか軽く息を吐く。

 床には計百にものぼる加工された骨のナイフが並べられていた。形は多少歪ではあるが、先端は鋭利で、命を取るには十分な凶器だ。


 ちなみに、これらのナイフは一体の魔物に対しての備えである。

 今までに幾度となく魔物の異常性に驚かされてきた。そしておそらく中央に近付くにつれてその異常性も増していくだろうと考えれば、今までの数倍数十倍の備えが必要であると予想しての備えだ。


 もしかしたら一度殺しても生き返るかもしれない。ナイフが通用しないかもしれない。一撃をくらうだけで即死するかもしれない。


 最悪の予想は底を尽きない。

 幾ら備えをしていても意味がない事もあるかもしれない。それでも、備えをしたうえで無駄なのなら、その時は清々しい気持ちで諦められるだろう。


 少しはこの環境に慣れたのかもと苦笑を浮かべ、次は魔物の皮へと視線を移す。


 難しい加工などの知識は当然ない為、ただ皮を切るだけの作業だ。

 加工した一本のナイフを手に取り、魔物の皮を丁寧に切っていく。使うのは狼型の魔物の胴回りの部分だ。


 防具と言っても、俊敏性に問題が生じる程の重さにする訳にもいかない為、保護するのは最低限の心臓部に絞る。


 服の上から自身の胸部を一周するように、切った魔物の皮を回し、その上から服屋で見つけたベルトを巻き付ければ簡易的な防具の完成である。


(これで即死だけは免れるかもしれない)


 希望的観測かもしれないが、それでも、今までにはなかった自分を守るものに少しだけ安心感というのが芽生えた。


 その後は少しばかり調整をして準備を済ませる。


(よしっ)


 準備は全て整った。

 作った全てのナイフを自身の影の中に収納し、少年自身も影の中にポチャンと波紋を残すようにして沈む。


 目指すは外周部から少し中央に入った地点。およそ数百メートル離れた場所だ。

 目指す目的の為、更なる地獄へと足を踏み出す。


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名前:――  Lv:265

種族:人間

年齢:8歳

体力:D

魔力:F

筋力:E

敏捷:D

耐久:D

スキル:【生道世界】、【進化】、【料理人】、【影の王】

称号:なし


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