第5話 希望を打ち砕く流星

 都市が死んだ日から一週間が経った。

 初戦を除き、少年は同種の魔物をもう二体討伐した。


 少年自身のレベルが上がった事と、敵の戦力がある程度把握できている為、初戦と比べて少しは命の危険を減らして討伐する事ができた。


 現在のレベルは74。一週間前と比べ、力も俊敏性も格段に上がっている。が、そうなった今でも敵が格上である事に変わりはなく、常に緊張を抱きながら日々隠れ潜んでいる。


(スキルが無かったら既に死んでいるな・・・・・・)


 少年はこの一週間で、自身のスキルについてある程度の理解を深めた。


 主に【生道世界】についてだ。

 まず、このスキルは一日に一度までしか発動する事が出来ない。

 一度、二回目の討伐をした日に、スキルを解除して再度発動させようとしたが、それが不発に終わった。

 発動回数が少ないため、もしかすると一日の中でも時間経過で発動可能かもしれないが、日を跨げば再度発動させることが出来たため、現状はその認識である。


 次に、持続時間だ。

 これも正確には分からないが、かなり長い時間持続すると予想される。


 三度目の討伐時、一応日々仮眠は取っていたが、疲れが取れ切れていなかった為、体に限界が訪れ異界内で気を失った。次に目を覚ました時には、思わず心臓が止まりそうになりながら即座に周囲を見回したが敵の気配はなく、今だスキルで構築した領域内である事に気付く。


 気を失った時間が案外短かったのだろうかとも考えたが、スキルを解いた時には、発動時との太陽の位置が全く違っていた事から、時間はかなりの時間が経っている事が分かった。この事から、【生道世界】の発動時間はかなり長い事と、発動者の意識が途切れたとしても効果は継続される事が証明された訳だ。


 そして最後。

 構築された世界の再現性である。


 これは都市が呑み込まれる以前の、自分が生きてきた世界を正確に再現されていると少年は予想する。


 不穏な組織が潜んでいた廃墟、敵対組織であろう者達と戦っている所を少年は見た事があるが、その最中で視界に映った武器の位置、扉に掛けられた魔法のトラップも記憶の中のものと全く同じであった。


 予想外の事としては、スキルを一度解除し、再度発動させれば、破壊されたものも元の状態に復元されている状態になるという事。二度目の討伐で分かった事だが、最初は少し混乱して危うく一撃をもらうところだった。


(それにしても、新しいスキルはまだ取得できないか)


 相変わらず、ステータスのスキル欄には【進化】と【生道世界】の二つのみだ。

 一つでも有用なスキルを手に入れる事が出来れば効率が段違いに向上する。普通はレベルが四十も上がれば新たなスキルが取得出来るが、少年に限っては五十近く上昇しているにも関わらず新たなスキルが取得できないでいた。


 現在の少年の手札は、スキルが二つ、ナイフが二本に数本のポーションのみ。

 誰に言われずとも、限界が近い事は、少年自身が一番理解していた。


 今後の行動の指針を決めようと思考する最中、遠くの方から音が聞こえた。


 耳を澄ませると、音の発生源が外壁の外である事に気付き、目を見開く。


(まさか、救援が来たのか!)


 徐々に音は大きくなり、それが生き物の移動音だと認識すると、まばらにだが人の声のようなものも聴きとることが出来た。


 間違いなく、この都市を魔物から奪還するために来た者達であろう事を思うと、少年は僅かの希望を見たように瞳に輝きを映す。ただ、その輝きは、この状況に対応できるから救援の部隊が送られてきたのだという考えからくるものだった。


 対して、救援者――騎士団に送られてきた情報は、魔物により都市が壊滅した事、そして龍種が存在する事のみであった。


 それは一見間違っていない情報だ。

 しかし、“龍種”という報告と“神龍アルド”という報告とでは、取られる選択が決定的に異なる。


 馬に跨いで草原を疾走する騎士の一団は、都市に近づくにつれて明瞭になっていく“それ”を見て、顔を青褪めていく。


「まさかあれは、神龍アルドかッ?!」

「止まれぇ!」


 指揮官の男は馬を急停止させて、双眼鏡を用いる事で確実に都市にいる龍がアルドである事を確認する。


「間違いない、くっ! ここは一旦引いて――ッ!」


 男は掠れた悲鳴を漏らす。

 双眼鏡から覗く神龍の瞳が双眼鏡を通して男を見ていたからだ。


 浅くなる呼吸。震える体をなんとか抑え込み、頭に轟く警鐘に従い、騎士団に指示を出す。


「撤った――」


 都市が一瞬、眩く光った。









 希望を抱いたのも束の間、身の毛のよだつ寒気が少年を襲った。

 おそるおそるといったように視線を動かし、建物の隙間から寒気の元凶を見やる。


「なに、やってるんだよ・・・・・・」


 あまりの光景に隠れている事を忘れて声を漏らす。

 視線の先には巨大な顎を広げて、膨大なエネルギーを蓄えている龍の姿があった。エネルギーの塊は、見る見るうちに小さな惑星とでも呼べる大きさにまで膨れ上がる。


 なにをしようとしているのかなど、分かり切っている事だ。

 少年は震える腕を伸ばし、まるで許しを請うように呟く。


「もう、やめてくれ」


 その願いを断つようにして、直後、視界全てが光に満ちた。


 ――流星が宙を駆ける。

 邪魔をする空気を殺し尽くし、平原の騎士団に迫る。


 抵抗する間など無かった。騎士団は一瞬のうちに蒸発し、その姿を世界から消滅させる。

 例え抵抗できたとしても、一国すら一撃で消し飛ばすような息吹を防げるはずもないだろうが、産まれ出でた命を羽虫でも潰すように消し飛ばす光景は、あまりにも惨すぎた。


 龍はそのまま息吹を薙ぎ払うように横一線する。

 たったそれだけで、豊かな大地は死に絶え、生物が生きながらえる事など出来ない過酷な環境へと早変わりする。


 ――次元が、違い過ぎる。


 都市が変貌して魔物と戦っている中で、何度も異常だと、格が違うと思ったことがあるが、自分の世界がどれだけ狭いかを見せつけられた。


 異常というのはこの存在のための言葉だ。

 地面を粉砕したからなんだというのだ、途轍もない速度で疾走できるからなんだというのだ。それら全てがあれにとってはどうでもいい。如何なる事柄でも息吹一つで片づくのだ、生物としての立ち位置が圧倒的に異なっていた。


 少年は視界の先が突然真っ暗になった気がして、ふらりと体を揺らすと、三角座りで顔を伏せる。


 もう外からの声は何も聞こえなかった。

 鳥の囀りも、馬が草原を駆ける音も、まるで停滞した中に取り残された気分だ。そんな中で、騎士団がどうなったかなど、考えるまでもなかった。


(・・・・・・半端な希望はみせないでくれ・・・・・・絶望の中でなら、それ以上に傷つかなくて済むから)


 心が軋む音が聞こえた。

 事は、救助が途絶えただけで終わる事ではない。


 龍の息吹だ。

 あの攻撃を考えれば、少年がこの都市から脱出するという事がどれだけ非現実的な賭けなのかが分かるだろう。


 城壁を超えればもう攻撃されないだろうという少年の想像を嘲笑うかのように放たれた超遠距離攻撃。それも、一点だけを狙うものではなく、横薙ぎに振るわれれば逃げ場など何処にも存在しない。耐える間もなく塵と化すのが落ちだろう。


 ・・・・・・


 ・・・


 何時間経っただろう。

 太陽が境界線に沈もうとしている夕暮れ、その間まで、少年はずっと顔を伏せていた。


 狂えることが出来たらどれだけ楽だろうか。

 なまじ過酷な環境で暮らしたことと、【進化】による適用で精神はギリギリで保たれている。保たされている。


 少年は顔を伏せながら、ずっと思考を働かせていた。

 どうすれば都市から脱出できるのかを。


 龍を倒すという選択肢はない。圧倒的な存在の差を見せつけられ、龍を相手に戦うなどという愚策はあり得なかった。でも、まだ終わってはいないはずだと、一パーセントすら可能性があるのなら、全ての選択肢を脳内に並べていく。


 地面を掘るのはどうだろうか。

 龍の死角を狙えば気付かれないのではないか。

 選択肢を並べては、その選択の穴を探し、思考から排除する。


(やはり、レベルを上げるしかないか・・・・・・)


 最も可能性のある選択。

 最初と変わらず、レベルを上げてスキルを得る道だ。


 ただ、最初と違うのは、龍の息吹から逃れるためのスキルを取得しなければいけないという事。狙ってスキルを取得するのは殆ど不可能に近い。


 ならばどうするか。


 単純だ。レベルを上げ続けてスキルを複数取得していけばいい。そうすれば、いずれは取得出来る日が来るだろう。

 言葉で言えば単純だが、それが容易でない事は少年自身が一番理解している。最悪、一生掛かっても望むスキルが取得できない可能性も十二分にありえる。

 それでも、やらなければなにも進む事はないのだと、絶望の中で少年は顔を上げる。


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