第4話 生道世界

『ギィイッ!!』


 視界が回復したレッドキャップが、顔を憤怒に染めて少年を睥睨する。

 腹部に突き刺さったナイフの刃を通って血が滴り落ちているが、どうやら致命傷には至らなかったようだ。


 斧を持った右腕を大きく弓なりに反らせ、踏み込みの一歩を出す。

 その動作を見た直後に、少年は横に転がる。


 案の定、レッドキャップは少年が居た場所に直進して斧を振り下ろしていた。

 怒りに任せた一撃に床が大きく屠れ、壁に亀裂が入る。馬鹿げた威力だ。正面から受ければ五体が粉砕するのは間違いなく、ぎりぎりの回避であろうとも飛来する瓦礫で戦闘不能になりかねない。


「はっやいんだよっ!」


 理不尽相手に悪態をつきつつ、立ち上がりざまにレッドキャップの顔を目掛けナイフを一本投擲する。投擲など全くやった事ない少年だが、運よく確実に当たるコースで刃先が空気を割いた。が、レッドキャップは曲芸のようにその場で宙返りして回避する。壁を走っていた時のも感じていた事だが、運動能力が高過ぎると少年は歯噛みする。


 追撃を諦め、転がるように移動して奥にある、他と比べて強固な扉の前で停止する。

 怒り狂っているレッドキャップは先程同様に少年目指して疾走する。更に加速した動きに、斧が微かに肌を掠めるが、ギリギリで回避する。ただ、やはり衝撃で飛来してきた瓦礫が容赦なく少年の体を切り裂き、少年は苦悶の表情を浮かべた。


 レッドキャップの振るった斧は、勢い余って少年の背後にあった頑丈な扉を破壊する。

 横に回避した少年に目を移そうとしたレッドキャップだが、ふと、足元が光っているのに気付く。


 破壊した扉の下だ。

 円形の絵画のようなそれは、魔方陣と呼ばれるものである。

 スキルを介さずとも、必要な素材と魔力を用いる事で魔方陣という代物は創り出す事が出来る。起こす事の出来る現象は千差万別。


 炎を巻き起こす事も、大量の水を生み出す事さえ可能とする。

 そして、今回の魔方陣は、侵入者に対する防衛の為に置かれたものだ。

 効果は――爆発。


 次の瞬間、建物内部が盛大に爆ぜた。

 魔方陣の効果を知っていた少年だけが一目散に走り、最低限の爆風で済ませたが、魔方陣の直近に居たレッドキャップはその衝撃を直に受ける事になる。


『――ッ?!』


 声にならない叫びを上げた気もするが、爆風の音によって掻き消される。


 爆風が収まるや、少年は建物内部へと舞い戻る。怪我を負った魔物に追撃を仕掛けるのかと思いきや、魔物の体を素通りして走り抜ける。

 外壁は全て吹き飛び、一瞬なにもないはずの場所。しかし、よく見ると床の部分に大きな窪みがあった。


 それは地下へと続く穴。

 隠れていた場所で危険は未知数であるはずだというのに、少年は確認も何もなく内部へと飛び込む。


 飛び込んだ先には、六畳程度の一室があった。

 壁全体に掲げられている武器の数を見れば、誰もが驚きに目を見開く事だろう。


「ッ!」


 無造作に、まるでそこにあるのが分かっていたかのように、少年は壁に掛けられた武器の一つ――ライフルのような形をした武器を手に取る。


 今までの少年の行動から分かる通り、ここまでの展開は全て偶然ではない。

 床に落ちていた閃光玉も、この地下室も全て知っていたうえで魔物を誘導したのだ。


 それもそのはず、この世界は、少年の記憶している彼自身の人生を具現化したものだからだ。


 それがスキル、【生道世界】の能力。

 魔物との実力差は歴然だ。しかし、少年の熟知した地形へと強制的に引きずり込ませ、その差を限りなく縮めているのだ。


 一つでも選択肢を誤れば必死は確実。

 恐怖に呑まれずに動けているのは【進化】と今までの希望の無い人生による影響だろう。


『ギィギャァアアアア!!』


 レッドキャップが口から唾を撒き散らしながら飛び上がり、地下へと入ろうとする。

 身体には火傷の跡があり、所々から血が滲み出ている。人であれば確実に動けなくなっているであろう怪我を負って尚、殺意のままに斧を振り回す姿は怪物言って相違ないだろう。


 少年は武器を、この世界では魔法銃という名のそれを空へと向ける。

 視界を塞ぐように流れる血を拭い、視界に魔物の姿を収める。銃口の先には地上から地下へと飛び込もうとするレッドキャップの姿があり、何時でも撃てるように指を引き金に伸ばす。


(まだ、まだだ・・・・・・)


 引き金に指をかけ、時が来るのを待つ。

 少年は離れた距離から小さな的を確実に狙う技術など持ち合わせていない。故に、確実にこの一撃を当てる事の出来る至近距離まで迫ってくるタイミングを計っているのだ。


 その上、弾丸を放った時に体にかかる衝撃は凄まじいものである事を知っている。この一撃を逃す事は、少年の敗北と同義であった。


 自分の敗北すら決定するであろう一撃。

 時が止まってしまえばいいのにと思う少年とは真逆に、数秒と経たず時は訪れる。


 飛び降りてきたレッドキャップの姿がほんの数メートルの距離にまで迫って来ていた。

 振り回している斧の音が鼓膜を揺らす。


(今だッ!)


 僅かの躊躇なく引き金を引く。

 銃口に幾重の魔方陣が展開し、次の瞬間、紅に輝く弾丸が撃ち出された。


「うぐッ!」


 衝撃が少年を襲い、肩の骨が大きく軋む。


 弾丸は真っすぐに突き進み、レッドキャップの斧を粉砕すると、その先にある頭部を破壊した。頭部を失った体は地面を数度バウンドする。


 確実に死んだと確信し、少年は安堵の溜息をもらす。だが、


「・・・・・・は?」


 信じられない光景を前に呆けた声が漏れた。頭部のない体がふらふらとよろめきながらも再び立ち上がったのだ。

 生物の枠組みを超えているのではないかと思う程の強過ぎる生命力。悲壮な表情を浮かべる少年の元へと千鳥足で近づき、その手を伸ばしたところで、ようやく力尽きたのか、倒れるようにして地面に沈んだ。


「あ、あぅ・・・・・・はぁああああ~」


 己の死を半ば確信していた少年は、敵がようやく力尽きたことで糸が切れたように座り込んだ。


「これが、魔物か」


 想像してよりも化け物じみた生物である事を様々と目にして苦笑を漏らす。

 勝利の安堵よりも、これが初戦にすぎない事に諦めに似た感情が浮かぶが、すぐに胸の内に呑み込む。


「取り敢えず、回復しよう」


 ポーションの入っている袋は別の場所に置いてきている為、その場所に移動する。

 痛む腕を使い、なんとかポーションの蓋を外すと、一気に飲み干した。


「うっ・・・・・・」


 薬草の味が強く、一瞬顔を歪ませるも、いつも食べているものよりはましだと、気にせず飲み干した。どのように効果が表れるのかと思う少年の体が淡く輝く。痛む両腕の患部から徐々に痛みが引いていき、ものの数秒で痛みは消え去った。


「おぉ、凄いな」


 ポーションの効果に驚きながら、残りの数を確認する。

 かき集めてきた為、数はそれなりにはあるが、一戦ごとに使っていては数か月も持たないのは明らかだ。


 今日のような接戦を続けていてはいずれ限界が訪れる事を察し、効率を考える。


「ナイフを二本失ったのは痛いな。出来ればずっと使い続けられる武器が欲しい」


 とはいえ、少年がまともに振るえる武器は限られている。

 剣を使えるようになった方が解決に繋がるのではないかと考える中で、ふと、今の自分のステータスはどうなっているのかと思う。


 魔物を倒した事で経験値を得た。

 となれば、幾らかのレベルは上がっていて、その上昇次第では他の武器にも手を出せると考えたのだ。


(せめて5は上がっていて欲しいが)


 目を瞑り、自身のステータスを確かめる。


名前:――  Lv:54

種族:人間

年齢:6歳

体力:F

魔力:F

筋力:F

敏捷:F

耐久:F

スキル:【生道世界】、【進化】


 レベルが倍近く上昇している事に目を見開いた。


「これは・・・・・・最悪、だな」


 天を仰ぎながらそう呟く。

 レベルが上がった事が問題なのではない。ここまで上がる理由を考え、少年はその事実に思わず目を瞑る。


 レベルが上がる、つまりそれだけ格上で、高レベルの魔物が相手であった訳だ。


 そこで問題だ。


 少年が倒した魔物は、果たしてこの都市に蔓延る魔物の中でどの位置づけにあるのかという事だ。レッドキャップが最強なのであればこれ以上の存在はいない。しかし、どう考えてもレッドキャップが上位の存在ではないと、少年は半ば確信を持っていた。


 それというのも、都市の中心に近づくにつれて、死の気配が格段に強まっていくのに対し、レッドキャップがいたのは、都市の外周部、それも城壁の近くだ。中心と比べ比較的死の気配が薄いと少年は感じていた。確証はない。しかし、この手の勘で命が何度救われた事か。


「・・・・・・ふぅ」


 深く息を吐き、一度思考を止める。

 これ以上考えれば、恐怖に呑まれると感じたからだ。ただでさえ精神面はギリギリなのだ、これ以上の絶望に叩き落とされれば、再度立ち上がる事は難しい。


「まずは、腹を満たそう」


 魔物の元へと戻る。見下ろす死体に、生で食べるのは危険だろうかと首を傾げる。

 以前にも生のものを口に入れた事があるが、相当お腹を痛めて死にそうになったことを思い出す。


「焼くか」


 廃墟に入り、火を出す魔道具を見つけ出す。

 使い方は、何度か視界に入ってきたから大体は理解できていた。ボロボロの木材を一か所に集め、棒状の魔道具のボタンを押す。すると、棒の先から弱いながらも確かな火が現れる。


 四苦八苦しながらなんとか木材を燃やし、ある程度の火力になったところで、魔物の死体に近寄り、廃墟にあった刃物で切り裂く。皮膚が異様に堅い為時間はかかったが、食べられる大きさに解体は出来た。


 一切れを数分間火で炙ると、ひと思いに口に放り込む。


「・・・・・・食えなくはない、か」


 美味しさなど微塵も感じないが、腹を満たす事が出来ればそれでいいと、次々に口の中に放り込んでいく。久しぶりの食事で慣れないからか、何度か吐き出したが、それでも最後まで食べきる。


 明日に食料が確保できると保障されている訳ではない。食べられるうちに食べなければならないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る