それぞれの目指す道 〜 蒼空の事情 Ⅱ

 まだ正月の休み気分が漂っている中、オレ達はリンの親の別荘に遊びに来ていた。学校の冬季休暇中とは言え、オレもリンもそれなりに忙しいスケジュールの筈なのに、別荘や使用人の手配も含め、よくぞ調整できたものである。ショウの事になると恐ろしい行動力を発揮するなぁ。


「ソラ、リン、三人でここに来るの、久しぶりだね。」


 相変わらず小さな声でショウが言ってきた。

 高校入学以降、以前にも増して人前に出なくなり、また元気もなかったショウは、周りからは影が薄い印象を持たれている。前髪を中途半端に伸ばして表情を隠すようになり、天使のような顔も気づかれていない。勿体ない。


「ショウ!最近あんまり一緒に遊べなかったからな!ここはカラオケ設備も揃ってるんで、久しぶりに歌いまくろうぜ。」


「カラオケ設備じゃないわよ。レコーディングスタジオよ。本格的な録音や撮影設備も揃ってるのに、なんでカラオケボックスレベルの認識なのよ、まったく。」


 リンの突っ込みにショウが苦笑気味に笑っている。あぁ笑えるようにはなったんだな、と安心する。


「私、ショウのボイトレを久々に見たいわ。歌を歌うのはその後よ。ボイトレは続けてるんでしょ?」


「うん、ボイトレ好きだから。」


 あの地獄の特訓かと思われた指導を好きだと言うかぁ。オレには真似できん。


「まずは荷物を片付けてからね。その後リビング集合よ。」


 オレとショウはいつも使わせて貰ってる客間に二人で入り、持ってきた荷物を片付けた後、リビングに向かった。管理人の小母さんにコーヒーを用意してもらい、オレたちは思い思いにソファに陣取ってこの後の予定を話す。


「それでショウは何を歌うの?やっぱりお父さんの歌?」


「うん、それもそうなんだけど…」


「お、何だよ。何か他にも得意曲が出来たのか?て、言うか何歌っても上手すぎるけどな。」


 ショウは、そんな言葉に少し照れながら、しかし驚きの言葉を返してきた。


「自分で歌を作ってみたんで、聞いて感想が欲しいかな、て。」


「…」


「・・・」


「「えーーー!!!」」


 オレとリンは同時に叫んだ。ハモらなかったけど。

 二人の大声にショウの方がよりビックリした顔をしてたのには内心笑った。



 早速スタジオへ移動し、ショウはいつものルーティーンのボイトレをして、リンは発生練習代わりのゆっくり目の一曲を歌ってた。オレ?オレはもちろん準備運動とストレッチだ。多少発声練習はしたけどね。


「じゃあ歌うよ。」


 ショウは親父さんの曲を歌っていく。あんなロックバリバリの親父さんだったが、作曲の才能は幅広く、テンポの良い曲からバラード、女性ボーカル向けの切ない歌まで作ってる。

 ショウはその中から、色んなジャンルを織り交ぜて歌っていった。相変わらずうまいなぁ、ホント。


「えっと、それじゃ僕の作った唄…を。」


「やった!待ってたわ。でも音源とか、無いよね?」


「うん、ギター貸してくれる?」


 ショウはギターを抱えて椅子に座るとポツポツと爪弾きながら、準備を進めた。


「いくね。」


『あぁ♪昨日と同じ日常に慣れていく、過ぎてゆく、そんな日々に〜』


 最初はマイナーコードで静かに始まり、ショウのあの事故直後の心情のような歌詞を歌っている。

 オレとリンは黙って、息までも殺してその歌を聞いている。


 その後、段々と曲のテンポも上がっていき、遂にサビの部分にきた。


『Ahhhh、自分の感じる色彩いろで、紡ぐ二人の人生セカイ〜進む、前に〜』


 いつの間にか二人とも涙を流していた。

 あの、辛い経験を乗り越えて前向きに生きようとする想いが伝わってきた。

 やがて歌い終えるとショウがこちらを向いて、話しかけた。


「どうだった?感想言って欲し…って!どうして泣いてるの!?」


 リンは何も言わずショウを抱きしめに行った。出遅れたわけじゃないぞ。あたふたしたショウを見て少し笑いながらオレは感想を言った。


「凄すぎ。相変わらず歌が上手いのはもちろん。それより曲も歌詞もサイコー。…乗り越えたんだな。」


 最後の一言はショウには聞こえない小さな声だった。


「ありがとう。ほら、リンも感想教えてよ。」


「うー、もー、ショウ…最高に良かったに決まってるじゃない。」


「えへへ、ありがとう、二人とも。あと幾つかあるんだ。それも聞いてくれる?」


「「もちろん!!」」


 ショウのギター一本でのファーストリサイタルは続き、リンは途中ハモりながら、オレは身体がウズウズして踊りながら、セッションを続けた。

 三人は歌に会話に夢中になり過ぎて、スタジオ外の調整室にリンの両親がいることに気づかなかった。そして二人が顔を輝かせて悪戯を思いついた顔で楽しそうに相談していることも。


『あー、三人共、そろそろ晩御飯の時間よ。』


 急にスタジオの外からの音声でオレたちは現実に戻ってきた。リンのオフクロさん、真琴さんだった。


『明日もあるんだから、今日はここまでにしたら?』


 オレたちは少し顔を赤らめながら、スタジオから出て二人に挨拶するのだった。


◇◇◇


 翌日、朝食の後、三人で別荘の周りを散歩しながら話していた。この辺り、結構深い森も近くにあったりして、緑が濃く、空気も澄んでいる感じがする。まあ、寒いからかもしらんけど。


「今日も歌うだろ。ショウのオリジナル、もう一回聞きたいしな。」


「でも、まだ完成じゃないんだよね。少しづつ変えてみたい曲もあって。アドバイス欲しいな。」


「何それ!凄い。色々聞かせてよ。楽しみ。」


「二人とも、忙しくないの?僕と違ってもう仕事してるんだから。」


「オレは明日まで完全オフだ。ショウと遊ぶ以外の優先事項なんか何もない。」


「私もショウの歌を世界で一番先に聞くことが最優先ね。」


 親友が前に進もうとしてるんだ。それ以上に大事な事なんてあるわけもない。リンも同じ気持ちだな。ショウはくすぐったそうな顔をして、ありがとうって言っていた。だから、声小さいって。


 オレたちが別荘に戻ると、何だか騒がしくなっていた。昨日見なかった車が何台も増えてるし、それに人の声もする。


「どうしたんだろ?パパとママにお客さんかな?」


 リンも知らないようだ。真琴さんが近寄ってきた。


「あ、鈴。翔くん達と今日も歌うんでしょ。ちょうどパパの友達も来てるから、ちょっと聞かせてあげてね。」


「えー?今日は私たちが先約でしょ。邪魔しないで欲しいんだけど。」


「ふふ。邪魔はしないわよ。スタジオの外で聞いてるだけだから。」


 真琴さんの笑顔に押されて、リンは仕方なく頷いてる。ショウの唄を独占したいんだろうな。それもわかるが、みんなに聞かせたい気持ちもあるけどな、オレは。


 実はこれが御園の両親がショウの才能を活かすために始めた最初の活動だった。この時の録音がきっかけで『soaring』プロジェクトがスタートすることになるんだ。


◇◇◇


 あれからオレたちは東京に戻ったあとも、暇を見つけては御薗の両親が手配したスタジオでショウの歌を完成させる活動を続けていた。


「それにしても凄い事になってるな、これ。正式にデビューとかしないの?」


「だってまだ、本人にその気が無いもの。その内正式にってなるとは思うけど、それまでは動画のストック溜めていこうかな、って。ママとも相談してる。」


 あの時取った録音を専門家が聞いてから、一気に騒がしくなった。まず曲の完成度アップだ。ショウには基本的な曲の見直しを依頼した。完成した後はそれを最終版としての演奏音源にはプロがアレンジした。もちろん、ショウに許可を取って。


「ボクには色んな楽器の曲なんて書けないよ。専門の人が興味持ってくれるんならお願いしたいな。」


 天使の笑顔であっさりと答えやがった。アイツ、プロがアレンジする事の意味と価値をわかってないな。友達が手伝ってくれる感覚に違いない。御園家の本気とショウの天然が怖い。混ぜるな危険だ。


 その後、いくつかの曲を完成させて動画を作成していった。歌唱パートもショウだけでなく、リンが正式にハモりパートいれたり、一部はリンが単独で歌ったり。俺が踊ったり(笑)。ショウは自分の歌をリンとオレが本気になって形に残してくれる事が嬉しいようだ。これ世界に向けて公開する事、理解わかってるのかな?

 とにかく楽しい部活動(?)は続いた。


「リン、動画でのアーティスト名どうするの?」


「『ショウと愉快な仲間達』で良いんじゃね?」


「ショウ、名前はもう考えてるの。意見聞かせて。あとソラは子供名付けは将来の奥さんに任せなさいね。」


「なにぃ…」


「リン、名前聞かせて!」


 チッ、ショウに免じてオレの将来への暴言に関してはスルーしてやるか、リンめ。


「名前は『soaring』、空翔そらかけるって意味よ。翔の名前からイメージしたの。」


「良い!カッコ良いよ!それにソラとリンも名前に入ってるし、さすがリンだね!」


「そ、そうね。候補から選んだら偶然、三人の名前が入ったのよ。うん、ホント偶然ね。」


 うん?妙な反応だな。コイツ、まさか。


「本当、さすがリンだよなぁ。まさかオレの名前まで気にしてくれたなんて。」


「あ、当たり前じゃない。三人で始めたんじゃない。うん、ちゃんと考えてたわよ。」


 んー、これは…リンのヤツ、自分の名前を入れようと悩んだ結果、オレの名前も入ったんでは?リンringは、はっきりと入ってるけど、ソラsoarと言うよりソアsoarだもんな。まあ、これ以上の追及はやめてやるか、武士の情けだ。


「じゃあ、決まりね。これで登録するわ。」


「うん、ありがとう。」


 これでショウも独り立ちって程じゃないけど、前に歩き出したんだなって思った。リンも自分の道は決めてそうだし、オレもハッキリさせないとな。うん、決めた。


◇◇◇


「葦原さん。ちょっと良いですか?」


「お、どうしたソラ。お前、俺の名前覚えてたんだな。本気でブチョーって名前で覚えられてるって思ってたぞ。」


「いや、まあ、オレも大人になったんで。」


 soaringの動画が公開され、徐々に再生回数が伸びていったある日、事務所に出たオレは真面目な話をブチョー、うん、葦原さんとしていた。オレもそろそろ将来に対して決めて、一歩踏み出さないといけないなと決心した事を伝えるために。


「それで、どうした、急に改まって。」


「オレ、アイドル辞めたいんです。」


「な!」


 そう、オレは今のアイドル候補生って立場を辞めることを決断した。


「ど、どうした?何かやりたい職業ことでも見つかったのか?それとも引き抜き!?ダメだぞ、御園さんとことの付き合いもあるから、転籍はややこしいぞ。」


「やりたい職業って言うか。ああスミマセン、事務所辞める話じゃないですよ。」


「だってお前、辞めたいって。」


「はい、中途半端なアイドル兼俳優って立場を止めて、俳優一本で行かせてください。」


「え?あ、そっちかー!って、それも思い切った判断だな。」


 ショウやリンを見て、オレもそろそろ自分の人生の方向を決めるべきかなって思っていた。先日のショウの本格活動開始で決心がついたんだ。


「これからの仕事はお芝居関係でお願いします。元々アイドルとしても中途半端だったし、歌は、まあ、天才に任せるとして、ですね。」


「役者一本か。正直厳しいぞ。若いうちから方向絞るってのは、より深くやるのには良いが、他の可能性を無くすって事だからな。」


「覚悟はしてます。しばらくは修行期間になると思ってますけど、まあ実家なんで食うには困らないかと。」


「ちょっとずつTVの露出も増えてて、オファーも来てんだぞ。勿体無いとは思わないか?」


「オファー頂いた方には感謝ですが、次は役者で返せるようにしたいと。」


「お前も頑固だからな。」


 この日からソラは龍野蒼空(本名だけどな)で再登録し、役者一本で再スタートした。

 しばらく仕事は無いと思ってたが、佐藤賢一ケンさんや、葵瞳ひとみさんが声をかけてくれて、なんとか現場には行けている。まだまだ勉強することは多い。


 それでもオレはこの道で生きていくと決めた。ショウ、負けないぜ。オレはオレの信じた道を進んで、オマエの友達として胸を張れるようになりたいんだ。




 この年の年末に大きな敗北を感じるとは思わなかったけどな!

 ブレイク早過ぎだろ。

 

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