それぞれの目指す道 〜 蒼空の事情 Ⅰ

 オレも、オレの両親も普通の人間だと思っていた。芸能関連の仕事はしているが、タレント、ミュージシャン、会社経営、演奏家等、より目立つ人達と比較したら、ウチなんかは普通と言い切って良いと思う。普通じゃなかったのは幼馴染達だった。


「ほら、蒼空ソラ、かけるくんとすずちゃんだ。同い年だから気を使わず、仲良くするんだぞ。」


「そら、くんって言うの?私、みそのすず、よろしくね。」


「か、かみなしかけるです…」


 控えめに言っても、天使かと思う二人が居た。

 大手芸能事務所の代表を祖父に持つ、御薗家のご令嬢である鈴。まだ未就学の歳にして既に美しくなれそうな片鱗が窺える。ハーフではないはずだが、クオーターなのかな?いずれにしても日本人離れした雰囲気を持った少女。この時は単純に綺麗な子だな、との感想だけだった。

 もう一人、翔。父は国内では熱狂的人気を誇るバンドのギター、しかし海外ではソロで歌も歌ってるらしい、アチラ英国での方が有名かも知れん人。母は元々有名なピアニストだったらしいけど、今は専業主婦?なのか家に居るらしい。事情は知らない。どちらも生粋の日本人のはずだが彫りが深い父と各パーツが大きく美しい母から生まれた翔は外国の宗教画に出てくる天使と言っても良い程の造形だ。黒髪だけどな。


 ウチの両親が鈴の所の事務所と提携しているカメラマン、ヘアメイク担当と言う関係で、家族ぐるみの付き合いがあり、同じ年頃の子供がいるって事で幼い頃から知り合いになった。翔の父親とは流石に会う機会が少なかったが、母親とは良く一緒になり、遊んでもらった記憶がある。本当に綺麗な人だったな。あ、まあ、友達の親としてな。


 小学校時代は家族ぐるみで会う機会が多かったと思う。同じ学校に通ってた事もあって、行事や休みのタイミングは一緒だったからな。

 リンの家の別荘なんかにも良く行ってた。この頃からかお互いを、リン、ショウ、ソラって呼び出した。確かリンが言い出したんだったかと思うが、なんで俺だけそのままなんだと言ったが、呼びやすいから良いだろってことに。まあ、確かに。


 ショウは自分の父の歌を良く歌っていた。その時から、うまいなぁとは思っていたが、母親はそう思ってなかったようで、


かける、父さんの歌、もっとうまく歌いたい?」


「うん、うまくなりたい!」


「そう、じゃあ一緒に練習、頑張ろうね。」


 まさかその軽い会話から、あの厳しいボイトレが始まるとは。ショウの母は音楽には厳しい人だった。やはり音楽家の魂なんだろうか。いつもの優しい人とは違う一面を見せつけられて、正直ビビった。


「ショウ、お前すごいなぁ。ボイトレ厳しいだろ、オレなら途中で挫けそうだよ。」


「そう?だんだん声が自由に出せるのが楽しいよ?」


「お、おう。オマエが楽しんでるならいいよ。」


 リンもたまに一緒に練習してたけど、この翔の言葉聞いて何とも言えない顔していた。普通の感覚では厳しいよな。オレはボイトレにはそこそこ付き合う感じで、どちらかと言うと身体動かす方が向いてると思っていた。


 中学に上がってすぐの頃、オレは街でスカウトされた。スカウト自体は偶然だったんだが、その事務所が親父も知ってるところで、またリンの祖父さんの所とも交流があるらしく、怪しい所じゃないってことで、まあ、やってみるかと言う感じで所属して色々とトレーニングを受けるようになった。


 オレはまずアイドルの候補生としてトレーニングを始めたんだが、踊りはまだしも、歌のトレーニングはどうしても上手くなる未来が見えなかった。昔から毎日のように聞いていた親友のボイトレや歌のレッスンと比べて、圧倒的に劣ってるようにしか思えなかったからだ。


「あの、自分、お芝居の方に興味があって、そっちの仕事もやりたいんですけど。」


 ある日、スカウトしてくれて、その後何かと面倒見てくれてたオジサン(実は事務所でも偉いブチョーさんって人だったんだが)に相談した。


「そうか?歌もうまくなってきたし、ダンスなんか専門にやっても良いぐらい上達してるぞ。」


「あー、レッスンしてくれてる先生には感謝しかないです。えっと、この間、チョイ役でドラマに出させてもらったんですけど。思ってたより難しくて、主役の方達に迷惑かけたんですけど、アドバイスとかもらって。そんで、その人達の演技見てて、今まで何気なく見てた役者って世界に、何か熱くなってきて。うまく言えないんですけど。あと、歌は天才が近くにいて自分がうまくなる気がしません。」


「あー、お前の幼馴染な。ゴットさんのトコのムスコだっけ。母親も天才だったからなぁ。血は争えないって言うか、更に洗練されてきてないか、アレ。すずちゃんも普通から並外れてるけど、それ以上だよなぁ。」


 ブチョーさん(事務所のオジサンね)はオレたちの事情も把握していて、たまにショウたちのボイトレにオレも参加してることも知っていた。ゴットさんとはショウの親父さんの事で、バンドでのメンバー名だ。ニーチェ?由来とか何とか、詳しくは知らない。

 ブチョーさんとの話は多少揉めたが、ドラマ共演した方からの『アイツは見込みある』との援護射撃もあって、最終的には役者の仕事も入れることで聞き入れてもらえた。



 幼馴染のそれぞれの日常が緩やかに変わって、それに伴ってそれぞれの関係も少しづつ変化していくと考えてたある日、突然悲報がもたらされた。


 ショウの両親が事故で亡くなった。

 両親二人だけで向かったロンドンでの仕事の移動中、現地で大規模な交通事故が発生。それに巻き込まれたと言うことだった。

 二人は物言わぬ姿で帰国する事となり、両親以外の家族が居ないショウは一人ぼっちとなった。


 ショウは高校に上がるタイミングで一人で暮らすことになった。生活そのものは御園家が支援すると申し出があったが、同居はショウが頑なに固辞したようだ。あいつ頑固だからな。両親からも無条件に他人に頼るような生き方をするな、と言われていたみたいだし。両親の人生にも色々あったんだろうな。


◇◇◇


 「休憩はいりまーす。」


 オレは今、来年公開予定の映画の撮影現場に居る。高校在学中の公開としては最後の出演作品になるかな?オレの役どころは主演の俳優さんの少年時代。出番はそこそこだが重要な役だ。


「おう、ソラ。水分とっておけよ。意外と消耗してる事に気づかないからな。」


「はい、賢一ケンさん。ありがとうございます。」


 主役は佐藤賢一さん。元々二世俳優でトレンディ俳優と言われてた時期もあったけど、昭和の大俳優と呼ばれたお父さんと比較しても、最近は引けを取らないと言われてるベテラン俳優だ。オレなんかにそんな事を思われてると知ったら、何様だとすごいカミナリが落ちそうだけど。


「ソラちゃん、こっちで一緒にオヤツ食べない?美味しい差し入れあるのよ。」


「まったく、あんまり甘やかしてくれるなよ。水分もきっちり取るんだぞ。」


 誘ってくれたのが葵瞳さんだ。元歌劇団トップの出身で、いつまでも若々しく綺麗な人だ。もう40代後半のはずが、ふとすると20代に見えそうな美魔女な人だ。


「どうしたの。何だか難しい顔してるけど。さっきの演技悪くなかったと思うわよ。」


 ああ、オレの顔を見て声かけてくれたのか。相変わらず良く気づく、優しい人だ。


「すいません、葵さん。ちょっと友達のこと考えてました。」


「あぁもう、また。私のことは瞳ちゃんって呼んで欲しいって言ってるでしょ。」


「え、あ、ええと。瞳さん?」


「もう。それで良いわ。で、友達がどうしたの?」


「ちょっと前に両親亡くした友達の元気を取り戻したくて色々考えてるんですけど、うまくいかなくて。」


「もしかしてゴットさんの息子さん?幼馴染だったわよね。」


 ケンさんも瞳さんも、オレとショウの事は知っている。ショウの両親は業界でも有名人だったからな。特に親と年代の近い二人はショウの両親とも親交があったらしい。


「そうね。その子は得意な事、打ち込める事とか、楽しめる事はないの?悲しい出来事を忘れないのも大事だけど、新しい思い出を増やす事も今の貴方たちには大事だと思うわ。」


「そうなんですけど、でもアイツの得意な事って歌うことなんですよ。両親との思い出とガッチリ結びついてると思うと、なかなか。」


「そうなのね、難しいわね。」


 二人で悩んでると後ろからガッチリとクビに腕が回されて、引き寄せられた。これは、ケンさん?


「何、悩んでるんだ。お前が座って考えても良い結果は出ないんだよ。暇ならちょっと殺陣タテの練習付き合え。」


「え、ちょっと、さっき休憩って?」


「うるせえ、いいから来い。」


 オレはケンさんに捕まったまま殺陣師の人達に絡まれることとなった。


「まったく、どっちが甘やかしてるんだか。男って素直じゃないわよね。ねえ?」


 女優陣の生暖かい視線に見られてる事にオレは気付かなかった。

 それで結局、ケンさん達とのあれやこれやで動くことで、一人で悩んでもしょうがないと思ってきて、直接行動することにした。まずはリンと話そうとしたオレは別にヘタレでは無いと思う。




「それでショウを元気付けるために、何か一緒にやりたいと思ってるんだ。楽しいと思うにはまだ難しいかもしれないけど、思い出を増やしてやりたくて。」


「あら、ソラにしては考えてきたわね。全身筋肉で出来てるんじゃなかったのね。」


 いきなり失礼なことを言われてるが、これがいつものリンだ、平常心。


「相変わらず失礼だな。それでリンには何かアイデアとかないか?」


「ないことも無いというか。実はショウ、自宅で歌ってるみたいなの。」


「本当か!?アイツ歌うこと自体、嫌になってるかと思ってたのに。」


「そう。最初、一年くらいは私もそう思ってたんだけど、最近、食事なんか誘いに行くと、防音室から出てくるときがあるのよ。ゴットさんの歌以外も歌ってたっぽい。」


 やっぱり歌はアイツの楽しい事で、両親との思い出だけで閉じ込めるようなものではなかったんだ。オレは嬉しくなり、胸がアツくなってきた。


「よし、次の休み、皆で出かけようぜ。アイツの歌を聞けるような場所に。」


「良いわね、私に任せておいて。」


 そういえばこの頃、リンもかなり忙しくなってきてたはずなんだが。流石の行動力を発揮してくれてた。



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