第三話 「俺の全てを見せてやる」

「殺し屋になれ、これは脅しだ」


俺は長らく、「殺してくれる奴」を探していた。

この腐った世界を造る奴を潰して過ごしてきた自分は、存在価値など無い。それに気づいたのは殺しを始めてから丁度三年たったころだ。社会に影響を強く与える人物の不祥事一つで動く任務に従い、


―—バンッ。


一発の銃声と共に、間接的に社会を変えてきた。


死のうにも死ねないリンカの気持ちはよくわかる。俺だって、数えきれないほどの人を殺めてきたくせに、自分の命は重く扱う。


ピストルを咥えて、トリガーを引いてみたこともある。

弾が入っていなかった。弾を込めてなかったのは自分だ。


首を吊ってみようと、縄を大量購入した時もある。

どれも、結び目が強くなく、失敗した。結んだのは自分だ。


手榴弾を組織の弾薬庫からパクってきた時もある。

ピンを引っ張っても、なかなか爆発しなかった。レプリカだった。


死にたいって思っていても、体がそうさせてくれない。

だから、いっそのこと「殺してもらえれば」。


リンカはそっと「うん」と答えた。


〈自宅〉

「うわっ⁉」

真横から噴射される大量の水を、二人共々被る。

正確に言えば、これは水ではない。消毒液だ。ついでに防臭効果が付いている。前までは洗剤も混ぜていた。

「あぁ悪い。そういえば、リンカって俺の家上がったこと無かったな」

「......びしょびしょだっ」

「あぁ服か? もう少し待てばドライヤーがつく」

「......乾けばいい精神、どうかしてます」

ぼわぁぁぁ、と轟音を立てて、今度は強風が吹きつける。

「殺し屋は細かいところも手を抜かないんだぜ? 血とか残ったらえらいことだからな」

「......通販とかどうしてるんだろ」


タオルでしっかりと水分を叩き落とした後、そのまま廊下を進みリビングへと進む。

常時家に滞在している俺の妹は俺がドアを開けた瞬間に「おかえり~」の一言を飛ばしてくるが、今日はそれが聞こえない。どこか外出しているのだろうか。

それとも......任務遂行中?


「へぇ~、ときたま顔を見せるそれ以外は結構まともな家具配置だね」

「あぁ、この銃か? レプリカってことにしてある」

「なら......」

「勿論実弾入るぞ。まぁBB弾無理やり詰めてぶっ壊しちゃったんだけどな」

「普通入らないよね......」


部屋の隅に掛かる銃器は、レプリカだということにしている。まぁ普段家の中にフウト以外は入れたことが無いし、そのまま放置している。

リビングは十畳の比較的広めな空間を取り、80インチのモニタ、暇なときに触る家庭用据え置きゲーム機などが部屋の奥を牛耳る。L字型ソファがそのテレビをどの方向に座っても見れるよう配置され、ローテーブルの上には二リットルペットボトルのコーラがコップと共に置かれている。ゴミ箱はそうサイズが大きくなく、壁掛け式のモニタの下にぽつんと置かれているが、溢れるほど詰め込まれたポテチの袋は、妹がついさっきまでここで韓国映画を見ていたことが分かる。


「そこらへん座ってくれ」

部屋の電気を付け、俺はリビングのすぐ向かいに存在するキッチンの冷蔵庫へ向かう。買い出しは妹が担当なため、中身を俺が知る由もない。だがプリンか何か、少し食べれそうなものはあるだろう。学園で弁当は食べたが、お腹が空いた。


結局、見つかったのはプリン二つとポテチ(コンソメ)が一袋だけだった。

適当にローテーブルの上にそれらを展開すると、既に座っていたリンカの横に座る。


「よし、じゃまず殺し屋になるためプロセス、第一を実行するぞ」

「うん」

「俺の入っている組織に入れ―—Calling. "Auntie," are you there?」

俺は巨大な壁掛けモニタの電源が入っていることを確認して、呼びかける。

一秒も掛からずしてモニタにメーカーのロゴが入る。そして開かれるのは地上波の映像ではなく、〈Kka〉のホームタブ。

そして照明が自動的に消え、電動カーテンが閉まる。壁に埋め込まれたカラーLEDの色が赤色に変わると、木製(というのは見た目だけで、実際は3t超あるスイス製のの耐爆ドア)のドアが動いて部屋の出入り口を閉じる。

「す......すごい」

「こんなの序の口だ。顎外れないように気を付けとけよ」

〈Kka〉、それは俺が所属する秘密組織〈Kitchen knife association〉の略称だ。直訳して、「包丁組合」。

ある世界レベルの大富豪によって設立された、殺し屋の集まりだ。言ってしまえば人で無い殺し屋にとって、集団行動は自らを傷つけるワンアクションになりかねないので、殺し屋業界は一匹狼が多い。だが、その殺し屋業界の中でまともな奴は、ここに身を置く。安全だから。


組織内で自分が手柄を上げることが出来れば、身分が高校生だろうが自宅内の設備改装まで資金を出してくれる。何かしらの理由で休暇を貰いたいならば好きな時間帯に休みを入れられる。素晴らしい組織だ。

「あまり外には持ち歩かないが、ホログラフィックシステムだって使える」

もうディスプレイなどの出力機器に戻れなくなるほど、透過されたタブレットの形をするホロディスプレイは便利だ。公の場で使用は禁じられているが。

「しかも、通販だったらコーラとか買い放題。ネットに売ってるものなら許可なしで好きなだけ買える」

「そ、それ大丈夫なの?」

「あぁ、自分の給料の範囲から引き出されるからな。法的にも大丈夫だ。だけど......」

リンカの顔に自分の顔を近づけて、すっと語る。

「実力次第、だからな」


やがて、がこっ、と巨大な、何かが外れて動くような音がリビングに響き渡る。

壁から約四センチ付近の床がぱこっ、と内側に開き、中から灰色の壁が上昇してくる。巨大モニタは壁から数センチ浮き上がり、伸びてきた鋼鉄の壁に再度接着する。

観葉植物はぱこっ、と開いた壁の中に入り、キッチンの方が壁で遮られる。ソファが床へ格納されていくと、リビングはモニタ一枚の、殺風景でかつ密閉空間へと姿を変えた。


「よし、これで準備はOK。少し揺れるから気を付けろよ」

「へ? 揺れる?」

「あぁ、今から地下に降りて、本部に行くんだ。だから降りるぞ」

「こ、この部屋ごと?」

「そうだが」

「......殺し屋ってすごいんだね」

がこっ、と、レールに滑車がぶつかる音がする。数秒も経たずに、体が若干浮き上がった。どんどん下降していくのを感じる。

『到着しました』

無機質な音声がどこからか流れると、がこっ、と言いスピードが落ち、とうとう止まった。おおよそ十五秒間くらい経つと、きゅぃぃ、と言いながら鋼鉄の壁が収納されていく。

そして一面だけ、下りない鋼鉄の壁が存在した。ドアの方だ。

「ここから......どうするの?」

「どうするって......あのドアを開ければ、先は一つだけ。中央〈Kka〉施設だぞ」

がこっ、とまた音を立て、ついにドアの面の鋼鉄の壁が下りる。降りていくさなか、向こう側に見えるのは光り輝く空間。自分の家ではない。見えるのは、


地下に掘り抜かれた、巨大な施設群。


〈中央Kka〉


「なっ、ここって地図上だとどこなの」

「太平洋のど真ん中だ」

「私たちの家って東京だよね?そうだよね?」

「俺もいまいちこの住居間移動システムのことは分からん。でも便利だよな。俺たち以外には知らない未知の空間、秘密基地に一瞬でワープ出来るんだからさ」

ここに広がるのは、自分を隠して自分を愛した、そして身勝手で傲慢で気持ち悪い変色者たちの居場所。憎んでは我慢することの出来ない、人の命をゴミ同然と信じる狂人たちのたまり場。


「さぁ、行くぞ」

狂った空間へようこそ。

ここが、俺の居場所です。


世界中の殺し屋が一同に会する。

ここは〈Kka〉。

あなたは今日から組合員。私たちの仲間です。


「包丁組合」


君の瞳は蝋色だった。












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