第二話「脅し」

「私を.....弟子にしてください!」

 もう何が何だかよく分からなかった。


〈私立フラナリー学園・学部棟連絡廊下〉


 俺は引っ張る相手の腕を引きちぎらない程度に引っ張り、廊下をとんでもない速度で駆けていた。今は中等学部棟と初等学部棟を連絡する通路に差し掛かったところで、今や煙が消えつつある中庭から直線距離で結んでも百メートルは離れた地点にいる。

 みんな今さっきの騒ぎで大パニックに陥っているようだ。教室は散らかりながら人の影一つ残さず、廊下は静まり返っている。


「ここまでくれば大丈夫だろう」

 廊下の角に差し掛かったところで、走り続けていた自分の足を止めた。きぃぃと音を立てて俺は停止し、壁に凭れかかった。

「はぁ......はぁ.....はぁ......」

 後ろを走ってきた少女は、それはマラソンでも走った後のように息を荒げていた。感覚の狭い呼吸で、体を持たせようとしている。

「あぁ......ごめん。飛ばしすぎた」

 腕が引きちぎれない程度で走ったが、流石に早すぎたらしい。

「ふぅ...ふぅ...ふぃう」

「大丈夫か?」

「......絶対腕折れてるって」

「そうか。ならOKだ」

「何が⁉」

 リンカがツッコミしてくる。それだけの力があれば大丈夫だろう。

「それよりさ」

 本題へと切り出す。

「なんで銃を持って学校に来た」

「......届けに来ようと思って」

 ......。

「――お前は何を言っている」

 凭れかかった背をゆっくりと浮かして俺は立ち上がり、隣に座っていたリンカの凭れかかった壁に向かって、思いっきり拳をぶつけた。ばきっ、というコンクリの破砕音と、リンカの驚いた声が重なる。

「お前と関わっていた前の〈イオリ〉は、もう俺じゃない。一度素性を知られてしまったら、目撃者を殺すのが鉄則。だけどお前を見逃した。ならそのまま逃げとけよ。なんで逃げない。なんでこうもしてまで俺と関わる。俺はお前に自分の薄汚い一面を見せてしまった、なら! 俺がお前の目の前から消えるか、それともお前が俺を遠ざけるかどっちかだ。俺は悪だ。いずれ殺されよう。前までの〈イオリ〉はもう無い! 俺の前から退け。俺を裁きたくないなら何とかしてその目撃した記憶を消せ。そして黙ったまま一生を過ごせ。通報するならすればいい。お前が持ってきた銃には俺の指紋がたっぷりついている。あの路地裏を警察に教えれば俺を追い詰めることだってできる!」

 再度、ヒビの入った壁を拳で殴った。

「—―お前の幼馴染は、殺人鬼だ」

「......」

 リンカは黙ったままだった。その青い双眸からは、何を考えているのか意図を把握することが出来ない。

 俺の声が廊下に響いて三秒後だっただろうか。リンカが口を開いた。

「よくない事だよ......」

 そして、

「よくない事だよ!」

 リンカが叫んだ。

「人を殺しちゃうのはよくない! だって、その人の人生を一瞬で消し去る。同時にその人が持った無限の可能性を捨てることになる! ダメだよ! そんなこと! だけど......!」

 瞳から雫が垂れた。

「イオリ君は......私が必要なんでしょ......」

 図星だった。

「......」

 俺は何も言わず、そのまま黙った。


 この街で任務をこなすことは少なかったが、無くは無かった。



 そして、手が勝手にリンカを巻き付ける手錠を解除していた。

「くそっ......また敗けちゃったよ」

 俺は、勝手に涙から水を流していた。

「えっ」

 俺が泣いている姿はこの十二年間、何度も見てきたはずだ。幼馴染なのだから。

 でも、リンカはひどく驚いた顔をする。目元が赤くなっているのに。

「......要求は......なに?」

 俺はそっと聞いた。もうすでに、雫は収まっていた。

「......帰るぞ。お前の服、壊滅的にダサいしな」

「——なっ」


〈自宅〉


「学校抜けだしてきちゃったけど.....」

「お前は休んでんのに学校に来て、それでもって銃を持ってきたくせに言うな」

 俺は学園を抜け出し、家の目の前でリンカと別れる。数分も経たず内にリンカが着替えて出てきて、落ち合った。

「おぉ」

 確かにファッションセンスは悪くない。夏に相応しい軽い着こなしだが、ひらひらと揺れるその青いワンピースは美しさを映す。

「なんで急に学校に来た?」

「実は起きたのが......十二時で」

「遅っそ。今日水曜だぞ? どんな脳内時計してんだ......あれ?」

 家の玄関までの短い道のりで、俺は立ち止まる。リンカの言葉を反芻するためだ。


 起きたのが......十二時?

 昨日、あんな惨状を目撃したのに、寝たのか?


 いやそれより。

「いや、十二時に起きたのはまだ......わかるけど、そっから服も着替えず昨日持ち帰ったピストル持って学校来るとか......ちょ、額出せ」

「なな、なになになに⁉」

 自分とリンカの前髪を上げ、リンカの額に、自分の額を当てて熱が無いか調べる。

 普通寝起きで服も着替えず学校来ないだろ。そんでもって教材の入った通学バックは持って行かず、代わりに銃一丁って......どうして通学路でバレない。何かに入れてきたのか? でも中庭に居た時はまんま持ってたし......。


「お前......大丈夫か?」

 額から感じる熱は無い。風邪かなんかは引いていないのだろう。

「あわわわわ......!」

「え......あっ、ごめん」

 よく見てみれば、リンカは頬を爆発寸前まで赤くして、微細な振動を起こしていた。

 額をすぐに離し、全身が映るようになった俺の視線はリンカの顔へと移動した。

 外観上、特におかしな点は無い。


「弟子にしてくれ......って言ったよな」

「......うん」

 リンカはわたわたしていた今さっきの焦り顔を変化させて、真剣な表情になった。

「俺の率直な疑問その一。昨日からのお前の行動一つ一つ、すべて理由が分からない。率直な疑問そのニ。なんで大量殺人鬼が隣にいるのにそんなに平然としていられる。率直な疑問。その三......」

 ポールに左拳をぶつけ、リンカを立ち止まらせる。

「殺し屋になりたい......って思ってるのか?」

「......すべてを肯定する」

 正直、驚いた。


「正直......もうこの日常が飽き飽きでさ......。いつも遊んでいる友達二人とも、人殺しって言うね......あはは。なにそれ、私にもなれ、って言ってるみたいじゃん」

 フウトのことも見抜いていたのか。

「私さ、もう疲れたの。この世界で生きるの。そしたら、自分の大好きな親友二人が、どっちとも〈殺し屋〉だって聞いてさ、首つりより簡単な死に方を見つけたの。だから、昨日いいことがあった。君が、銃を落とした。なんなら、それを持って学校に行って、騒ぎを起こして、そして―—」

「その時例えお前がどんなことをしても、俺は殺さないぞ」

「——へっ?」

 なるほどリンカは、〈自殺〉しようとしていたわけか。道理でよくわからない理由を述べる。

 恐らく学校へ来なかったのは―—それまで自殺の術を実行していた。リンカの家に行けばロープが何本も天井からぶら下がっているだろう。

 自殺に失敗したから、俺に殺させようとした。

 だからなんとか俺の銃を学校に持っていき、騒ぎを起こそうとした。しかし俺がそれに気づき、大惨事になる前に阻止することが出来た。

「ふぅ......」

 俺はリュックの外ポケットから一瞬でピストルを取り出すと、リンカのこめかみに砲口を打ち付けた。

「お前が死にたい理由なんて知ったこっちゃないが、死ぬんだったら、俺を殺してから死ね。今のお前にそれは出来るか? 例え、今お前がナイフと毒針を持っていても、俺は100%死なないぞ。だから―—」

 俺はリンカの瞳を見つめる。

「殺し屋になれ。これは脅しだ」

 俺はお前に敗れた。

 俺は、何があってもお前を殺せない。

 そして俺は―—。

 何があっても自分で死ねない。

 だから、お前が殺し屋になって、俺を殺す。

 せめて、俺を葬ってから―—。


 君の瞳は蝋色だった。








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