『眠らぬ人』(ベリャーエフ)の場合

「喜んでください!大統領!」


大統領執務室の扉がいきなり開き、

最近はションボリした顔ばかり目立つ

国防相が珍しく明るい顔で入ってきた。


「どうした国防相?

戦況に何か好転があったかね」

「あ、いえ。。。ですが

我が国の窮地を救うかもしれない

驚くべきテクノロジーを、

この、、、」

国防相は、一歩遅れて執務室に

入ってきた、白衣の学者を指差して言った。

「ワグナー教授が発明してくれましたぞ!」


ワグナー教授と呼ばれたその男。

実に傲然とした態度で

大統領の前に立つ。


「どうも。大統領閣下」


「ふむ?」

いきなりの失礼な態度に

大統領は眉をしかめつつも、

「で、この男は何を発明したのだ?」


それを受けて、国防相が答える。

「人類の究極の悩みを解決する方法ですよ!

ワグナー教授、君から説明を!」


「はあ。まあ、

大統領閣下のような科学のシロウトにも

わかるように簡単に言いますと、

睡眠をとらなくてよい方法、となりますか」


「なに?睡眠をとらなくていいだと?」


「はい。かく言う私が、

発明したこの方法によって、

すでに六ヶ月間、

睡眠をとっておりません」


「本当か?凄いじゃないか!」

さすがに大統領も興味を示す。

「どうやったんだ?」


「はい、こちらのチューブが見えますか?」

ワグナー教授は、自分の鼻を指差す。

そこには確かに、

寝たきり病人向けの

栄養補給チューブのような、

透明なチューブが差し込んである。

「睡眠というのは、けっきょく、

疲労物質による脳への作用でしてな」


「ふむ」


「私の発明したこのガスを

24時間、吸引し続けておりますと、

その疲労物質からのシグナルが

脳にまったく、届かなくなります。

カラダがいくら疲労しても、

脳がそれを感じません。

よって、いつまでも、

眠くならないのです。

私はすでに、この記録を

六ヶ月まで、記録更新しています」


「・・・」


「む?どうかなさいましたかな?

大統領閣下?」


「いや、シロウト考えかもしれんが、

それって、そのう、、、ある種の薬による

ハイな状態とよく似た状態が、

長期続いているだけ、のようにも、

聞こえてな」


「シロウト考えですぞ!大統領閣下」

ワグナー教授は、

馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「そうかなあ、、、。で、君は、

その生活を続けていて、

特に副作用はないのかね?」


「副作用どころか、よいことばかりですぞ。

最近は特に、右脳と左脳がなんだか

別々に活性化しているような気がして

おりましてな。ほら、今では、

こんなこともできるように

なったのです。にょほほほほほ!」

ワグナー教授はハイテンションな

奇声をあげると、

右の目と左の目とを、

それぞれ反対方向に、

ぐるんぐるん回すという怪行動を見せてきた。


「・・・ええと、それで、教授。

君の提案は、その、

眠らなくて済むようになるガスとやらを、

我が軍の兵士に供給するということかね?」


「は?何を言っているんです?」

急に教授は、不機嫌になる。


今まで黙っていた国防相が、

あわてて横から口を出した。


「申し訳ございません大統領閣下。

実はこのガスはまだまだ生産できる

規模が限られておりまして、

とても兵士たちに常時供給することは

できないのです」


「しかし国防相。

それではこの発明は、

我が国の何の役に立つというのだ?」


「え?いや、その。。。

大統領閣下ご自身が、

これを使っていただければと。。。」


「え?オレが?」

さすがの大統領も仰天する。


「はあ。大統領が眠ることなく、

24時間365日、稼働し続けることができれば、

我が国の戦時指揮体系もより

迅速になることかと。。。」


「しかし、言っては何だが国防相。

これを試験的に使っているという

その教授自身、どうもさっきから

テンションがおかしいじゃないか?」


「ご心配なさるな、大統領閣下!」

力強く教授はそう言い、またしても、

両方の目玉をそれぞれ

逆方向にぐるぐる回してみせる。

「閣下もすぐに、こんな芸当が

簡単にできるように

なりますて。にょほほほほ!」


「もっとそのう、、、

安心できそうな発明は、

何かないのか?」

大統領がそう訊くと、

ワグナー教授はポンと手を叩き。


「おお!そういえば、

昨日、試作品ができたばかりの、

物質透過光線が!」


「ふむ?なんだね、それは?」


「こちらとなります」

教授は、SF映画に出てくる

光線銃のようなものを取り出した。

「この光線を浴びたもののカラダは、

原子構造が変わり、

どんな物質でもすり抜けられる

ようになるのです」


「なんだと!」

こちらには、大統領は

多大な関心を見せた。

「つまり、壁抜けができる?」


「はい。壁抜けどころか、

どんな金庫に入っているモノでも

覗き見ることができます。

どんな厳重な施設にも入り込み、

会議を立ち聞きできますぞ」


「すごい発明じゃないか!

こういうのだよ!

こういうのを持ってきて欲しかったんだ!」


「おお、大統領閣下。

それでは、この光線の方は、

試してみますかな?」


「ああ、これは試してみたい。

ぜひ、試すとも!」


「そうですか。ではさっそく!」

教授は光線銃のスイッチを入れ、

緑色の光線を大統領に浴びせた。


すうっと、大統領のカラダは、

ディ○ニーランドのホーンテッドマンションに

出てくるような、うすぼんやりとした

緑色がかった半透明になった。


「おお!凄い!これで

アメリカだろうがEUだろうが、

どんな相手の秘密施設にも

入り込み放題というわけか!

よし、ではさっそく、手始めに・・・」

と、喋っているうちに、

大統領のカラダは、床の中に

足の先からズブズブと沈んでいき、

やがて頭までが床下に消えて、

見えなくなってしまった。


国防相があわてて、

大統領のカラダが消えたあたりの床を

両手でまさぐる。

「あれ?大統領閣下?

な、何が起こったんだ?」


「ああそうか!私としたことが、

うっかりしておりましたわい!

にょほほほほ!」

いきなりワグナー教授が奇声を上げる。


「なんだと?どういうことかね?」


「気づいてみれば簡単なこと。

すべての物質を通り抜けられる大統領は、

今や、地面をも通り抜けられるわけでしてな。

で、そうなると、当然、

大統領のカラダは重力に引かれますから、

今頃、地球の中心点へ向かって

加速していっている最中かと思います」


「ええ!地球の中心に?

それで大統領はどうなってしまうんだ?」


「そうですな。加速が

ついているはずですから、

いずれは、地球の反対側の地面から、

ひょこっと出てくるはずですな」


「ふむ、それで?」


「ええと、待てよ。そこからまた、

地球の中心点へ引かれるわけだから。。。

つまり、大統領は、

地球の中心点を軸に、

行ったり来たりを繰り返すわけですな」


「え!それって、、、!

どうにか止められないのかね?」


「心配ご無用ですぞ。そうやって

行ったり来たりを繰り返しているうちに、

だんだん振幅は小さくなっていきます」


「で、どうなるんだ?」


「はあ、最後は、

地球の中心点で停止することでしょう。

でも大丈夫。すべての物質を通り抜けられる

大統領のカラダは、地球の中心点の

高温の中でも問題なく、

永久にそこで生き続けられる

筈ですぞ。にょほほほほ!」

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