『永久パン』(ベリャーエフ)の場合

今朝の大統領は

今までにないほど不機嫌だ。

明らかに不機嫌な表情で、

執務室の机に向かい、

黙って書類に目を通している。


そこへドアが開き、

冷や汗を垂らしながら、

国防相が駆け込んできた。


国防相「お呼びですか?大統領閣下」


大統領「ああ。今朝、BBCの放送を見た」


国防相「はあ、、、何か、

気になるニュースでもございましたか?」


大統領「我が軍の補給の不備により、

前線の兵士が飢えていると言っていた」


国防相「はあ、、、」


大統領「もちろん、

すかさず『これは西側のプロパガンダだ』と流した。

それで国民のほうは情報統制がついた」


国防相「はあ、、、」


大統領「だが、この場合の問題はだ。

補給が追いついていないなど、

私にとっても、

寝耳に水のハナシだったということだ。

単刀直入に聞こう。

あの報道は、本当かね?」


国防相「あ、、、あのう、、、。

すいません、、、本当なのでございます、

大統領閣下、、、」


大統領「そうか、、、。

あの報道が本当だとしたら、

君はどうなるか、わかっているな?」


国防相「あ、ちょいと、、、待ってください!

私としても食糧補給の停滞は

大問題と考えておりまして!

キチンと、対策は考えております。

おい!あの教授を連れて来い!」


国防相がドアの外に声をかけると、

二人組の兵士に両脇を固められ、

やせぎすの学者が連行されてきた。


二人の兵士はその学者を乱暴に

大統領と国防相の前に突き出すと、

きびきびと執務室から退場していく。


大統領「誰だね?その男は?」


国防相「生化学者のブロイヤー教授です」


大統領「なぜ連行してきたのだ?

何かやらかしたのか?」


国防相「はい!この男は実に不届きなことに、

我が軍の問題を一気に解決する

重大な発明をしておきながら、

それを隠し続けていたのです」


大統領「ほう?どんな発明だ?」


国防相「はい。

『永久パン』(Вечный хлеб)

の発明です」


大統領「なに?Вечный хлебだと?

なんだね、それは?」


国防相「おい、大統領閣下に

お前から説明するんだ!」


顔面蒼白のブロイヤー教授は、

憔悴しきった顔を大統領に向け、

弱々しく話し始めた。


教授「大統領閣下。

まずご理解いただきたいのは、

この発明品はあくまで試作段階でして・・・。

軍全体に行き渡らせてよいものかは、

私としてはなんとも・・・」


大統領「それは私が判断する。

どういうものなのか説明したまえ」


教授「は、、、それでは」


ブロイヤー教授は、

懐から缶詰を取り出した。


教授「この缶に入っている、

この物体が、『永久パン』となります」


大統領「ふむ」


教授「これは栄養満点。

この缶の、ちょうど半分だけ食べると、

成人男性は一日、

腹をすかすことは、ありません」


大統領「ほう?それで?」


教授「はい、実はこの永久パンは、生き物でして。

人間の体内の消化酵素に触れると死滅し

人間の栄養となりますが、、、

缶の中に放置しておくと、

ちょうど、24時間で、

2倍の量に繁殖します」


大統領「なんだと!ということは、、!」


教授「はい。

私は、毎日この缶の中身を半分ずつ、

食べることで、すでに365日、健康体です。

かつ、この永久パンのおかげで

他の食費はいっさい、

家計にかからなくなりました」


大統領「素晴らしい発明だ!

すぐに量産して、兵士たち全員に配給しよう!

なぜ、この発明品をもっと早く

報告しなかったのだ?!」


教授「まだまだテストが必要です!

私の体ではうまくいきましたが、

他の人間でも、無事、

食べた後にカラダの中で

無限増殖するようなことがないか、、、。

複数の年齢、性別、人種の方の協力を得て、

何度もテストしないと、

とても実用化は、、、」


大統領「そんな悠長なことをやってられるか!

これは我が軍の窮地を救う発明だぞ!

私の命令だ!国防相!

すぐに全軍への配給の準備をしろ!」


国防相「はい!大統領!」


教授「あの、、、大統領閣下?

ハナシを聞いておられましたか?

今はこの試作品しかないので、

私一人分の『永久パン』しか

手元にないのです」


大統領「増やす方法はないのかね?」


教授「はあ。説明した通り、

永久パンは、

24時間ごとに2倍の量に増えます。

私がこれを食するのを控えれば、

ええと、、、二倍、二倍、二倍で、

翌日、翌々日には、

指数関数的に増えていくわけだから、、、」


大統領「そんな悠長なことをやってられるか!

明日には配給をしたいのだ!

一気に量産する方法はないか!?」


教授「そうですねえ、、、」

ブロイヤー教授は弱りきった顔で言った。

教授「これは実は、海洋プランクトンを

遺伝子変換して生み出したものです。

それゆえ、塩水、

特に海水に近い配合の塩水を与えれば、

急成長すると予想しますが」


大統領「それだ!素晴らしい!

国防相!

すぐに塩水をバケツ一杯分、

作って持ってきたまえ!」


国防相「は!」


国防相は急いで執務室を出て行き、

ものの数分で、

バケツ一杯分の塩水を持って戻ってきた。


大統領「その塩水を永久パンにかけるんだ。

うまくいけば、お前の今回の失態は許そう。

それどころか、お前は、

ナポレオンを撃退したクトゥーゾフ将軍や

ヒトラーを撃退したジューコフ将軍の如く、

我が国の歴史の永遠の英雄となるだろう!」


国防相「は!大統領閣下!」


教授「あのう、、、本当にやりますか?

せめて、塩水一滴分とか、

まずは、小ロットでのテストをするのが

こういうときの常道と思いますが、、、」


大統領「うるさい!

こんな重大発明を1年間も隠して

独り占めしていた奴の言うことなど

信用できるか!

投獄されないだけありがたいと思え!」


教授「だから独り占めしていたのではなく

あれは自分の体で慎重にテストを、、、」


教授がそう言っている間にも、

国防相は缶詰の中の永久パンに、

バケツの塩水をドバドバ注ぎ始めた。


凄い勢いで永久パンは膨らみ始め。


缶詰から溢れ出しても、

まだまだ、まだまだ、

執務室の真ん中で、

膨れ上がっていく。


大統領「おお、すごい!」


国防相「やりましたな!閣下」


教授「・・・これは・・・ヤバい!」


ブロイヤー教授は真っ青になって、

猛ダッシュで執務室から逃げていった。


大統領「素晴らしい!

まだまだ膨らんでいくな!」


国防相「ええ!凄い繁殖力です!」


大統領「おお、

まだまだ、膨らんでいくな!」


国防相「ええ!本当に素晴らしい!」


大統領「、、、ちょっと、

膨らみすぎじゃないかな、、、

むぎゅう、、、」


国防相「ええ、、、

執務室はもういっぱいですが、、、

でもまだまだふくらんでいきますな、、、

むぎゅう、、、」


ベキベキボキボキバキ!


大統領「ぐえ・・・」


国防相「げふ・・・」

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