第2話 やってきた隊長は死神と呼ばれていた
第18中隊の頃から一緒に戦ってきた青龍もそう吐き捨てるように言った。
「どういう意味?」
「知らないのか、グレン大尉を。ドライランド解放作戦や砂漠の星作戦、銀河要塞攻防戦に参加。それぞれの作戦で旭日十字勲章を受けた
「三つの戦場で勲章を?」
「しかも、すべてが第一級戦功だ。彼の参加した戦闘は、すべてわが軍の勝利に終わっている」
「すごいじゃないか!」
「結果だけ見るとな。ところで、おれたち機動装甲歩兵の帰還率はいくつか知ってるよな」
「……65パーセントから70パーセント程度だ」
機動装甲歩兵、通称『キグルミ』は全高三メートルになる防弾装甲の施された高機動型パワードスーツだ。人が乗り込むことにより、人体そのものの力を数倍から十数倍に
「グレン大尉の指揮する部隊の帰還率は――10.5パーセントだ」
「まさか!」
低すぎる! 10名出撃すれば9名は戦死する計算だ。いくら軍事作戦とはいえ、そんなに人の命が軽く扱われていいものか。
「グレン大尉が投入されるのは、過酷な作戦ばかりだ。だれもが死を免れない戦場で彼は勝つ。彼だけは生き残る。敵味方を問わず戦場に死を撒き散らす兵士『死神のグレン』というわけさ」
「ということは、この第11中隊は……」
「ああ、今回の作戦で最も困難な戦場に投入されるんだろうな」
青龍の頬は青ざめていた。ぼくもこれまでの戦場で何度かみたことがある、死神に魅入られた兵士の
しかし、第11特殊歩兵中隊に出動指令が下された次の戦場は、ホンシュウの激戦地ではなく、内海を隔てたシコクに広がるのどかな田園地帯。これまで戦略的に攻撃する意味がないと部隊の派遣が見送られてきた地域だった。攻撃目標とされた敵拠点は――シコク広域災害医療センター
「攻撃対象が病院なのですか」
「そうだ」
宿営地の仮設隊舎でぼくと青龍は、紅蓮に向かい合っていた。司令部からの出撃命令が届いた夜のことだった。
「しかし――民間の施設、しかも病院を攻撃することは戦時でも認められません」
「わかっている。だが、最新の情報によるとその実態は病院を擬装した敵軍の生物化学兵器工場と判明している」
「新しい情報――? 隊長はその最新情報とやらを信じているんですか」
「セイリュウ!」
「――信じるも信じないも、われわれは司令部の命令に従って敵拠点を制圧する――それだけだ。セイリュウ准尉もそうだろう?」
青龍はなにか言いたげな表情だったが、結局なにも言わなかった。はじめて差し向かいで話した紅蓮は、融通の利かない冷徹な職業軍人に見えたが、『死神』と恐れられるような狂気は感じられず、その静かな佇まいに軍人というよりは学者のような印象を受けた。彼の実戦を見るまでは。
シコクに上陸してしばらくして、山間部を進む第11特殊歩兵中隊は敵の小部隊に遭遇した。偶発的な戦闘は短時間のうちに、ぼくたちの勝利に終わったのだが、真っ先にキグルミを着て戦場に飛び出したのは紅蓮だった。
「隊長!」
「私が先行する。カイオウ准尉は待機、情報をくれ。セイリュウ准尉以下、キグルミを装着した者は私に続け、遅れるな!」
手短に必要な指示を飛ばすと、地面を蹴って山道を逸れ、緑の木々のあいだに飛び込んだ。道をゆかず、森を突っ切って敵との距離を一気に縮めようというのだろう。あわてて森の上へ射出した情報収集用ドローンから送られてくる映像で確認すると、青龍以下の後続を引き離し一人突出している。キグルミが森を突っ切って進むなどセオリーにない戦術である。青龍たちが戸惑うのも当然だ。
《隊長、一人突出しています。速度を落としてください、後続がついていけません!》
《追いつけない者は置いていくだけだ。私一人で行く》
「無茶だ」
たった一人で敵の部隊へ突入するなんて自殺行為だ。叩き潰されるに決まっている!
しかし、紅蓮に追いついた情報収集用ドローンが送信してきたのは、彼がたった一人で敵部隊を殲滅していく様子だった。
森を突っ切り、敵部隊の至近距離に現れた紅蓮は、瞬く間に敵の装甲車、自走砲、戦車を撃破。帯同する二体の敵キグルミを翻弄してこれも撃破。青龍たち部下の機動装甲歩兵が追いついたときには、すべての戦闘行為が終わっていた。ものの15分ほどの出来事だった。
部隊へ戻ってきた青龍は青ざめていた。
「信じられない。魔法を見せられているようだ。突然、森の中へ消えた。いくらキグルミの力を借りているとはいえ、あんな動きは人間の動きじゃないぞ。まるで猿だ!」
「猿では敵を倒せない。敵部隊に襲い掛かかったときの隊長の動き、鳥肌がたった。とんでもないスピードに敵のキグルミが応戦できないんだ」
「『Bモード』だな……」
「まさか、身体への負担が……連続使用に耐えられないはずだ」
「しかし、そうでもなければ説明がつかん。初めて見るが、
世界最大の兵器企業・グレイアップル社製の
敵の包囲された状況などから脱出するため『Bモード』は一時的にではあるが、『Aモード』の3倍まで出力を上げることができる。通常の約2倍のスピードでキグルミを動作させることができるが、装着する人間への負担が大きすぎるため、リミッターが効いて連続使用はできないはずだった。
「隊長のキグルミは『Bリミッター』が外されている?」
死神の正体が見えた瞬間だった。タネを明かせば簡単なことだ。通常の2倍のスピードで戦場を駆け巡るキグルミは強力な兵器に違いない。ただ、それも味方の支援があってこそ。死神の戦力を最大限に発揮させるためにはフォローに回る部隊が必要で、彼らは通常以上の危険に晒される。弾薬も燃料も、通常の2倍以上消費する死神は、敵軍深く侵入して戦うのだ。わが軍にとって、
三日後、ぼくたちは攻撃目標である病院の西5キロメートルの地点に到着した。
(つづく)
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