死神と過ごした数週間でぼくが気づいたこと

藤光

第1話 ぼくたちは予想外の抵抗に遭い苦戦している

 あれはなんだ。キグルミを脱いで双眼鏡を手に空を指し、死神がぼくに訊いた。

 爽やかな風を受けて五月の青空にひるがえる大きな真鯉と小さな緋鯉を探し当てたぼくは答えた。


「鯉のぼりです」

「コイノボリ?」

「男児の健やかな成長を願って親が庭先に飾る――この国のおまじないです」

「……ということは、庭先にコイノボリが泳いでいる家には小さな男の子がいるということだな」

「そのとおりです」


 顎をひいて小さく頷くと、それきり死神紅蓮は黙り込んだ。司令部から、直ちに敵拠点を制圧せよとの指令が届いた朝のことだった。


☆☆☆


 戦争がはじまって三ヶ月。特殊歩兵中隊ぼくたちがこの国を土を踏んでから二ヶ月が経過した。当初は空爆とミサイル攻撃で敵拠点を沈黙させ、短期間で首都を取り囲む衛星都市を攻略、政権基盤が脆弱であるわが国に敵対的な現政権の崩壊と軍の降伏とを引き出す作戦だと聞いていた。


 ――先の大戦から80年。敵軍にはわが軍に抵抗する能力も意志もない。作戦は実行されれば、速やかに終結するだろう。


 部隊の進発式に際して司令官は指揮下の将兵にそう訓示し、ぼくたちもそれを疑わなかったが、この国に上陸したわが軍は敵軍の予想以上の抵抗の前に苦戦を強いられた。同盟国の支援を受けた敵軍の攻撃により要所要所で撃破され、一時撤退と部隊の再編成を余儀なくされたぼくたちの士気は著しく低下していた。


「一撃だ。やつらに対して修復不能の一撃を加えるんだ」


 電撃的に敵拠点を制圧し、早期決着を図るという初期の作戦はその目論見どおりに進まず、戦線は膠着状態に陥った。作戦司令部はホンシュウ地域から部隊を引き揚げると共に、キュウシュウ地域に兵力を集中し、作戦の長期化により漸減していく兵力の再編成を進めた。


「このままじゃジリ貧だ。やつらに痛烈な一撃を加えた上で、より有利な停戦条件を引き出す。これしかない」


 そう言う青龍の威勢はいいが、要は『国へ帰りたい』の一言に尽きる。ぼくたちのあいだには厭戦気分が広がっていた。


 同盟側は、当初からわが軍の作戦行動を『正義なき戦争』と呼び、物心両面から敵国を支援してきた。首都衛星都市の攻略が停滞ののち失敗に終わったのも、同盟国が大量に軍需物資を支援し続けてためだと言われている。


 また、同盟は大量のフェイクニュースを投入・拡散させ、ネットメディアでわが軍の作戦に対する圧倒的かつ継続的なネガティヴキャンペーンを張っていた。「自衛のためと世界を欺き、他国への侵略行為を行っている」だとか「戦争とすら呼べないこれは一方的な虐殺ジェノサイドだ」士気を高く保てと司令部は再三にわたり指示してくるが、「負け戦」が明確になるにつれ、ぼくたちの士気の低下は覆いようがなくなってきていた。


「死神はなんて言ってる。今朝にも攻撃をはじめるんじゃなかったのか」

「グレン隊長だ……相手方の返事を待っている。あと、1時間は待つとのことだ」

「ずいぶんと人道的な死神なんだな」

「皮肉はよせ。上官だぞ」


 今回の上陸作戦には、全体で25の特殊歩兵中隊、人員にして2500名が投入されたが、各地で消耗し1000名弱となった部隊は、いったんキュウシュウ地域に集結、再編成された。ぼくが所属していた第18中隊は解散し、ぼくは第11中隊へ再配属となった。


 第11特殊歩兵中隊は、いわば敗残兵の寄せ集め部隊で、この国で死にぞこなった兵士たちは特に士気が低かった。そして、ここに中隊長として配属されるのが、《死神のグレン》という二つ名で知られた紅蓮大尉だと判明すると、公然と不満を口にする兵士たちが現れようになった。


「とうとう、おれたちに死ぬ順番が回ってきたらしいな」


と。


(つづく)

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