「おやおや。いらっしゃい」
ゆったりとした口調で、くしゃっとした、やわらかい笑顔で迎えてくれた。
「お好きな席にどうぞ」
テーブルが一つと、カウンター席が三つの狭い店内。
セルフサービスの水を汲み、一番おばあさんと近い、カウンターの左側の席に座る。
壁にかかっているメニューを眺めると、味のある木の札の中に、ひとつ気になるものがあった。
かつ丼と親子丼の間にある、天井、と書かれたメニュー。
丼の中の点が消えた、井という漢字。
ああ、これは私のことだな、と思う。
会社では井の中の蛙だなんて揶揄されたこともあるけれど、男社会の中でもドンと構えてがんばってきたつもりだ。
その井戸を飛び出し、会社を辞めると決めた私が今、ここにいる。
「天井ひとつ、お願いします」
食べてしまおう、全部。
今日、この日に。
おばあさんは少し不思議そうな顔をしたけれど、メニューを見てすぐ理解してくれた。
「ほんとだねぇ。天井だ」
ころころと笑いながら続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます