第18話

『フェンダーレンの冒険者ギルドへ――

 即刻ノールデケイヴのダンジョンに対する侵略を止めてください。これ以上私の家に攻撃を仕掛ける様であれば、こちらにも考えが有ります。

 私はいつでも街を落とせる。

 あなた方の判断に誤りが無い事を祈ります。

 ――ノールデケイヴに住まう者より』


 これは先日、俺の執務室に書き置かれていた手紙だ。これにより、非常に不味い事が判明した。

 ノールデケイヴのダンジョンには、知性のある者が存在する。しかも、そいつはダンジョンを自身の家だとまで言っているのだ。住まう者、なんて書かれているがそんな奇特な人間が居てもこんな脅迫染みた事は言ってこないだろう。つまり、これの差出人はダンジョンの主と言って差し支え無い。

 その上、そいつはこの街を落とせると豪語している。これが事実だとすればそいつはダンジョンの外にまで手が出せる、最悪の場合は前代未聞の魔物の流出が起こり得る。こんな事なら懸念していた人間が相手である場合の方がまだマシだった。

 勿論、この手紙が別の悪意ある人間の手による物だという可能性はある。しかし、ギルドマスターの部屋に忍び込み、態々指名依頼書を用いて書き置く。そこまでするだろうか。

 この部屋には防犯用の魔道具が置いてあって、あらかじめ登録された人間以外には作動する様になっている。愉快犯による悪戯だろうがどこぞの組織による牽制だろうが、リスクに見合わないのだ。だったら、受付付近にでも手紙を置いて立ち去る方が無難だ。

 そして、ここに侵入して何事も無く立ち去れたと言う事は、普通の民家であれば容易に侵入出来ると言う事。少しずつ住民を殺していき、気付いた時には大事になっている事も考えられる。いや、もっと簡単な手段を取るならば、流通する食料や井戸水に毒でも仕込むだろう。奴はこの街に住んでいる訳ではないのだから、躊躇などしない。

 大量の魔物を率いて外から攻めて来るのであれば、分かり易いだけマシだった。知性ある存在が単なる力押しでせめて来るとは考え難い。既に入り込んでいるのなら、内側からの方が崩し易いのは道理だ。

 街の人間全てを人質に取られている。下手に動けば、この街は消える。シャハルマクの矢が失敗した場合、今後どんな要求をされようとも飲まざるを得ない。領主には報告書と共に例の手紙の写しを送ってある。出来る限り早く連絡が取れれば良いのだが。


「何だ……っ!? クソ、ふざけやがって!」


 窓が叩かれたと思えば、一枚の紙が貼りつけられていた。


『直接話をする準備が出来たので、近い内にそちらへ向かいます。

 ――ノールデケイヴに住まう者より』



 視線が鬱陶しい。まあ、奇異の目で見られる様な格好をしているので当然ではあるけれど。それでも鬱陶しく思う事に違いは無い。

 身に着けているのは剣。背に大剣を背負い、腰の左側に一振りの長剣を佩き、その反対には六本の短剣。更にワンピースの下では太腿に短剣を左右一本ずつ。当然だが、その全てにリビングアームズが憑いている。

 見えているだけで大小合わせ八本の剣を持っている訳で、それはもう目立つ。鎧等の防具の類いを着けていないので、尚更だ。事実ではあるが、戦う様な人間には見えないだろう。

 しかし攻撃手段を持たない私にとって、この武装は必須。私には身を守れる力など無いのだ。まあ、防御用にいくつかの宝は生み出してきたが。

 重くないのかと問われれば、そこそこ重い。しかし、私は荷物持ちをしていたくらいには膂力があるのだ。動きに支障は無い。

 久しぶりの人間の街だ。まずは飯を食べたい。腹は飢えていないが、舌が飢えているのだ。まともな料理が食べたい。


「ううん、用事を済ませなくちゃ。」


 欲望に飲み込まれそうになりながら、ぐっと抑える。考えてみれば、ギルドの近くには冒険者向けの酒場や食事処もあるはずだ。そこで食べれば良いだけの事。やはり先にギルドと話し合いをしてからにしよう。

 さて、今回の目的は敵との対話だ。手を出さなければこちらからも何もしない、ただそれだけを伝えるつもりだ。当然信用などする理由が無いので、脅しは掛けさせて貰うけれど。

 冒険者ギルドへと直行する。中に入るとまたもや不躾な視線の雨。その多くは、性欲を孕んだものだった。それを無視して、受付へと向かう。


「ギルドマスターの、エリックさんでしたか? その人に用があるんですけど。」

「……えっ!? あ、はい! 確認してきますので、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「……ノールデケイヴから来ました。そう伝えれば分かるはずです。それと、これを。」


 必要な事を伝えて三つの聖銀ミスリル製のタグをデスクに置くと、受付の女は目の色を変えてそれらを持って、その奥に続く扉に姿を消した。聖銀のタグはAランク冒険者の代名詞の一つ。それを個人が複数持っているという事は、最強格の冒険者の死を意味する。

 受付のデスクに肘を突いて寄り掛かる。ダンジョンから呼び寄せたグラスを呷ると、口内が刺激とエルペの香りで満たされた。ああ、美味い。良い酒はいつ飲んでも美味いものだ。

 受付の女が戻るまでの間、私は少しばかり前に行った実験を思い返した。

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