第17話
命を奪い取って、それが迷宮力に変換されていく感覚。私は肩で息をしながら、目の前の亡骸を吸収した。
消滅した死体から現れたのは一本の針。それはリビングアームズが憑依している、
仕返しをすれば、少しは気が晴れると思っていた。それは間違いだった。こんな事なら、自由に操作出来る回転エリアで全員殺しておけば良かった。そうすれば顔を合わせないまま死んで貰えたのに。復讐したいなんて欲張ったばかりに嫌な思い出は更に嫌なものが追加された。
確かに勝利ではある。が、祝杯を挙げるとかそんな気分ではない。
ダンジョンの方に意識を傾ける。今はただ、逃避したかった。
盲目のエリアは我ながら出来が良かったと思う。勝手に片方死んだので何事かと思ったが、どうやら頭の中が焼かれた様だ。強過ぎる光を見ると人間は死ぬ事もあるらしい。単純に暗闇よりも目の見えない場所を作って所々に開いた穴に落ちてもらうつもりだったが、これは嬉しい誤算だ。
一方で毒の密林エリアはあっと言う間に潰されてしまったので、後で何か別の物を考えておきたい。あれと同等以上の魔法を使われれば潰される事は判っているし、また同じ物を造るには消費が大き過ぎる。
Aランクの彼等は、思っていたよりも大した迷宮力にならなかった。大体一人当たり、50万程度。これなら弱い人間を多く殺した方が楽に稼げるし、ずっと安全だ。まあ、自分で敵を選べるわけではないけれど。
「味が分からないからなぁ。食べ物なら美味い物だけ食べたいんだけど。……あはっ、贅沢になったね。」
食べられればそれで良い。そんな考えで半ば腐った物やカビの生えた物を口にしていた頃が懐かしい。今や食を必要としない体だ、腹を膨らます事より味を求めるのは自然であるのだろう。ダンジョン的には殺した相手の味なんて感じないので、質よりも量を取りたい所だ。
しかし彼等を殺した事で、私に対する警戒度は更に上がるはずだ。上位の冒険者の死とは、それ以上の脅威の出現とも言えるわけで、非常事態と言っても過言ではない。
だが先手は打ってある。ギルドに残した警告文だ。あれが多少の足止めになってくれれば良いのだが。
交渉するにも人間社会で魔物は扱い辛い。そもそも喋れる魔物は強さも兼ね備えているとはいえ、多大な迷宮力を消費する上に個人的に嫌なので生み出したくない。私が直接出向けたら楽なのだけれど、それはまだ出来ない。いくらコアと一心同体に繋がっているとはいえ、私が死んだり意識を無くせばどうなるか分からないからだ。
推測だが、死んでさえいなければどんな傷でも癒せると思う。それは体の大部分を失っていたはずの私が、五体満足でいるのが証拠である。が、死んでしまった肉体まで復活させられるかは不明だ。いや、そのまま死ねるのならばまだ良い。
最悪は肉体を失って尚、意識が残る場合。私はダンジョンのコアなのだ。私にはこの肉体の他に、コアとしての
ふと、床に落ちたダガーが目に入る。その刃渡りは通常よりも長く、幅広である。先程吸収した冒険者の持ち物だ。
積み重なった武器の山の中から、回転エリアの天井に生えた石筍により穴だらけにして殺した冒険者の長剣と、頭の中を焼かれて勝手に死んだ冒険者の大斧を引き寄せた。
ダガーで胸を突き刺す。長剣で腹を裂く。斧で首を切り落とす。自分を殺すための動作を繰り返す。しかしそのどれもが、私を傷付ける事はなかった。
「……やっぱり、才能無いな。」
出来ない事が判っていて、私は自刃しようとした。当然だ、私には自殺しようだなんて、そんな勇気は無い。ただ試してみたかった、それだけだ。
私には生物を傷付ける才能が無い。これは最早呪いの様なもので、どんな業物を持った所で斬る事は出来ないし、どんなに重い物を振り下ろした所で少しも凹ませる事は出来ない。それは他者にだけではなく、自分自身に対してさえそうだった。
だから、私に戦う力は無い。死んだらどうなるのかを実験したみようと思ったが、やはり出来ない。今まで侵入者を殺してこれたのは、ダンジョンの力によるものだ。ダンジョンの機能でしか、私は何かを傷付ける事が出来ない。
「……つまり、魔物に攻撃させれば良いって事?」
自分を殺す勇気も手段も無いなら、ダンジョンの機能である魔物に殺させれば良い。それを閃いてしまった私は、リビングアームズに命じる。少し戸惑う仕草見せたそれは、私の心臓を目掛けて飛び込んできた。小さな針は、私の体を貫いた。
ああ、苦しい。痛い。彼もこんな感じだったのだろうか。でも、この程度か。軽過ぎる、遠過ぎる。あの人も、こんなに楽に死んでしまって。ああ、羨ましい。どうか、どうか。私も、このまま。
視界が暗くなっていく。眠くもないのに意識が落ちていく。そう言えば二回目だな、などと思った。
◇
足元に誰かが蹲っている。新鮮な死体だ。いつもの様に吸収してしまおう。
それを喰うと共に、私は言い様の無い不安に駆られる。あるはずの物が無い、それが無ければ生きてはいけない、そんな気持ちになる。どうすれば良い。どうすれば、この不安を取り除ける。
私は一心不乱に、この事態を解決すべく足掻き、藻掻き続けた。
そして生まれた。私が生み出した。おはよう、新しい私。前よりも強い私。
◇
目が覚めて最初に抱いたのは、落胆だった。あのまま死ねていたら良かったのに。そう思った。
肉体が死んだ後の事も覚えている。私の意識は宝玉の方に移っていた。と言っても、殆ど本能で動いていて制御出来なかったけれど。
コアとしての私には生存本能があった。故に半身たるこの肉体を再度生み出し、魔物に命じてもコアを破壊する事は出来なかった。無念である。
まあ、良いだろう。肉体が死んだ所で大した問題が無い事は判明した。ならばそれも利用して、私は
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