第15話
結果から言えば、俺は一人だけで生き延びている。
あの辺り一帯は、確かに地形全体が動いていた。ただ、振り子の様に揺れ動いているのではなく、瞬間的に天地左右が入れ替わる仕掛けだったのだ。
それでも俺達は、慎重に歩を進めていた。俺は風の魔法を利用して先を見て、それからセイネルが水の魔法でダグラスと自身を守りながら進む。当然防御魔法の強度を維持するために、一人ずつ渡る事になったのだが。想定よりも部屋の数は少なく、大した時間は掛からなかった。
問題が起きたのは、最後の部屋だ。それまでは左右だけを気にしていれば良かった。だから俺達は、それまで通りに進んでいたのだ。
俺は普通に通り抜けた。だから、奴等にも大丈夫だと合図を送ったのだ。その判断が、今の状況を招いた。
俺の次にダグラスが渡り終え、そして最後にセイネルが渡り始めた時だった。俺は体が宙に浮くのを感じ、その後頭に衝撃が走った。唐突に、天地が入れ替わったのだ。今までとは違う動き。虚を突かれた。
どうやら、その部屋の天井だった場所には尖った杭らしき物があった様だ。それは落下の勢いもあって、防御魔法を貫くには十分な威力があったのだろう。
再び天地が入れ替わった時、顔面と胸と腹に大穴を開けた死体が降ってきた。セイネルが、死んだ。
俺達はしばし呆然としていた。その間にもダンジョンは動き続け、俺達は体のあちこちをぶつけて。セイネルは更に風穴が増え、その内元の形が判らない程にズタボロになっていた。
最早、セイネルをその場に残す他に無かった。クエスターズ・タグ(冒険者の証であり、個人を識別する金属製の認識票。名前とランク、登録日が刻まれている。)すら回収出来ない。ダンジョンにおいて珍しい事では無かったが、しかし俺は悔しさと虚しさを胸に抱いた。何だかんだ、俺達は駆け出しの頃から三人で組んできて、ここまで来たのだ。本当の意味で仲間を失うのは、これが初めての事だった。
それでも残された俺達は、先へ進む事しか出来ない。セイネルの死を無駄にするつもりは無い。必ず、このダンジョンを攻略してみせる。
本来であれば残った俺達の命を優先して引き返すべきだが、そもそもここで戻る選択肢は無い。俺ではダグラスを連れて先程の一帯を渡る事など出来ない。俺達が生き延びるためには、コアを破壊してダンジョンの機能を停止する他に無いのだ。
二人になってしまった俺達は、動く通路を抜けて新たな地帯へと辿り着いた。
最初は何の変哲もない、暗闇の広がる部屋だった。このダンジョンは明かりが全く無いために今までも暗闇の中に居たのだが、フォローイングライトの魔法で視界を確保出来ていた。しかし、それも通じなくなってしまった。
「ッ!?」
「ぬうああああッ!? 目がァァァァッ!!」
錯乱したダグラスが叫ぶ。近くで転げ回っているのは感じ取れたが、やがてその声が小さくなっていく。
探索を続けていると、突然途轍もない量の光が溢れたのだ。それは人の目を潰すのには十分だった。松明代わりの魔法など何の役にも立たない、真の暗闇がそこにあった。
咄嗟に瞼を閉じた俺は、マギカ・ソナーを使った。これは魔法ではなく、周囲に自分の魔力をばら撒く事で人や物、地形などを感知する技術だ。普段は依頼の標的を探す為のものだが、視界代わりにも使える。
ダグラスはすぐ近くで蹲っている様だ。矢や落石など、罠の気配は無い。
「おい、ダグラスッ!」
「……。」
「返事くらいしやがれッ! おい――クソがッ! 何死んでやがんだ、テメー……!」
反応の無いダグラスに近寄った俺は、奴を揺さぶる。しかし奴は何も反応を示さず、微塵の抵抗も無いままに崩れ落ちた。脈も無い。つまり心臓は既に止まっていて、それはダグラスの死を確実なものとして物語っていた。
何が起きたのか、解らない。触れてみても、マギカ・ソナーによる感知にも、外傷やその原因らしきものも見付からない。一体何故、ダグラスは死んだのだ。
「俺、一人かよ……! クソッタレが……!」
何故。どうして。しかしそんな疑問は、最早俺にとってどうでも良かった。
掛け替えの無い仲間を、二人共失った。奴等にはうんざりする事も多かったが、それでも信頼とか仲間意識とか、友としての感情も確かにあった。共に仕事しながら、一緒に馬鹿をやる奴等を失うという事を、本当の意味では知らなかった。俺はまだ、
激情が体を駆け巡る。たった一人生き残った
ダグラスの首から細かな鉄鎖で下げられたクエスターズ・タグを外し、腰のポーチに押し込む。セイネルのは駄目だったが、こいつだけでもギルドまで届けてやる。
マギカ・ソナーを全開にして地形を探る。魔力はこの広大な部屋全体に広がり、その情報を俺へと届ける。どうやら横方向には俺達が入ってきた通路以外に繋がる道は無い。足場のあちこちに穴が開いていて、下がどうなっているのかは不明。
そんな中、俺は先への道を見付けた。上だ。俺が立っている足場と同じく、天井にも幾つもの穴があり、その中の一つだけが先へと続いていた。
手持ちのマギカポーションを全て飲み干して魔力を補充し、マギカ・ソナーを維持しながら風魔法で駆け昇る。フェザーフォールによる重量軽減を行ってからエアロブラスターの反動で一気に高度を稼ぎ、エアステップで宙を踏みしめ一直線に上空へと跳ね駆ける。気の悪い事に、これは一人でしか出来ない事だった。
上空の穴に潜り込めば当然の様に大量の水が降ってきた。しかし、今更そんな物に意味は無い。ウィンドクロークで身を守りながら、更に上へと突き進む。視えた、横穴だ。
そこに飛び込んで、ようやく瞼越しに刺さる強烈な光が消えたのを感じた。目を開ければ、そこには光が満ちていた。今度こそ、適切な明るさで。
その部屋のどうにもこれまでとは様相が違っていた。そこかしこに武器が山の様に積み重なっているが、しかしあれらがこのダンジョンの宝とは思えない。軽く見た所、普通の武器の様だ。
それよりも、だ。最も目を引く物がある。一本の木の根元に、場違いにも程がある天蓋付きのベッド。そこには何か、人らしきものが寝ているではないか。
それが不意に起き上がって、こちらを視認する。そいつは――三年前と全く変わらない、整い過ぎた愛らしい顔で俺の事を不思議そうに見ていた。
「……ガンドさん?」
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