第13話

 つまらないダンジョン。それがノールデケイヴへの感想だった。

 稚拙な迷路にチンケなトラップの数々、子供騙しとしか言いようが無い。全く、影の様な姿の手強い魔物が居るという話だったのに、魔物なんて一匹も居なければ宝もまるで見当たらない。思わず欠伸が出てしまうくらいだ。

 変化を感じられたのは、迷路を抜けた先の部屋だった。中央部の穴を挟んで正面には人工物らしき扉が見える。


「……怪しいな。」

「あからさま過ぎねーか。ウィンドカッター!」


 俺が風の刃を飛ばす魔法で攻撃してみたが、何か起きた様子は無い。無傷であることから、ダンジョンの一部である事は間違いなさそうだ。しかし、衝撃で発動するタイプの仕掛けではないのか。


「ちょいと調べてみる。警戒頼むわ。」

「おうよ。」

「頼んだ。」


 セイネルとダグラスに周囲の見張りを任せて、俺は扉へと近付いた。

 扉には鍵穴らしきものは無く、一枚板にドアノブのみが付いた簡素な物だ。まずは投擲用のダガーでドアノブに触れてみる。素手で触って毒針でも飛び出してきたら危険だ。

 しかし、何も起きない。今度は指で僅かに触れてみる。背後で何かが動く音がした。来た道が無くなっている。


わりい。しくじった。」

「フレイムスピア! ……ぬう、こっちも壊せん。」

「……おい、何か降ってきているぞ! 毒かもしれん、ガンド、頼む!」


 上を見れば、紫色の煙が降りてきているのが見えた。放っておけば部屋中に充満するだろう。

 ああ、これは低ランクの奴等では死ぬだろう。これまでの容易さから、急に殺しに来る落差。パニックに陥る事も想定出来るが、それ以上に対処するための手段が少ないから、こういう事態に弱いのだ。

 俺はウィンドクロークの魔法で全員に風の防御壁を纏わせる。これであの煙の方はしばらく防げるだろう。


「ったく、やってくれるなー、おい。見てみろよこれ。」

「……ふざけたダンジョンだ。」


 これ以上ドアノブには何も無いと踏んで扉を開くと、その先は壁だった。最初から先の道など無く、トラップでしかなかったのだ。

 こうなると、残された道は一つ。部屋の中央に開いた穴だ。通る時に水が貯まっているのが見えたが、その中を進む以外に道は無い。

 セイネルにバブルラップの魔法で泡の防御膜を作ってもらう。これがあれば水中でも呼吸が出来る上に動きが鈍らずに済む。念の為、エア・キャンディ(口に含んでいると空気を生み出す飴。錬成術により生み出された、財宝の模造品である。)を使っておく。これで窒息の心配はせずに済むだろう。

 水底には鎖の付いたスイッチがあった。それを引っ張ると、地鳴りの様な音を上げながら近くの壁が開く。今度は水中迷路の様だ。

 進んでいると時折スライムが防御膜に引っ掛かったが、その程度で破られるほどセイネルの魔法は弱くない。しかし、水中にスライムが潜んでいるなど初めて見る。まるで水に溶け込んでいるかの様で、目で追うのは難しい。見付けてもすぐに見失ってしまう。対策も抜きに進んでいたら何も分からずに溺れ死んでいたかもしれない。

 恐らく、ここでも多くの新米ルーキー共が死んだのだろう。そいつらが特別弱いとは言わない。単に運が悪かったのだ。こんな低層で脱出困難な罠など予想は出来ない。偶然が重なった末の仕掛けだろうが、他のダンジョンと比べてみれば常識外れである事は間違い無い。

 やたらと長い水路を抜けると、中央に噴水のある広場に出た。これもあからさまに怪しかったので警戒しながら調べたが、結局何も無いただの噴水だった。おちょくられている様で、少し苛立ちを覚える。

 広場の奥には通路が続いていて、その先は霧の立ち込める密林だった。進むべき道は青々とした葉に覆われ、まるで先が見えない。


「焼き払うぞ。良いな?」

「頼む。俺とガンドは防御で良いだろう。」

「おう。ま、それで駄目なら伐採だな。」

「なら行くぞ。冥界より来たりし獄炎よ、我が眼に映る悉くを其の贄と捧げよう――グラトナスインフェルノ!」


 ダグラスが火の魔法を放つと、瞬く間に近くに生えた植物から灰と化していく。生木だろうと関係無い。燃え盛る炎は木々を燃料として広がっていく。その熱波は凄まじく、俺とセイネルで先の防御魔法を使っているにも関わらず、猛烈な熱さを感じるほどだ。

 魔力が底を尽きかけたのだろう、ダグラスはマギカポーションの瓶を三本も飲み干した。やがて密林の全てが焼け尽きるまで待ち、俺達は先へと進んだ。



「ああ、もう。酷過ぎる。」


 私は頭を抱えていた。あの密林には200万以上の迷宮力を注いだと言うのに、それを大した消耗も無く破壊されてしまったのだ。あらゆる毒と言う毒を仕込んでいたのに。進むだけで傷付くであろう鋭利な葉や棘を持っていたものも、近付くと花粉をばら撒くものも燃え尽きてしまった。その全てが、人間にとって致命的な毒を含んでいたというのに。

 しかも彼等は防御魔法によって、燃えた際に発生する毒煙や毒を含んだ灰を弾いている。ほんの僅かでも吸い込めば、結果はまた違っていただろう。

 乾いていない、生きた植物ならばそう簡単には燃え広がったりしづらい。しかし問題点はそこではない。当然の事ながら、高ランクの冒険者ならば火力の高い魔法だって使ってくる。問題は、それを魔物にしか使わないと思い込んでいたのだ。冒険者だって馬鹿ばかりではない。私が普通から外れたダンジョンを造っているように、彼等も普通ではない力の扱い方をするのだ。


「それにしても、強くなり過ぎだ。前は魔法なんてほとんど使ってなかったのに。」


 ただ、たった数ヶ月でここまで成長するだなんて想像もつかなかった。私が居た頃はBランクになって間もなかったはずだ。彼等は三人共、膂力や武器を扱う技術は素人目に見ても確かに凄まじいものであったが、魔法に関しては簡単な探索・野営用のものしか使っていなかったはずだ。それがどういうわけか、あのダグラスは上位のものらしき魔法を放った。

 そもそも魔法と言うのは一朝一夕に身に付くものではない。類稀な才能があれば別だが、適性を持った上で修練を積み重ねなければならない。強力なものであれば、その修練期間も非常に長くなる、はずだ。魔法を覚えようとした時に、そう聞いた。私は簡単な魔法ですら適性が全く無かったので何も使えないのだが。

 そうであるにも関わらず、彼等は防御魔法や強力な攻撃魔法を行使している。やはり驚異的な速度で成長していると言わざるを得ない。


「それでも……これ以上は好きな様にはさせませんよ。」


 この先は、人間である以上まともには進めない。それこそ、噛み合った技術や宝でも持っていなければ対処すら出来ないだろう。私の元まで辿り着けるとすれば、それは運頼みか、力業か。絶対とは言えないが、いずれにしても確率は非常に低い。

 追い詰められる事を考えれば、絶対に私の元にまで来させるわけにはいかない。今のダンジョンの構成ではこちらから干渉する余地は少ないが、その分環境による死は高いはずだ。

 だのに、私は彼等が辿り着く事をどこかで期待している。酷い目に遭わされたというのに、知り合いだと言うだけで? かつての仲間だと言うだけで?


「違う。私が皆を越える瞬間を見せたいんだ。あなた達に、目の前で見て欲しいんです。……もうあなた達は必要無いって。」


 胸の内では解っているのに、私は言葉に出して否定した。本当は知っているのだ、それが醜い行いであり、薄汚い感情であると。決して上を見据えているわけではない事を。この口から出ているのは、酷い自己欺瞞なのだ。

 未だに彼等の人間性を信じているとか、私が清い下剋上の心を持っているとか、その様なものではない。どちらも違うのだ。胸の内にあるのは、たった一つ。ダグラスが繰り出した炎よりも暗く静かな、昏冥に光無く揺れる灯火。

 私は、彼等を目の前で踏みにじりたいのだ。復讐がしたい、裏切りたい、優越感を抱きたい。信じる者から裏切られるという、あの絶望を味わわせたい。

 人間というのは半端に賢くなると酷く醜くなるらしい。私は知恵と知識をもたらした半身を睨みつけた。コアは、何も応えない。

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