第11話
眼下の女が喘ぐ。その声を煩わしく思いながら、俺は目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、エメリィ。俺が所属するパーティの荷物持ちだった奴だ。
アイツは本当に綺麗だった。子供みたいな細い身体をしている癖に、そこらの女ではどう足掻いても敵わないくらいに魅力的だった。
初めて出会った時は見窄らしい格好をしていた。金が無くて身体を売っていたとも聞いた。それでも、そんな事関係ないくらいに輝いていたのだ。その瞳には、温かな光が宿っていた。
出来る事ならもう一度、アイツを抱きたい。そんな叶いもしない事を思いながら、アイツとは似ても似つかない女で自慰を行った。
行為が終わってからも擦り寄ってくる女を鬱陶しく思う。終わったならさっさと帰って欲しい。最近こんな奴ばかりだ。どいつもこいつも、うざったい。近寄ってくる理由は解っている。俺達が冒険者として大成したからだ。力も金も名声も持っているからだ。
Aランクと言えば冒険者では最上の位であり、国に属するわけでもないのに騎士と同等かそれ以上の地位にある。それだけの力を有しているという証であり、義務として縛り付ける楔でもある。プライベートで好き勝手出来る反面、ギルドから依頼を強制されれば受けざるを得ない。断れば降格だ。そんな依頼など滅多に無いのだが。
「よう、また女か?」
「ああ。つまらない奴だったよ。」
「はっ。比べるだけ無駄だろ。」
「……そうだな。」
ギルドからの呼び出しに赴けば、先に来ていたパーティメンバーの一人、ガンドが話しかけてきた。最早決まり切った先刻の女の感想を言えば、同じくお決まりとなった台詞を吐いてきた。そう言うお前だって、忘れられていない癖に。内心で独り言ちる。
振り返れば、三年前のあの日から、俺はエメリィの事ばかりを考えていた。それはきっとガンドも、もう一人のメンバーであるダグラスも同じだろう。
「すまん、遅れたか?」
「時計ならそこにあるぞー。お前等さぁ、いい加減時間守る事覚えろよな。」
「……悪かったな。」
「すまん、すまん。中々出来の良い天使像があってなぁ。」
ガンドから咎められ、一応謝っておいた。直せるかは約束出来ないが。
一番最後に来たダグラスは、アイツが居なくなってから天使像を
「ガンド。依頼の方は聞いているのか?」
「当然。つーかお前等も……ま、良いわ。なんかフェンダーレンにダンジョンが出来てな、そこ見に行ってこいってよ。」
「何だぁ? 小銭稼ぎなら小僧っ子共にさせてやれば良いだろうに。」
国内で極北に位置するフェンダーレンの街。以前立ち寄った事もあるが、はっきり言って規模は小さいし見所も無い。
ダグラスの言う通り、新発見のダンジョンは低ランクの冒険者が探索するものだ。低層であれば死ぬ事はほとんど無いだろうし、内部のマッピングをしたり魔物の種類を報告すれば、彼等にとっては結構な額の金になる。俺達も十年以上前に同じ道を通った。
それを俺達が荒らすのは心苦しいが、きっとそんな事は言っていられない状況なのだろう。そうでなければ、俺達に緊急指名依頼なんて来ない。
「そいつら、だーれも戻ってこねーんだとよ。ほれ、ここ。一人助けるだけで十万。」
ガンドが取り出した依頼書には、確かにそう書いてあった。行方不明者の捜索をするだけで百万コール、生存者の救助は一人につき十万。ダンジョン内情報については別途換算。
「安いな。実質百万だろう。」
「だなー。そいつら絶対死んでるわ。でもよー、一番下見てみ?」
「……完全攻略十億コールだとぉ!? 連中正気か!?」
「おま、声でけーよ馬鹿野郎!」
ダグラスが大声で叫んでしまったため、周囲の目が痛い。特にギルド職員達からは睨まれている気すらする。こちらがギルド側の正気を疑ったのだから、恐らく気の所為ではないのだろう。
それにしてもこれは、俺でも同じ事を言いたくなる。ダンジョンの完全攻略、つまり最深部にあるコアの入手するという事。それだけ聞けば厳しいものだが、どうやらそのダンジョンは街道沿いに存在し、しかも発見されて間も無い。つまりは最近発生したものであり、どれだけ短期間で成長しようとも、限りというものがある。つまり、俺達にとってそのダンジョンの踏破は簡単過ぎるのだ。
あまりにも容易な依頼、莫大な報酬、そして帰還者ゼロ。はっきり言って怪し過ぎる。しかしこの依頼は第三者がギルドを通したものではなく、フェンダーレンのギルドそのものから寄越されたのだ。連中の頭以外、疑う余地は無い。
「ハナっから断れやしねーけど、悪かねーだろ?」
「ああ。貰えるものは貰っておくべきだ。」
「そんだけありゃあ、天使像が山ほど買えるなぁ!」
金で買えないものもあるが、金があれば大抵のものは買える。十億を三人で山分けしても、一生遊んで暮らせる。まあ、どうせ半分以上は自分が強くなるために使うのだが。それでも莫大な金額が手元に残る事には違いない。
金は、一番欲しいものを失くした俺達に必要な物だった。至上の生き甲斐を失くした俺達は、自身を慰め続ける生涯を送るしか無いのだ。
今日は解散して、明朝にフェンダーレンの街に出立する事となった。武具の手入れや旅の準備をしなければならない。久々に王都から遠く離れる事になる。
この後は女を使う暇は無いだろうが、どうでもいい。どうせ寄ってくるのは、どれも代替品にすらなれない出来損ないばかりなのだから。
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